第81話 Sideウォルフォード侯爵
〈ウォルフォード侯爵視点〉
── 時はさかのぼり、この話は私がレオナ嬢を送り届けた後、屋敷に戻ったところから始まる──
「教会には居なかった?」
「はい。今日は休みとの事で。他の司祭たちの話だとお母様の面倒を看る為に、良くご実家に戻られているので、そこではないかとのお話でしたのが……」
「だが、実家には帰っていなかった……だろ?」
私の言葉に執事は大きく頷いた。
「はい。直ぐさま護衛を向かわせたのですが、姿は見えずで」
私は少し考えた後、口を開いた。
「ある飲み屋の地下に賭場があると聞いた。お忍びで行く貴族もいるという……。そこへ行ってみてくれ。私は大司教と話をする」
「旦那様。私もクラリス様の事は心配です。ですが、くれぐれもウォルフォード侯爵家を潰すような真似は……」
再び外套を羽織る私に、執事の顔は心配そうに曇る。
彼の言いたい事はわかる。私には家族もそしてたくさんの領民も居る。クラリスとの養子縁組を解消しない私にやきもきしている使用人がいることも確かだ。
「私はな……この国に思うところがある。私の今の行いが領民のためにならぬと判断した場合、即刻、隣国へ我が領地を土産に渡るつもりだ」
「祖国を……裏切るおつもりですか?」
「裏切ったのは、他でもないこの国だ。元々我が領地を欲しがっていた隣国には棚からぼた餅のような話だろう」
「戦が起こりますぞ?その火種となるおつもりですか?」
「何があってもクラリスを助ける。お前が私を主として仕えるに値しないと思うのなら出て行ってもいい。退職金は弾む」
「……私はどこまでも旦那様と共に」
「そうか……。ありがとう。お前の言葉は、しかと受け止めた。では行ってくる」
私は執事を残し部屋を出た。私は私の信じた道をいく。家族を見捨てるような事はしない。
馬車を急いで走らせ、私は大聖堂に到着した。大きくそびえ立つ塔がもう少しで夕暮れにそまる頃だ。教会の窓に設えられたステンドグラスが光を纏う。私はそれにサッと目をやると、教会の門を叩いた。
「ウォルフォードだ。大司教に至急の用がある」
私の名を聞いて、門番は少し難しい顔をした。魔女と関わりを絶たない馬鹿なウォルフォード侯爵。そう揶揄されていることなど百も承知だ。
「大司教様はお忙しく── 」
「聖なる水晶の事で話があると伝えてくれ。王都を守れるかもしれないと」
ハッタリだったが、私はあの侍女の話を聞いて、ある種の確信を持っていた。
『本物の聖なる水晶は王宮にある』と。
侍女はアナベルの荷物にその水晶を紛れ込ませ、王宮へと運んだと行った。それを見たアナベルはどうする?聖なる水晶だ。さすがにそこら辺に捨てるわけにもいかないだろう。
ならば何処に?少なくとも封印から戻るまで……アナベルはそれを隠しているに違いない。封印には持っては行かないだろう。ウィリアム様にでも見られれば大ごとだ。
ならば、あの侍女の想像した通り、王宮の中のアナベルにあてがわれた部屋にある確率はとても高いように思えた。
何故、王都だけはまだ魔物からの襲撃を受けていないのか。王都を出れば、魔物がウヨウヨしていると聞く。我が領地だって例外ではない。ウォルフォード侯爵家の騎士団の殆どは領地で魔物と戦っている。なのに、この王都の静けさはなんだ?
でも、もしまだ本物の聖なる水晶がこの王都……いや王宮に残されているのだとしたら?ならばこの現象にも説明がつく。
私が水晶のことを口にしたところで、大司教が会ってくれるとは限らない。これもやはり私の賭けだった。
私の勢いに押された門番が「少しお待ち下さい」と教会の中へ走り去ってから十分ほどが過ぎた頃だ。先ほどの門番が息を切らしまた戻ってきた。
「ハァ、ハァ……大司教様がご面会になるそうです」
私が案内されたのは大聖堂の中だった。
祭壇の前で佇む大司教。彼は私が入室したことに気づいていないのか、手を合わせ祈りを捧げているようだ。
「大司教……突然の訪問の無礼を詫びよう」
私の声に、大司教はゆっくりと振り返った。
「ウォルフォード侯爵、ようこそおいで下さいました。どうぞ」
大司教はたくさん並んだ椅子の一つを指し示した。
ここでたくさんの司教や司祭が祈りを捧げているのだろう。
二人で並んで腰を降ろす。
「単刀直入に言いましょう。黒く染まった水晶は偽物です」
私の言葉に大司教の身体はピクリと揺れた。
「偽物……」
そう言ったまま、大司教は何かを考えているように上を見上げる。
「言葉だけでは信じてもらえないかもしれない。しかし、証人はいる」
「証人?」
そう言った大司教は私の方へと顔を向けた。
「ローナン公爵家の侍女がアナベルの命令を受けて市井の古道具屋に偽物を作らせました。そしてそれをすり替えたのはチャールズ司教です」
そこまで一気に言うと、大司教は大きく目を見開き、驚いた表情になる。
「チャールズ……が?」
自分の部下に裏切られたことが悲しいのか、大司教は眉を下げた。彼は自分が陰で色々と言われていることを知っているのだろうか?
「はい。……信じがたいことかと思いますが、彼は貴方を、そして国王をも騙したのです。その偽物の水晶は砕け散ったと聞きましたが、王宮に本物の── 」
「信じましょう。私は貴方の言葉を信じます」
「へ?信じる?」
絶対に信じて貰えないと思っていた私は拍子抜けして、間抜けな声を出してしまった。
「実は先日……ある老婆がここを訪れました。私は彼女を知っていた。昔の知り合いに会い懐かしい心地でした」
大司教は遠くを見るような目で話し始めた。




