第89話
「フッ……。僕はつくづく国王に向いていないのかもしれないな」
ウィリアム様が自分で自分を鼻で笑う。
「ウィリアム様は……未だ聖女に囚われておいでなのですね」
私はまた馬の首を撫でる。聖なる力が素晴らしことはこうして自分でも理解している。しかし力は上手く使うべきもので、その力に支配されてはいけない。
「僕は……お祖母様が大好きでね」
ウィリアム様は静かに語り始めた。
「王太后様を……?」
「あぁ。いつも僕はお祖母様に魔王の封印の話をしてくれとせがんでいた。詳しくは話してくれなかったが、それでもお祖母様の素晴らしさにいつも感動していたんだ。そんな祖母に選ばれた祖父のことも尊敬していた。いつしか憧れを抱くまでにね」
ウィリアム様の幼少期の話のようだ。私は静かに頷いて、話の先を促した。
「それとは正反対に、父はずっとコンプレックスを抱えていた、聖女の伴侶になれなかったことを」
「それは仕方ないことではありませんか。聖女の代替わりは自然の摂理に則っているのですから」
寿命という人間が抗えないもの。聖女だっていつの日か命が尽きる。代替わりはその封印の力を途切れさせないためのものだ。
「そうなんだ、そうなんだよ。君の言う通りなんだ。だけど僕はその父の背中をずっと見てきたせいか……同じように思い込むようになってしまった。聖女に選ばれて王太子となる。魔王を封印し国民に王族としての権威を示す……それ以外の道は自分にはないと思っていたんだ」
「幼い頃から陛下にそのように言われていたのでしょうか?」
「うーん……。聖女の代替わりはお前たちが大人になれば必ず起こる。そう言われ続けていた。でもそれはロナルドも同じ。僕だけが聖女に選ばれることに拘るようになってしまった。今思うと、僕とあいつでは見ているものが違ったのかもしれない」
ロナルド様の名前が出たことで私の心臓はドキリと跳ねた。表情に出ていないことを祈るばかりだ。
ウィリアム様は今までの自分を振り返るように、話を続けた。
「祖父母は国民に尊敬されていた。父はそのことで余計にコンプレックスを抱える結果になったんだ。そして父のその鬱憤は母へと向けられた。何故自分の妃は聖女ではないのだろう、と。父は母に辛く当たることが多かったように思うよ。だからなのか……母は僕たち兄弟に笑顔を向けたこともなかった。母と僕たちの関係は希薄でね。可愛がられた記憶は殆どない。父を……憎んでいたのかもしれないと、今は思うよ」
「そんな……妃陛下は王妃としての務めを果たされているではありませんか」
王妃として公務をこなし、世継ぎをもうける。これ以上を妃陛下に望むのは無理だ。
「そうなんだけどね。父にはそれすら物足りなかった。『聖女を手に入れられなかった王』としての日々が父と母の関係を歪なものにしていたのかもしれない。母に愛されなかった僕は……余計にお祖母様へ依存することになったんだ」
「王太后様はお優しかったのですね」
「あぁ。いつも僕の頭を撫でてくれたよ。僕にとっては聖女=祖母だったからね。聖女を必要以上に神格化してしまったのかもしれない」
ウィリアム様は認められたかったのだろう……きっと、ご両親に。
彼の幼少期の愛情への渇望が、彼を縛り付けたのだ。
「誰かに認められたい。必要とされたい。そう思うことは誰しもあります。……私も同じでしたから」
「君も?」
ウィリアム様が少し驚いたように聞き返した。
「はい。ウィリアム様とは立場が異なりますが……孤児院では上手く出来ないことが多くて。聖なる印が現れたとき、周りの大人は喜んでくれました。その時に私は『ああ、これは良いことなんだ』って嬉しくなったんです。私の力を必要と言ってくれる人がいる。それがとても幸せなことだと思いました」
王族と孤児を一緒にするなと言われそうだが、人間の根本は皆同じだ。
「そう……か。君も誰かに認められたいと願っていた一人なんだな」
「きっと皆、多かれ少なかれそんな感情を抱く時があるのではないでしょうか?自分の存在意義とは何なのかを……」
「父は国民に、母は父に、そして僕は……きっと両親に認められたかったのかもしれない。もっと自分の方を向いてほしかったのかもしれないな」
ウィリアム様はそう言って少し微笑んだ。
その顔はどこかスッキリして見える。
「それを……王太后様に求められたのかもしれませんね」
「あぁ、とんだおばあちゃん子だよ」
少しだけ冗談めかした物言いだが、ウィリアム様の瞳は優しく細められた。




