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第50話 Sideアナベル


〈アナベル視点〉




後何日かかるのかは分からないが、私は宣言通り自分の乗る馬車と、ウィリアム殿下にのみ結界を張った。聖騎士は夜に馬を癒すのに手一杯だった様で、結界は張れなかったらしい。なり損ないは所詮なり損ない。それだけの力しかない。


改めて私は馬車に乗り込む前に、周りをぐるりと見渡した。


なるほど。確かに討伐隊は出発前の半分……いや三分の一程に減っていた。更に皆の顔には覇気がない。


そう言えば昨晩私の元へとやって来た聖騎士もくまが酷かった。


馬車は走り始めたが、何度も何度もその歩みを停めた。窓から外を眺めると騎士達が魔物と戦っている。


私は昨晩のウィリアム殿下との会話を思い出していた。殿下のあの目……。優しい彼が私への嫌悪感を隠すことが出来なくなっていた。好意を持っている人物にあの視線を向けられるのは辛い……辛いが私には今、それ以上に心配な事があった。


力を使い続ける事で気づいた事実。




―私には長時間力を使い続ける体力がない―




よく考えれば分ることだ。家での鍛錬も、聖女試験でさえも、長く同じ力を使い続ける機会はなかった。瞬発的に大きな力を出す事は出来る。しかし継続する事が苦手なのだと、私は初めて気付いていた。これは聖女試験の欠点とも言える。この状況になって初めてその事に気付いても、もう遅い。今後聖女試験の在り方を見直すべきだろう。


魔王を封印する時にどれだけの時間、どれだけの力を使う必要があるのか……未知であるが故に私は不安で押し潰されそうになっていた。


私は外を眺めるの事を止めた。騎士達と目が合ったりでもしたら、厄介だ。私はあくまでも魔王の封印の為に存在する。……彼等を救う為ではない。




その夜。


私の支度に現れた聖騎士がワンピースを脱がせる為、腕を上げた瞬間、




「痛っ」


と右肩を押さえ、蹲った。私はそれをチラリと見るが、それについて何も言及するつもりもなかった。




「早くしてくれない?直ぐに休みたいのよ」


すると、その聖騎士は私をキッと睨んだ。仮面を着けていても彼女の瞳から怒りが伝わってくる。




「何なのその目は?」




「貴女には……人の心がないのですか?」


聖騎士は聖女と大司教とだけは言葉を交わせる。しかし、私にとって彼女との会話など不要なだけだ。




「無駄口を叩く暇があるなら、さっさと手を動かして。貴女との押し問答なんて時間の無駄よ」


すると、その聖騎士は自分の仮面を脱ぎ捨てた。その顔には皺が目立つ。私より十……いや二十は歳が上なのではないかと感じた。




「……何なの?」




「此処に来ている聖騎士は私と同じくらいか、少し歳下の者達です。貴女より遥かに聖なる力は少ない。怪我を治す力でさえ魔物との戦いで残っていません。このままでは討伐隊は全滅です」




「だから何なの?自分達の能力の無さを私の責任にしないでちょうだい」




「この結果を招いた一因が御自分にあるとは思いませんか?」


私はその聖騎士の顔を改めて見た。彼女の瞳は涙で濡れている。仲間を失った悲しさか、自分の能力の無さの不甲斐なさを悔いたからか、それとも私に対する怒りからか。




「思わないわ。さっさと支度を手伝って。随分と時間を無駄にしたわ」


私はイライラして、ポタンを半分程しか外していないワンピースを無理やり脱いだ。




『ブチブチブチ!』


止まっていたボタンが引き千切られる音がする。私はワンピースを聖騎士の顔に目掛けて投げつけた。




「支度を手伝わないなら目障りだから出て行きなさい」


私は寝台の上に広げられていた、夜着を手に取る。


聖騎士は仮面をまた静かに着けると、自分の顔に投げつけられ、床に落ちたワンピースを握りしめ立ち上がった。




「貴女は御自分の行いを必ず後悔する日が来ます」


聖騎士はそれだけ言うと、下着姿の私を残しテントを出て行った。




私は夜着をすっぽりと頭から被る。これぐらいなら一人で出来る。やりたくはないが。着替えを終え、私は直ぐ様寝台に潜り込んだ。


先ほどの聖騎士の言葉が呪の様に私をゆっくりと侵食していく。私はそれから逃げる様に硬く目を閉じた。






それから四日後、魔王が封印された山に着いたと声が掛かった時には、既に討伐隊は私とウィリアム殿下、聖騎士二人と副隊長とその部下の一人の六人しかその場には居なくなっていた。




「此処からは馬車も馬も使えない。歩いて行こう」


ウィリアム殿下の言葉に絶望する。




「歩く?此処を?」


私は大きな岩がゴロゴロした足場の悪い急な坂道を眺めた。


聖騎士の一人が靴底の厚い紐靴を私の足元にそっと置いた。




「到底その靴では此処を歩けない。それに履き替えてもらう。これは君の足を守る為でもあるんだから、拒否は出来ないよ」


ウィリアム殿下の言葉は優しそうに聞こえて有無を言わせない圧を感じた。


私は黙って靴を履き替える。その間も魔物が襲って来るのを、聖騎士の結界で何とか防いでいた。


彼女達は既に肩で息をしている。よく見ると、副隊長もその部下も怪我をしていた。


私は側に居た聖騎士に尋ねる。




「今まで私の世話をしていた聖騎士は?」


聖騎士は答えない。そうか、周りに他の者達が居る。彼女は声を出すことが出来ないのだと思い当たったその時、副隊長が代わりにそれに答えた。




「あの者は……亡くなりました。私を庇って……。聖なる力も死者を蘇らせる事は出来ません」


副隊長は声を震わせた。側の聖騎士も肩を震わせながら、拳を握りしめていた。




「亡くなった?犠牲者は居なかったのでは?」




「君はいつの話をしてるんだ?君が結界を……限局的にしてしまってから、亡くなる者も居たよ。彼等には……本当に申し訳ない事をした。さぁ、進もう。暗くなると厄介だ」


ウィリアム殿下の顔は恐ろしい程に無表情だった。まるで全ての感情が抜け落ちた様な……そんな彼を初めて怖いと思った。

































































































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