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第84話


〈ウォルフォード侯爵視点〉




「ウォルフォード侯爵。話は全て聞かせていただきました」


そう言った大司教の声はとても落ち着いていた。






教会から私と共に我が屋敷に大司教が来てから約十分後。チャールズを執事が連れ帰ったとの報告を受けた。






大司教には応接室と続きになっている部屋で一旦待機していただくことにして、私はチャールズと話をしていたというわけだ。








「だ、大司教、これはっ……!」


「チャールズ。貴方には失望しました。まさかローナン公爵令嬢に借金の肩代わりをさせていたなんて……」


「違う!それは向こうが善意で!」


「何のために?」


静かに問う大司教の声には、なんの感情も籠もっていないように感じられ、それが逆に恐ろしかった。






「………」


何の為にと問われても、チャールズには答えられないだろう。






「貴方の借金を彼女が肩代わりするメリットを私に教えて欲しいと言っているのですよ?」


「ぜ、善意とは……その……見返りを求めないもので……」


「ならば、貴方が泣きついたのですか?『私の借金を肩代わりしてくれ』と」


「違う!!アナベル嬢が何処からか私の借金のことを嗅ぎつけて……」


「わざわざ貴方の秘密を調べ上げて、彼女は善意を施したというのですか?そのような話、誰も信じませんよ」


大司教はあくまでも淡々とチャールズを追い詰めていく。






大司教は椅子に腰掛けたチャールズに近寄ると、腰を落として彼の顔をジッと見た。






「前任の大司教は貴方を可愛がっておいででした。きっと今の貴方を見て、悲しんでおられることでしょう」


すると、チャールズはいきなり大司教に掴みかかった。






「私が!私が次の大司教になると皆思っていたんだ!!それをお前がっ!お前が横取りした!私が賭け事に興じるようになったのも、全て!全てお前のせいだ!」


壁際に控えていたうちの護衛と、私でチャールズを引き剥がす。護衛はチャールズの腕を後ろでひねり上げた。






「イタタタッ」


顔を顰めるチャールズ。だが、護衛がその腕の拘束を解くことはなかった。




大司教はチャールズに掴まれてしわくちゃになった胸元をサッと直すと、彼に向き合った。






「誰かのせいにしなければ、自分を正当化出来ぬとは、愚かなことよ。だが、貴方は責任を取らなければならない。一人の女性に魔女という汚名を着せ、その人生を奪ったことを。それは……私も同じです。罪を認め、共に責任を果たしましょう。神はそれをお望みだ」






大司教の言葉にチャールズは項垂れる。そして、大司教は私に言った。






「クラリス嬢の人生を奪った責任は私にもあります。私はクラリス嬢の潔白を証明したのち、この職を辞する覚悟です。ウォルフォード侯爵、謝っても謝りきれない。申し訳なかった」


大司教は深々と頭を下げた。






「謝罪は全てが終わった後、クラリスに」


今の私にはそう言うことしか出来なかった。






その後、チャールズは全てを正直に話した。


アナベルに借金の肩代わりをする代わり、試験で自分に有利になるように手を貸すことと。


始めは、何もせずともアナベルは聖女試験を難なくこなしていたため、自分の手を汚さずとも、彼女が順当に聖女になるのではないかと思われていた。ただ、厄介なのはソーントン伯爵令嬢の方だとも思っていた。




しかし……ある日アナベルに恐ろしい計画を持ち出された。




『私が警戒しているのはレオナじゃないわ。クラリスよ』


最終試験の前日、アナベルはチャールズの部屋でそう言った。


『クラリス嬢は今のところ三番手。確かに聖なる力は強そうですが、さほど上手くコントロール出来ているようには思えませんが』


『最終試験は実技よ。何が起こるか分からない。……私は誰にも負けるわけにはいかないのよ?だから、私に考えがあるの』


『考え?何をするつもりです』


『水晶をすり替えるわ。それでクラリスを排除する』


チャールズはその計画を聞いた時も上手くいくはずがないと思っていたと言った。


それにまだその時点では偽物の水晶も出来上がっていなかったとも。


しかし、実際はアナベルが思っていた通りにことが進み、自分の部屋に偽物の水晶が置いてあった……と。


チャールズを証人として捕まえておく必要を感じた私は逃げられぬよう、彼を屋敷に留め置いた。


護衛に部屋を見張らせる。






明日は大司教と共に王宮へ向かう。いよいよだ。これで本物の水晶がアナベルの部屋から見つかれば、クラリスを助け出すことができる。








「アル、眠れないの?」


部屋のバルコニーから空に浮かぶ月を見上げていた私に妻のシェルビーが声をかけてきた。




クラリスが魔女の森に追放されてからというもの、彼女はすっかり痩せてしまった。






「……怖いんだ」


気付けば私の声は震えていた。






「クラリスを助け出せるかもしれない……しかし、クラリスが果たして── 」


『無事でいてくれるのか』そう口に出す前に、シェルビーが私の背中に抱きついた。






「アル……信じましょう。あの子は強い子よ。きっと、いえ絶対に大丈夫」


「そうだな……そうだな……」


私の頬を涙が伝う。私は自分の胸に回されたシェルビーの手をそっと撫でた。




私の背中がじんわりと濡れていく。シェルビーも泣いていた。





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