第76話 Sideウォルフォード侯爵
〈ウォルフォード侯爵視点〉
「貴女にある人物の病気を治していただきたいのです」
私の言葉にレオナ嬢は少し首を傾げた。
「どなたがご病気に……?」
「それは私の家族ではありません。ある侍女の弟なのですが……」
私はレオナ嬢に自分の計画を話した。
アナベルの事を『人の病気をネタにその人物を支配する卑劣な奴』だと言いながら、私も同類だ。しかし、今はどんな手段を使ってでも、クラリスを助け出さなければならない。
「その侍女の事は覚えています。聖女試験でアナベル様に付いていた侍女の一人ですので。……彼女の弟君がそんなに重い病気だったとは」
レオナ嬢はまるで自分が痛みを堪えているかのように苦しそうな顔をした。
「きっとアナベル嬢はその弟を完全に治すことなく、かといって死んでしまっては元も子もない。微妙な匙加減で弟君をたまに治療しつつ、その侍女を自分に忠実な下僕として使っていたのではないかと思うのです。もちろんこれは全て私の憶測にしか過ぎません。けれど私はこれを好機だと考えているます。アナベル嬢は今は魔王の封印に向かう道中。彼女が居ない今こそがチャンスなんです」
「その侍女が市井の古道具屋に何かを依頼したことは間違いないのですよね?」
「はい。その古道具屋の主人の孫にあたる男性が侍女に主人が品物を渡している姿を目撃していますので、それは間違いありません。そして…それはその侍女自身が依頼したのではなく……」
「ローナン公爵……あるいはアナベル嬢である可能性は私も高いと思います」
レオナ嬢はそう言って同意するように深く頷いた。
「古道具屋の男性は随分とお金を貰っていたようですので、私もそう思っています。そしてこれは私の勘のようなものですが、そこに今回の事件の手がかりであるように思えてならないのです。消えた古道具屋の主人の足取りは今、全力で探しているところですが、その侍女が受け取った品物……それこそが重要なのではないか……と」
私の言葉にレオナ嬢は決意した様に私の目を真っ直ぐに見た。
「侯爵のお気持ちは良くわかりました。私もクラリス様の無実を証明したい。私に出来ることならば何でも協力いたします。そして同時に力が封印されてしまう前に誰かのお役に立ちたいとそう思っています。これは私のわがままですが、もしその侍女が侯爵との取り引きに応じなかったとしても……その病気の治療をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
アメリの言った通りだ。レオナ嬢は心優しい女性だから、侍女が秘密を喋らなかったとしても、きっと病気の治療を申し出るだろうと彼女は言っていた。そしてこのレオナ嬢の優しさにクラリスが何度も助けられていたことも。だから私は彼女にこれを頼みに来たのだ。
「もちろんです。貴女ならきっとそう仰るだろうと思っていました」
「きっと……クラリス様が逆の立場であっても私と同じように行動していたと思います。彼女こそが真に優しく強い女性です。私なんかよりもずっと」
そう言ってレオナ嬢は少し寂しそうに微笑んだ。レオナ嬢とクラリスが仲良くしていたというアメリの言葉に間違いはなかった。
「私の自慢の娘ですので」
私の言葉にレオナ嬢は今度はとても嬉しそうににっこりと笑った。
それから二日後のことだ。侍女の実家を見張らせていた護衛から、例の侍女が弟に会うために現れたと連絡が入った。
私はアメリと共にその家へと馬車で急ぐ。
程なくして、侍女は暗い顔で家の扉から出てきた。
「ちょっと!」
アメリが馬車を降りて、その侍女の元へと向かった姿を、私は馬車の窓から見守る。最初から私が顔を見せてしまうと向こうが警戒するだろう……そう考えた私達はまず先にアメリをその侍女と接触させることにしたのだ。
侍女はアメリの方へと顔を向けた。その目は少し虚ろで、それを見たアメリは少しその声の勢いを落とした。
「あなた……大丈夫?」
アメリが思わず心配してしまうほど、その侍女の表情は暗い。
「ロンが……ロンが……」
アメリに声をかけられた侍女はそう言って泣き崩れる。
アメリはその侍女の肩にそっと触れると、優しく語りかけた。
「ロンって……あなたの弟?病気なんでしょう?」
涙に濡れた頬を拭うことなく、その侍女は顔をガバっと上げて、アメリに尋ねる。
「どうして知ってるの……?」
「あなたに訊きたい事があって。あなたの返答次第では、弟さんを助けてあげることが出来るかもしれない」
「弟を……!ロンを助けることが出来るの?」
侍女はアメリの腕を掴んで、その真意を確認するように尋ねる。その様子は必死だった。




