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第86話



馬に乗って王都への帰路を急ぐ私達の前には悲惨な光景が続いていた。




「魔物の被害が酷いですね」


「あぁ。これを復興させるには……随分と時間がかかるだろう」


壊すのは一瞬だが、築き上げるのには途方もない時間がかかるだろう。






魔王を倒した!万歳!めでたし、めでたし。


では終わらないのだ。これは物語ではない。






王都まであと半分といったところで、私はある村で見知った顔を見つけた。






「と、止めてください!」


ロナルド様にお願いして、馬を降りる。






私は畑に水をやっている、男性に走り寄った。






「ラルゴ!!無事だったのね!!」


私をあの森へ送り届けた護衛のラルゴだ。






彼のシャツの首元からは白い包帯が覗いていた。


彼は王都への帰り道、魔物に襲われ肩に大きな怪我を負った様だ。たまたまそれを見ていた村人に助けられたのだという。




「クラリス様!!貴女こそ良くご無事で」


私は思わずラルゴと抱き合った。






「イタタ……」


「あ!ごめんなさい。怪我をしていたのに」


「大丈夫ですって、これぐらい」


顔をしかめながら強がるラルゴの肩に私は手を翳す。






「クラリス様、いけません!いつ魔物が襲ってくるか分からないのに、俺なんかに力を使っては!」


ラルゴは慌てて私から離れようとした。




私の後ろからロナルド様が現れラルゴに言った。






「安心しろ、もう魔物は現れない。このクラリスのお陰で」


ラルゴは驚いたように目をパチクリとさせた。






「へ?た、確かにここ三日程は魔物を見ていませんけど……へ?あ、貴方様はロ、ロナルド様?」


ラルゴはますます驚いて今度は口をポカンと開ける。






「クラリス、彼は誰だい?」


その後ろからウィリアム様まで顔を出したものだから、とうとうラルゴは腰を抜かしてしまった。










私達はラルゴが世話になっているという村人のケントの家へと案内された。






「ど、どうぞ汚い家ですけど……」


ケントは見慣れぬ王族の姿に信じられないものを見るような顔で、私達を家へと招き入れてくれた。






ロナルド様は私に小声で「俺は有名じゃないから、気づかれていないと思うけどな」と耳元で囁いた。それを全く気にしていない様子がロナルド様らしい。








「魔物が出ないって……どういうことです」


ラルゴは私達の前にお茶を出すと、椅子に腰掛けた。


「魔王を倒したんだ。このクラリスが」


ウィリアム様がニコリと笑いながら言った。


「倒した?クラリス様が?魔王を?」


そんな風に言われると、何と答えて良いのか分からなくなり、私は俯きながら、お茶を一口飲む。






「そうだ。封印したんじゃない、倒したんだ。もう魔物は二度と現れない」


何故かロナルド様が得意気にそう言った。






「それは本当ですか?!」


お茶のお代わりを注いでいたケントが嬉しそうに声を上げたかと思うと、カップを置いた私の手をギュッと握りしめた。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


私の手に自分の額をこすりつける程、頭を下げたケントに戸惑ってしまう。






「あの……頭をあげてください」


その時に私の腕の傷がチラリと見えたらしい。今度はラルゴが声を上げた。






「クラリス様!その怪我は?」


私は袖をそっと直して怪我を隠す。






「別に大したことはないの」


「大したことです!」


ラルゴはそう言うと、ウィリアム様とロナルド様の二人をキッと睨みつけた。






「クラリス様に怪我をさせるなんて……!どういうことですか?」


ラルゴは頭に血がのぼっているのか、二人が王族だということも忘れ、食ってかかる。






「ラルゴ!落ち着いて」


「落ち着いていられませんよ!」


私の制止も聞いてくれない。ロナルド様はコソッと私に尋ねる。






「お前……こいつとどんな関係なんだ?」




ラルゴに今までのことを説明すると、彼は泣きそうな顔をし、そして言った。






「クラリス様、俺も王都へ一緒に戻ります。近衛を辞めて、クラリス様の専属護衛に……」


「ラルゴ、貴方怪我を治したばかりなのよ?それに……私にはディグレがいる」


私は家の外で私と離されて不貞腐れているディグレを窓から眺めた。






「あの虎は……」


「森で出会ったの。あの子がいなければ私は森で暮らしていけなかった」


森での暮らしは不便なことも多かったけれど、私は楽しかった。


もう貴族としての作法も、知識も必要ない。腹の探り合いも、表面上だけのやり取りも。






「……でも」


ラルゴの言わんとしていることは分かっている。ディグレは王都で暮らせない。だから私は……。






私が考えに耽っていると、それをかき消すようなウィリアム様の声がした。






「ラルゴ、君は立派な近衛騎士だ。魔物からクラリスを守ってくれたのだろう?君が王宮に戻った暁には、それなりの地位を約束しよう。だが今は無理をせず、身体を休めてから王都へ戻ってくれば良い」


王太子としてのウィリアム様の言葉。


私は一昨日の夜、ウィリアム様が王太子を降りると言っていた事を思い出していた。






その時、ウィリアム様の言葉にロナルド様は目的が果たされた喜びというより、寂しそうな表情を浮かべていた事が印象的だった。






「いえ、私はクラリス様に助けられていたのです。近衛を続けるのか……それはゆっくりと考えたいと思います。怪我は治していただきましたし、ここの再建を手伝ってからゆっくりと王都に戻りますよ」






私達はラルゴの世話をしてくれていたケントに礼を言って、その家を離れた。


夜、野営をするより、この家で休んでいきませんか?と言われたが私達はそれを丁寧に辞退した。




「僕たちの帰りを皆が待っている。もう魔王の脅威は去ったのだと伝えなければな」






私達は王都への道を急ぐ。今の私達に必要なのは、このケントのように、早く国民を安心させることだ。











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