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第77話 Sideウォルフォード侯爵


〈ウォルフォード侯爵視点〉




アメリはその侍女の様子から、すぐに私と会わせた方が良いと判断したようだ。侍女を私の待つ馬車まで案内してきた。






馬車の扉が開く。侍女は馬車の中で待つ私の姿を見て固まった。






「ウォルフォード侯爵……」


「さぁ、馬車に乗って。話はそれからだ」


この侍女がローナン公爵から何かを頼まれていたとすると、彼女に見張りが付いているかもしれない。


私達は周りをサッと見回して、すぐさま侍女を馬車に乗せた。






馬車は静かに走り出した。家紋も何も付いていない質素な馬車だが、あまり長い間、こんな場所に停まっているのは目立つだろう。






侍女は両手を膝の上でギュッと握りしめ、俯いたままだ。私の顔を見て、彼女の態度が硬化したことが窺える。






しかし、アナベル嬢が魔王の封印に向かっている今こそが好機なのだ。いや、今しかないと言ってもいい。聖女の帰還は聖女候補者達の力の封印を意味している。聖騎士になる者達は例外だが、彼女達だって、その力を聖女を守ること以外に使用出来なくなるのだ。






「君は元々は男爵家のご令嬢だったのだね……今は随分と暮らしが苦しいようだが」


彼女の身辺を調べていくうちに、色々と分かったことがある。






私の言葉にその侍女の肩がピクリと揺れた。


アメリがすかさず彼女に声を掛ける。






「旦那様はあなたをどうこうしようと思っているわけじゃないの。お互い協力しましょう……そういう話よ」


「協力……?」


ずっと俯いていた侍女がゆっくりと顔を上げた。






「あぁ。君の弟が重い病気を患っている事は知っている。その治療の為にご両親が随分とご苦労したことも。君がローナン公爵家の侍女として働き始めたのは家計を助ける為……それと……アナベル嬢が聖なる力を持っていたから……そうだね?」


彼女の顔が強張る。






「別にそれを咎めているわけじゃない」


「私のことを調べて……何がしたいんですか?」


彼女の声にちょっとした怒りと不安が入り混じっている。自分を調べられていた気持ち悪さと、これから何を言われるかの不安が、彼女の感情を乱しているようだった。






「単刀直入に聞こう、君は市井の古道具屋に何を依頼したんだ?」


その言葉に彼女は目に見えて動揺した。視線は落ち着きなくキョロキョロとしており、膝の上の手は微かに震えている。


そこには恐怖がありありと見て取れた。






「し、知りません。私は何も知りません!」


「嘘つかないで!古道具屋からあなたが何か受け取ったのを見ている人がいるの!それに、私だってあなたが男性に絡まれているところを見たわ!彼は古道具屋の主人を探してた。あなたと何らかの関係があるからでしょう?!」






「アメリ、落ち着きなさい。彼女が話したくても話せなくなってしまう」


侍女は唇を震わせている。顔色は真っ青だ。






「君が怖かっているのはローナン公爵かい?」


私は努めて優しく言った。


彼女を怖がらせてもこの交渉は上手くいかない。しかし彼女にローナン公爵の名を出しても、あまり反応はない。……となれば。






「じゃあ、君がその秘密を守っているのはアナベル嬢のためか……」


侍女はキッと私を睨んだ。






「私が守っているのは私の弟よ!私の家族よ!じゃなきゃ……」


なるほど……忠実であったのは、やはり弟や家族のためであったか。






「ならば。君の家族を君の代わりに私が守ると約束しよう」






「どうやって?」


彼女から私が信用されているなどと思ってはいない。聖女を有するローナン公爵家と魔女の烙印を押された娘のいるウォルフォード侯爵家。どちらが大きな後ろ盾になるかは、考えなくてもわかる。しかし、その大きな後ろ盾となるはずのローナン公爵家は、彼女の家に手を差し伸べてはいない。彼女の実家は没落した。そう彼女は『元』男爵令嬢だ。






「君が古道具屋に依頼した物の正体を明かしてくれれば、君の弟の病気を治してやろう。その上で君の家に資金援助をする。爵位を買い戻せる程の金だ。弟が元気になった時、継ぐ家があった方が良いだろう?」


自分でも卑劣な真似をしていると思う。


人の命を交渉のネタに使い、金をちらつかせて誰かを従わせようなんて……。だけど、今の自分には他に手段がなかった。




「…………」


侍女はまた俯いた。だけど、今は膝に乗せた手は震えていない。そして彼女はギュッとスカートを握りしめたかと思うと、顔を上げ、私の目を待っ直ぐに見た。






「弟をどうやって治すというのです?どの医者も弟を見放しました。もう聖なる力でしか弟を治せません。だけど聖なる力は……教会の許可なく使用できません。皆自分の家族や友人にはこっそり使っているくせに……その便利な力を出し惜しみしてる」


侍女はそこまで言うと唇を噛み締めた。




「出し惜しみしているのは教会と王族だ。聖なる力が偉大であればある程、その力を支配下におかなければ自分達の身が危ないと思っている。その力を制限することで、自分達の立場を確保しているんだ。だから、私が今から言う事はこの国の理に背くことだ」






「クラリス様は追放されていますよ?」


侍女の言葉に胸が痛む。可愛いクラリス……今も彼女は無事でいてくれているのだろうか?






「こんな私にも力を貸してくれる人がいるんだよ。彼女が君の弟を治す。だけど、それは君が秘密にしていることを正直に話してくれることが条件だ。出来れば証拠と共に」






「証拠……?」






彼女はそう言って眉を顰めた。確かに領収書などは残っているはずがないが、何の証拠もなしに彼女の話しを鵜呑みにできない。





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