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第91話 Sideレオナ


〈レオナ視点〉



「聖なる力の何がそんなに偉いのよ!!」


姉が泣きながら私を折檻する。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいお姉様!」


鞭で打たれる私の頬を涙が伝う。


この涙は鞭の痛みか、それとも大好きな姉を苦しませていることへの後悔か。






◇◇◇




「レオナお嬢様?大丈夫ですか?」


瞼の裏が明るい。朝が来たのだと私は理解した。


目を開くと、そこには心配そうな侍女の顔があった。


私はそっと自分の頬に触れる。その指先が濡れていることに気付いた。






「ええ……大丈夫よ」


「また、悪い夢を?」








『悪い夢』


いやこれは違う。私の過去だ。






何度目だろうか。うなされ、涙を流す私を侍女が心配そうに起こす朝は。






「そうみたい。だめね、怖い夢で涙を流すなんて……まるで子どもみたいだわ」


私はそう言いながら体を起こした。






侍女は部屋のカーテンを開けながら私に言った。






「今日はお出かけ日和ですよ」


これは合図。今日、この屋敷に姉が来訪する予定があるということだ。






「そう……なら、図書館にでも行こうかしら?」


「それは良うございますね。直ぐに準備をいたします」


姉が私の顔を見ると精神的に不安定になり、ヒステリックになることを理解している屋敷の使用人たちは、姉が婚家からこの屋敷に戻る予定がある日には、私を外へと避難させるのが常だった。






私は早々に朝食を終えると、直ぐさま仕度して馬車に乗る。


姉にとって私は家族ではない。今だに敵のような存在だ。


両親は私だけを特別扱いしたつもりはなかったのだろうが、子どもは親の愛情に敏感だ。自分へかける親の愛が曇ることを彼女は許せなかった。


姉は精神を病んだが、私が領地へと引っ込むことで症状は落ち着いた。


姉が結婚し、私が王都へと戻った今も、『私を姉の目に触れさせないこと』それこそが我が屋敷での暗黙のルールだった。








聖女試験を棄権し、私は聖女候補ではなくなった。両親は笑顔で私を迎え入れたが、内心は落胆しているのが手に取るように私には分かった。


両親は私を慰めることも叱ることもしなかったが、途端に無関心になった。


きっと子どもの頃の姉も、両親のこういうところを敏感に感じ取っていたに違いない。










「また……お調べになるのですか?」


馬車の窓から外を眺めていた私に向かいに座っていた侍女が控え目にそう尋ねた。






「魔女について?ええ、もちろんよ。だって私はクラリス様が魔女だなんて一つも思っていないもの。少しでも手掛かりがあるといいなって」




クラリス様が魔女として追放された。その一報を受けた時の衝撃は言葉に表せない。






クラリス様は、誰よりも聖女に相応しい女性だと私は信じていた。そんな彼女が魔女だなんて、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。






直ぐに私は教会へと抗議に向かったのだが、あの時広間に居なかった私の言葉など、誰も聞く耳を持ってくれなかった。






その日屋敷に戻った私に父は言った。


『もう関わるな』と。


教会でも門前払いを受けた私には既に関わる術など無いに等しかったのだが、私は父のその言葉にどうしても『はい』と返事をすることが出来なかった。






しかし一方で、私はどうすればクラリス様を救えるのか……それすらも分からずに悶々と悩む日々が続いていた。






そんなある日、ウォルフォード侯爵が王命に反してクラリス様との養子縁組を解消せず、クラリス様の身の潔白を証明するために東奔西走しているとの情報が耳に入ってきた。






その日の晩餐で、父は苦々しく言った。


『ウォルフォード侯爵は馬鹿だ。価値のない娘など放っておけばよいものを』


私はその言葉に頭を殴られたようなショックを受けた。


父の心ない言葉に胸が張り裂けそうになる。






侯爵の気持ちが痛いほどよく分かる私は一度で良いから侯爵と話してみたい……そう思った。






私はフォークとナイフを置いてその場で静かに言った。


『お父様、お母様。私もクラリス様が魔女だなどと思ってはおりません。私は実際のクラリス様を知っています。彼女に価値がないというのなら、私も同じく価値のない人間です』


『な、何を言うの?貴女はこのソーントン伯爵家を継ぐために婿を貰う立場にあるのよ?貴女は大切な私たちの娘だわ』


母の言葉に乾いた笑いが出そうになった。


聖女にはなれなかったが、聖女候補としての箔はついた。次は優秀な婿を取れということだろう。


私は両親の気持ちを満たすために存在するアクセサリーのようなものかもしれない。私はそう感じるようになっていた。








表立って両親と対立することはない。私には育てて貰った恩がある。


両親の気持ちを知って、複雑な気持ちがしたことは確かだが、この屋敷を含め、全ての使用人は私に優しかった。特に私が幼少期の頃から付いてくれている侍女は、私の味方であり続けてくれたのだった。








馬車の揺れに身を任せながら、私はクラリス様に思いを馳せる。






彼女は今、どうしているのだろう……と。







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