君の呼び声
冒険者のアロウとコンビを組みはじめたみなしごのシン。
路地裏を歩いていると、運悪くごろつきの集団に遭遇してしまった。
一人でなんとかするのが当たり前だったシンは、アロウを頼るべきか悩んで…
『何かあったらこれで呼べ』
「って言ったじゃん!アロウのバカー!!」
シンは狭い空を見上げて嘆いた。
「なんだ?追いかけっこはもうしまいか?」
通りにはいつもの路地裏の連中がぞろぞろと集まってきていた。
「いつもちょこまか逃げやがって!オレらのシマを横切る通行料、今日こそ回収させてもらうぜぇ」
「くっ…」
シンはじりじりと後退するが、すでに後ろには壁が迫っている。
一縷の望みをかけて、首から下げた笛を吹いてみるが、すーすーと空気が抜ける音しかしない。
「観念してさっさと払うんだな」
「やだね!まだ…!」
シンは身構える。
何人か抜き去って逃げるルートを探る。
そう決めた時だった。
「お子様から集団でカツアゲとか恥ずかしくねえのか」
呆れかえった声が降ってきた。
「なにっ!?」
「あーっアロウ!!」
ごろつきの男とシンが同時に上を見上げる。
通りを囲む建物の屋根の上に、アロウの姿があった。その手は既に弓を握っている。
「ちょっと!笛壊れてんだけど!!」
「壊れてねーよ!ちゃんと来ただろっ!」
シンは状況そっちのけで屋根の上に向かってかみついている。
男はイライラした様子で毒づいた。
「わかってんのか、こっちの方が人数多いんだぞ」
「そっちこそ。こっちはお前らの手が届く前に全員撃ち抜けるぞ」
アロウが掲げた弓には既に3本の矢がかけられている。彼の弓の腕はすでに周知のものだ。
「てめえが全員撃ち抜くより、このチビが捕まる方が早えーな」
ごろつき達は多少の損害はお構いなしらしい。
アロウは舌打ちした。
威嚇で済まないなら、シンを脱出させなければならない。
「シン!こないだの壁飛び、できるな?」
「えっ、今!?」
「そこと、あそこだ」
アロウが指した場所は、シンの背後の通路の右側の壁と、さらに高い位置の左側の壁から突き出た窓の縁。2連続で壁を蹴ったとしても、屋根の上までは届かない。
「うええ、なにそれえ難しすぎない!?」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!」
「わあああ」
男が突っ込んでくるのでシンは慌てて残り少ない行き止まりの通路で助走する。
この前アロウが市場でやってみせたように、斜めに跳んで壁を蹴り、反転。
反対側の窓の縁に足がついた瞬間、もう一度跳ぶ。
めいっぱい伸ばした手は2階の屋根に…あと少し届かない。
ジャンプの勢いが消え、落下が始まる。
(あ、でもこの距離は)
がくんと落下が止まった。
「よくやった」
屋根から身を乗り出したアロウがシンを片手で掴んで支えていた。
反対の手で掴んだどこかから張ったロープを手繰って、すぐに屋根の上に退避する。
下ではごろつき連中が騒いでいたが、すぐに上がってこられるほど身の軽い者はいなさそうだった。
「さっさと退散しよう」
アロウはロープを回収しに走る。
シンは自分が登ってきた壁を見下ろしていた。
一人では絶対登れない距離。以前なら逃げられなかった場所。
(でも、今はアロウがいる。)
シンはぎゅっと笛を握りしめた。
呼んだら駆けつけてくれて、手を貸してくれる。ひとりじゃなかった。
「おい、連中気が立ってるからさっさと行こうぜ」
ロープを回収したアロウがシンを呼ぶ。
狭い路地裏を囲む屋根はすき間が狭く、ずっと歩いていけるらしい。
シンは小走りでアロウに続く。
「ねえ、この笛壊れてないの?音鳴らないよ?」
「そーいう笛なんだって」
「そーいうってどーいうの?」
アロウはしぶしぶといった感じで答える。
「……普通人間に聞こえない音が鳴ってるんだよ。犬とかには聞こえるからむやみに吹くなよ」
「アロウって犬だったの!?」
「ちげーよっ!だから説明するの嫌だったんだ…」
アロウのぼやきが白い息とともに流れていく。
高いところから見る街は、いつもと違って見えた。ずっと広くて、ずっと自由。
シンはひんやりとした冬の空気を吸い込む。そして笑った。
「ふふっ、また呼ぶね」
「呼ばなくて済むように努力してくれ…」
疲れた様子で呟くアロウに、シンは笑う。
喋りながら駆けてゆく2人の周りを、ふわふわと白い吐息が踊っていた。




