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守るべきもの

「ドロボー!」

 市場に響いた声に、シンは振り返った。

 ちょうど足音高く奪った荷を手に男が走り抜けていくところだった。

 トップスピードに乗った大人をどうこうできるわけもなく、シンは漫然と見送る。

 ああいうのはもう盗られた時点で手遅れだ。

「…あんたもぼんやりして盗られそうだね」

 見上げようとして、シンは隣から相方が忽然と姿を消していることに気が付く。

「えっ、アロウ??どこいったの?」

 アロウは黙っていなくなることなんてほとんどない。

 慌てて見まわすが、あたりは朝市の終わりがけの露店が立ち並ぶばかり。

 きょろきょろしてあり得ない場所でシンはその姿を見つけた。

「な、なにしてんの!?」

 見ていた露店の後ろ、建物のバルコニーの上にアロウの姿があった。

 しかも弓を構えている。

「あぶな…って、練習用のか!」

 人通りのあるところで使うような武器ではないが、矢の先端は危なくないように布が巻かれたものだった。

 アロウは上空に向けて矢を打ち上げると、ぱっとバルコニーを飛び降りて何事もなかったかのように戻ってきた。

「…なにしてんの?」

「べつに」

 改めて尋ねたシンに、アロウは居心地悪そうに目をそらす。

 背後で「ぎゃっ」と悲鳴が上がり、「捕まえろ!」と誰かが叫ぶ。

 シンがそちらを見ると、泥棒が持っていた荷が矢で地面に縫い留められていた。

 荷を失った勢いで泥棒は勝手に転倒したらしい。

 追いかけていた持ち主が泥棒を捕まえようと奮闘している。

 その結末には興味がないのか、アロウはその場を去ろうとする。

 シンも関わる気はなく、アロウの後を追った。

「盗みって、捕まるとえらい目にあうんだよねー」

 だからシンは盗みをしたことがない。

 すばしっこくはあるが、スリの技術もないから捕まるリスクが高い。

「割に合わないよ」

 独り言のようなシンのつぶやきに、アロウがシンをちらっと振り返る。

 その目に特に咎める色はない。

 ただ、 「人の稼ぎを奪うのはよくない」とだけつぶやく。

 だから見過ごせないということらしい。

「うん」

 シンはうなずいた。

(わかったよ。)

 お互いの価値観を互いにとやかく言う関係ではない。

 でも、できればこの不愛想な相方の気持ちは大事にしてあげたいと、シンは思った。




 後日。

「…何してる」

「え?えへへ…こないだアロウがベランダに一瞬で乗ってたから、どうやったのかなって」

「それは助走をつけてそこらの荷物を足場にジャンプしてだな」

「あ、よじ登ったんじゃないのか」

「…人様の家のベランダにのんびりよじ登ってたら、泥棒だと思われるぞ」

「そ、そうだね…」

「………」

「…降ろしてえ」

 シンは音をあげて泣きついた。

 ベランダの手すりにつかまったものの、上がれなくて宙ぶらりんになっている。

 アロウはため息をつき、手を伸ばす。

「あっ変なとこささわんないで!」

「降ろしてほしいんじゃないのか」

「そうだけどくすぐったいー!」

 わき腹をつかまれたシンはじたばたと暴れる。

 アロウは顔や胸を蹴られて憮然としている。

「お前もうちょっと後先考えて…」

「お説教はあとにしてよー!」

 ため息をつくアロウと、賑やかなシン。

 今日も見慣れた光景が広がっていた。

 なんとかシンを降ろしたあと、アロウはついでのように言った。

「ちなみにここ、知り合いの店の建物だから捕まっても大丈夫だぞ」

「先に言ってよ!」

「面白くてつい…」

 アロウは小さな声で言い訳して、ふいと顔をそらした。

 手で顔を覆っているが、肩が小刻みに揺れている。

「あー!笑ってる!!」

 珍しく笑っているアロウは、年相応の若者らしい顔をしていた。

 シンは怒りながらも、(ずっとそういう顔でいればいいのに)と思ったのだった。

いつもの町の市場で何回目かの買い物をするアロウとシン。

シンはいつも不愛想なアロウの素顔を垣間見る。

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