第80話 Sideウォルフォード侯爵
〈ウォルフォード侯爵視点〉
「な、何なんだ!」
チャールズはうちの応接室で、私を見てそう叫んだ。
司教チャールズは賭場に居た。
ソーントン伯爵家の護衛に手渡されたメモを受け取った執事は直ぐに教会へと行ったが、チャールズは不在だった。
ウォルフォード家に戻った私は一種の勘のようなもので、賭場を探させたが、まさかまだ賭け事に興じていたとは思わなかった。これが聖職者とは……嘆かわしい。
チャールズは私の目の前で青ざめていた。
賭場から侯爵家に場所を移した私達は向かい合っている。この男の事は、教会で出会った時から気に入らなかったが、今では張り倒したい気持ちでいっぱいだ。
侍女はまだ同情すべき事情があったが、この男はどうだ?賭け事で作った借金をアナベルが肩代わりしたという事だけで、私のクラリスを魔女の森へ追いやったのだ。この男だけは許すことが出来ない。
「貴様に聖職者としての自覚はないのか?」
「べ、別に賭け事は禁止されていない」
「世俗から離れた者が賭け事に興じる……情けない。禁止をされているかいないではなく、そこは己の問題だと思うがな。ローナン公爵令嬢に借金の肩代わりまでさせて……恥ずかしくないのか?」
私の言葉にチャールズの唇は目に見えるほど震え始めた。
「な……、なんのことだか」
「しらばっくれるのか?お前が借金をしていた金貸しから話を聞いた。お前の借用書を買い取った人物をな」
あの賭場で顔を利かせている金貸しには、既に話を聞いていた。
アナベルが金貸しからチャールズの借用書を買い取っていたことを。
「そ、それは善意で……」
「彼女はお前が聖女試験の主任監督官であることを知って、近づいたんじゃないのか?」
私の言葉にチャールズはブンブンと首を横に振るが、否定の言葉は出てこない。
「まぁいい。これを大司教に言えばお前にどんな処罰が下るのだろうな?」
「だから……賭け事は禁止されてはいないと……」
チャールズの声は震えている。
「聖女候補者と私的な繋がりがあったことは確かだろう?しかもアナベル嬢は試験の成績も良かった……あぁ、実技は私の娘に遥か遠く及ばなかったようだが。だがお前と彼女が特別な関係にあったと公にすれば、きっと勘ぐる者も出てくるだろう。大司教だって例外ではない。お前が成績に手心を加えたと勘ぐるかもしれないな」
「そんな!!私は成績には手を加えるようなことはしていない!」
今度はやけにはっきりと否定するが、こいつは自分の咄嗟に放った言葉に、大きなミスが含まれていたことに気づいていない。
「成績『には』か。ならば何に手を加えた?」
チャールズは咄嗟に自分の口を押さえ、必死になって首を横に振った。
賭場で私に見つかったせいか、ずっとこいつは動揺を隠しきれていない。小心者のくせに、賭け事になると気を大きくして、大金を賭ける。本当に馬鹿な男だ。
「既に私はお前が聖なる水晶を入れ替えたことを知っている。どうする?素直に話せば借金のことは黙っていてやろう」
「そんなもの……証拠はない!」
それを言われると何も言えなくなる。せめて本物の「聖なる水晶」を見つけることが出来れば。
「証人はいる。それに状況証拠もある。あれをすり替えることが出来たのは、あの時、大司教に言われて水晶を取りに戻った、お前だけだ」
「ふん!だから何だ!大司教の仕業かもしれんだろ?大司教だって色々噂がある男だ。あいつかもしれん」
大司教は異例の早さで大司教にまで上り詰めた男だ。見た目は若いが、既に大司教に就いて二十年ほどになる。その出世の早さから、色々と噂されてはいるが、私はそれは周りの妬みからだろうと常々推測していた。
私は扉で隔たれた隣の部屋へと声をかける。
「今までのお話、聞いてらっしゃいましたか?」
私の大きな声にチャールズは少しピクリと身体を揺らした。
隣の部屋は続き部屋になっており、扉で繋がっている。その扉が私の声に反応した様に、静かに開いた。
「だ、大司教……」
チャールズはその扉から現れた人物に目を見張る。その名を呼んだ彼の口はワナワナと震えていた。
「ウォルフォード侯爵。話は全て聞かせていただきました」
大司教は私とチャールズの居る部屋へと入りながら、静かにそう言った。




