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第85話 Sideウォルフォード侯爵


〈ウォルフォード侯爵視点〉





翌朝。私は大司教と共に陛下の前に居た。





「大司教、私は君との面会は許可したが、隣の男については許可していない」






陛下の言う事を聞かず、クラリスを養女にしたままの私は陛下にとっては反抗的な臣下に見えていることだろう。






「面会人数は伝えておりましたよ?誰かと聞かない陛下が悪い」  


大司教の物言いに何か思うところがあったのか、陛下の眉はピクリと動いた。






「ほう……珍しいな。お前が私にそんな風な口をきくのは」


「卑屈になるのを止めました。私は私が望んでこうなったわけじゃない。全ては神の思し召しです」


大司教は淡々とそう言った。陛下の顔は曇る。






「汚れた人間のくせに……」


陛下の低い声が聞こえたが、大司教はそれを無視して喋り続けた。






「今日は陛下にお願いがあって参りました」


「またもや珍しいな。お前が私に頼みごととは」


「これが最初で最後でしょう。まず、ウォルフォード侯爵の話を聞いてもらいたい」


大司教の言葉に、陛下は私に鋭い視線を向けた。






「いいだろう。話してみろ」




私は古道具屋の主人の話から、チャールズの話までの全てを陛下に話して聞かせた。もちろん侍女の弟の件は話していないが。






「それは……本当の話か?」


陛下は全ての話を聞き終えた後、そう言って黙り込んだ。






「今は状況証拠と、それを裏付ける証言しかありません。しかし、ここ王都に全くと言っていいほど、魔物が現れない事がそれが真実だと表しています」


私の言葉に、陛下は廊下に控える護衛に聞こえるように叫ぶ。






「宰相を!宰相を呼べ!」


「お待ち下さい!それより先にアナベル嬢の部屋を調べる許可を!でなければ秘密裏に面会をお願いした意味がなくなります!」


私は陛下を止めた。護衛が扉をノックすると顔を出した。






「宰相をお連れすればよろしいですか?」


「いや……いい。宰相には何も言うな。それより、今から私達はアナベルの部屋へ行く。案内しろ」


陛下の顔を見る。そんな私に陛下は頷いた。






「私も行く。お前達が何か細工するとも限らんからな。それと数人の近衛を連れて行こう。証人は多いにこしたことはない」


私達は陛下の私室を出て、アナベル嬢の部屋へと向かった。






陛下、大司教、私、近衛騎士三名の計六名がゾロゾロとアナベル嬢の部屋の前へと現れたのを見て、侍女長は驚いていた。






「陛下……何の御用でしょうか?」


「ここがアナベルの部屋だな?彼女が魔王の封印に向かってからここに入った者は?」


「侍女がお掃除と空気の入れ替えをする為に一日一度部屋へとお伺いしておりましたが、それ以外はおりません」


「そうか。部屋に鍵はあるか?」


「もちろんでございます」


侍女長はポケットの中から部屋の鍵を取り出して陛下に見せた。






「他に鍵を持つ者は?」


「おりません。私が責任を持って預かっておりました」


「そうか。では、開けてくれ」


陛下の言葉に侍女長は目を丸くした。






「聖女様の部屋を……ですか?」


陛下が何の用だと言わんばかりだが、ここで拒否する権利は侍女長にない。






「そうだ。さっさとしろ」


侍女長はそう言われて肩をピクリとさせる。急いで鍵を鍵穴へと差し込んだ。






── ガチャッ






解錠された音と共に、扉が開かれる。






私の胸が痛いほどにドキドキと鼓動を早めた。


開かれた部屋は女性の部屋らしく、ゴテゴテと飾られた華美な部屋だった。こんなところもクラリスとは正反対だ。


クラリスは私が何でも買ってやると言っても、必要な物さえあれば良いと、殺風景だが機能的な部屋を好んでいた。こんな些細なことでもクラリスを思い出す自分に苦笑する。








侍女長を先頭に、私達は部屋へと入る。






「それで……このお部屋に何か?」


侍女長は居心地悪そうにそう言った。物々しい雰囲気を感じ取っているのだろう。






そこで大司教が口を開いた。彼はある場所を指さす。






「あそこは?」


「あちらはクローゼットでございます。聖女様のお召し物が入っていますが、大切な宝石もたくさん置いてあるから、絶対に触れるなと言われておりました」


大司教はサッとそのクローゼットの前に移動すると、そっとその扉に手を触れた。






「大司教様!そこは触れられません!」


侍女長が止めようとするのを、陛下が手で制する。






「ジェレミー、そこにあるのか?」


陛下は大司教を名前で呼んだ。


もしかすると……かつて彼らはそう呼び合っていた時代があるのかもしれない。それはきっと彼らが自分達の秘密を知る前の……幼い頃のことだろう。






「あぁ。ここだ。間違いない……初めて私は王太后の力を自分で感じる事が出来たよ」


大司教の声に僅かに喜びの色を感じた。


希薄だと思っていた母との繋がりを、今初めて強く感じたのかもしれない。






陛下は指で近衛騎士に合図をすると、クローゼットに近づき自らその扉を開いた。もう侍女長も止める事は出来ない。近衛が見守る中、陛下はその奥にある宝石箱へと視線を走らせた。






「あれか」「あれだ」


陛下と大司教の声が重なる。


近衛が陛下に合図され、その箱をクローゼットから取り出した。


蓋を開けようとするも、そこには小さな南京錠が付いている。鍵は見当たらない。






「壊せ」


陛下の言葉に近衛が力を込めると、その箱は意外なほどすんなりと開いた。






たくさんの宝石に紛れ、布を巻かれた丸い物が入っている。案外小さな物で、私は驚いた。






陛下が大司教をチラリと見て頷くと、大司教はその物体に手を伸ばした。






「これだ。これが本物の聖なる水晶です」


私にはその水晶が大司教の手の中で薄っすらと白く光って見えた。








誰もその答えを予想していなかった。そう、私と大司教と陛下以外は。






さすがの近衛達もざわつき始め、侍女長に至っては、顔面蒼白になっている。






「わ、私は何も知りません!」


侍女長が真っ先にそう否定した。






「安心しろ、お前を疑ってはいない」


「── であれば一体……」


侍女長はそこで言葉を切った。




彼女の唇は震えている。彼女の心の中が読める様だ。これがアナベルの仕業であったら、大変な事が今、起きているのだ、と。






「大司教、これが本物であると証明する術はあるか」


「教会に居る聖騎士に……いえ、ソーントン伯爵令嬢を呼んでください。彼女の方が聖なる力が強い。彼女にこの水晶に力を注いで貰いましょう」


皆がホッとするのが分かった。


聖なる水晶は粉々に壊れ、もう聖なる力を貯めておく術が絶たれてしまったと思っていたところに、本物があったとの知らせだ。






これで、少なくとも王都は守られると考えているのだろう。


まぁ……時間的にはそろそろ魔王が封印されていてもおかしくはないように思うのだが、まだ、領地では魔物が確認されているとの報告を今朝受けたばかりだ。








その後、レオナ嬢が王宮へと呼ばれ、聖なる水晶に力を注ぐと、水晶はみるみる間に白い光に包まれていった。






「これで証明されました。これが聖なる水晶で間違いありません」


大司教の声が響く。






「宰相を呼べ」


陛下が低く唸るように言った。










これでやっとクラリスを助ける事が出来る。私は涙を堪えるように目を閉じた。






隣で、


「ウォルフォード侯爵。貴方は成し遂げたのですよ」


というレオナ嬢の優しい声が聞こえた。





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