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寒い夜には

 陽が山の向こうに落ちていよいよ暗くなってきた空から、雪がちらちら舞い始めていた。

 シンは窓の向こうの空をほうっと見上げる。

 ガラス越しの雪は……きれいだ。

「屋根があって火鉢があって…今日は最高…!」

 窓のそばは寒いし底冷えもするが、命の危険とは縁遠い。

 シンのテンションはいまにも踊り出しそうなくらい最高潮だった。

 その姿を部屋に入ってきたアロウが信じられないといった目で見つめる。

「うそだろ……寒くないのかよ」

 アロウは綿入れを着ていた。

 シンにも同等のものを貸してあったが、まだ薄手のシャツ一枚ではしゃいでいる。

「あっおかえりアロウ、それなあに?フライパン?」

 シンは上機嫌でアロウの手にあるものを見つめる。

 調理器具にも似た、薄い円柱形の容器に取手がついた形状だ。

 ふたの部分にはたくさんの穴が開いている。

「"炭火たんぽ"だ」

「たんぽ?」

「暖める道具だよ。ふたのついた火鉢みたいなもん」

 そう言って「炭火たんぽ」をベッドカバーの下に差し入れた。

「こうしておけば、寝る時布団の中が温かくなってる」

「なにそれ!もっとあったかくなるの?冬なのに!?」

「こら、危ないから直接触るなよ」

 興奮して炭火たんぽを見ようとするシンの襟首をアロウは捕まえる。

 すると、シンが身をすくませた。

「ひゃっ……」

「おい変な声出すなよ」

「だってえ、アロウ手が冷たい!」

 シンはぷうっと頬を膨らませる。

「悪かったな……」

 アロウはため息をついてテーブルの方へと向かう。

 ぼろ布をかき集めて寒さをしのいでいたシンにはこの部屋でも十分暖かいのだろう。

 アロウとて仕事に出れば極寒の夜を耐えることもあるが、普段からそんな自虐的なことをしようとは思えない。

 温度差に身震いしつつアロウは椅子を引いて座り込んだ。もう動く気になれない。

 それを見てシンが笑う。

「とかげみたい」

「とかげってなんだよ」

「寒くなると動かなくなるでしょ」

 シンは自分の綿入れを抱えてくると、よいしょ、とアロウの膝の上に腰掛けた。

「おい」

「いいからいいから~」

 シンはアロウごとくるむように綿入れをかぶる。

 冷えた空気がさえぎられて、じんわりと暖かい。

「……ぬくいなこれ」

「でしょー?」

 シンはにこにこしてアロウの肩に頭を預ける。

 人懐こい子だ。

 アロウが見下ろすシンの肩には、服の襟から古い傷跡がいくつか見える。

 きっとこわい目にもたくさんあってきたはずなのに、シンは人をこわがるそぶりは見せない。強い子だった。

 ふと抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、アロウはぐっとこらえた。

 代わりに懐から金属製の円筒型の入れ物を取り出し、綿入れの中でシンの手に載せる。

「あったかい!これも炭火たんぽ?」

「携帯用のな。出かける時もこれに炭火を入れてやるから、持ってろ」

「はあーすごいねえ、文明の利器だ……」

 大げさな言い方にアロウは笑う。

「ところで俺はもう動きたくないんだが」

「そうだねえ」

 うんうんとシンは頷く。

 しかし、アロウの次の一言であっさり態度を翻した。

「このままだと夕飯の支度が出来ない」

「今すぐ出て!!」

 綿入れをはぎ取ってシンが膝から飛び降りる。

「さっむ……」

「はい動く!ごはんの準備!!」

「外から戻ってきたばかりなのにこの仕打ち」

 ぼやくアロウをシンは容赦なく追い立てる。

「ごはんは死活問題だから!!」

「はいはい」

 シンに引っ張られてアロウは部屋を出る。

 暗い廊下から振り返ると、自室の明かりが温かく灯っていた。

 火鉢や炭火たんぽ、そして迎えてくれる同居人。

 この温かさが当たり前だと、この先もずっとシンが享受できるようにと、アロウはそっと願った。

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