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第90話


そのまま私たちは馬たちの前で別れた。



彼からの告白に私は何も答えることはなかったが、ウィリアム様もそれを求めているように思えず、私は先ほどのウィリアム様との会話を思い出しながら、ディグレとまた焚き火のそばに戻ろうと踵を返す。






── ガサガサッ。






すると、目の前の草むらから音がしたかと思うと、少し慌てたようなロナルド様が顔を覗かせた。






「こ、ここにいたのか」


馬たちから離れてまだ数歩しか歩いていない。私がここにいることは簡単に予想出来たはずなのだが……何故かロナルド様は焦ったような表情を浮かべていた。






「は……はい。馬たちの元へ行くと言ったはずですが……?」


「あ、そ、そうだったな。うん。そうだった、そうだった。」


少し様子のおかしなロナルド様に思わず首を傾げた。






「どうされました?……まさか皆の身に何か?」


「違う、違う!そんなことじゃない」


私は少しホッとする。




魔物は居なくなったはずだが、これから心配しなくてはならないことは、主の居なくなった屋敷からの窃盗や、食うに困った者たちが山賊化することだ。そこも含めての復興を、今後この国はやっていかなければならない。








「では、何か私に用がありました?」


私にはディグレがついている。ロナルド様が心配するようなことは何もないと思うので、私はてっきり急用があったのではないかと、そう尋ねた。






「用って言うか……兄さんもクラリスを追うように居なくなったし、二人とも中々帰ってこないから……」


ウィリアム様から好意を寄せられていることをここでロナルド様に言うつもりにはなれない。


『良かったじゃないか!おめでとう!』なんて言われてしまえば、立ち直れないかもしれない。








「少しだけウィリアム様とお話を」


嘘ではない。『少しだけ』には語弊があるかもしれないが。






私はウィリアム様の心の闇を少しだけ覗いた気分でいた。誰しも語りたくない過去はある。それを暴いたことは良かったのか、悪かったのか……。しかし、少しだけウィリアム様の表情がスッキリしていたのを見ると、この時間はウィリアム様にとって必要なものだったのかもと思えた。






「話……。何の?」


何故ロナルド様がそこを知りたがるのか分からないが、ウィリアム様の過去を言うことは出来ない。






「他愛もない話です。ただ……私はこのまま聖なる力を持った子どもが生まれなくなるのでは?という考えをお話したら、驚かれていましたけど」


「あ〜それな。俺もそれはそう思うよ」


「ロナルド様も?」


「うん。ほら……聖なる力って魔王を封印するためにあるんだろ?ならば、魔王の居ない今、なくなるのが自然って言うか。そうなっても不思議はないなって」


ロナルド様とは考えることが似通っていると思う時がある。そんな共通点を見つけては、少し嬉しくなってしまう自分に驚いていた。






「ロナルド様は……もし聖なる力がこの国からなくなってしまったとしたら、どう思いますか?」


私はロナルド様の考えを知りたくなった。


出来れば他国の侵略に使いたいなどと答えて欲しくはない。






「なくなったら?うーん、そうだな。……残念だとは思うよ」


ほんの少し心がざわつく。






「残念ですか?」


「そりゃそうだろ。その力があれば病に苦しむ人が確実に減る。まぁ……その力に頼る前にこの国の医療の技術を上げる必要があるって話だがな……ならば、専門の学校を増やさなきゃならんな。それに医学技術の高い国への留学も考えて……いや、それよりその国から教師を派遣してもらうのが早道か……」


腕を組み、ロナルド様はウンウンと唸っていた。


彼にはやはり、この国の理想の未来が見えているのだろう。私は少し嬉しくなった。






「他に何かに使おうとかは思っていませんか?」


「他?聖なる力をか?うーん……確かにその力があれば働き続けても回復してもらえるかもしれないし、楽をしようと思えば出来るかもしれないが……それでは俺たち人間の方は退化してしまいそうだしな」


ロナルド様は苦笑しながら続けた。






「楽な道ばかり選んでいては、成長できない。逆を言えば、成長するためには苦労が必要だと言うことだよ。そりゃ、俺だってなるべく楽はしたいし、苦労はしたくない。だが、それではきっとこの国は弱くなる。国民一人一人が頑張るしかないんだよ」


目頭が熱くなる。彼は聖なる力を過信していない。私はそれが嬉しかった。






「確かに。私もそれに同意です。ならばロナルド様はこの力を他国への脅威にしない……そうお考えなのですね」






「当たり前だろ。我が国の悪いところはそこだ。他国を力で支配するのは間違いだ。我が国は聖なる力のお陰で侵略を免れているが、それは恐怖からだ。そんなのは間違っていると俺は思う。もちろん我が国を他国の属国にするつもりはないから、軍事にも力を入れなければならないだろう。だが国と国を繋ぐためには、友好な態度が必要なんだ。友好国を作り協力体制を敷く。それが今の我が国に足りないところだ。聖なる力に胡座をかいていた結果だがな」






「本当に……その通りですね」


私が好きになった人は、先を見通す力を持った人だった。


そしてきっと彼はこの国に名を残す王になれる。私はこの時そう確信することが出来た。






だが、私にはそれを支え、手伝う術はない。せめてこの寿命が尽きるまでは……この力でこの国をそっと守っていくことが出来れば良い。私はこの時そう思っていた。





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