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第45話 Sideウィリアム



〈ウィリアム視点〉




幼い頃から『お前はこの国の王となるのだ』と育てられた。


弟が生まれても、皆の言葉は変わらない。


『ウィリアム様、貴方が王太子になるのです』と。


自分もそうあるべきだとそう思いながら育った。


一度もその事に疑問を感じた事もなく、自分は王太子に……そしてこの国の王になるのだと信じて生きてきた。








僕はお祖母様である王太后様が大好きだった。




『ウィリアム、王太后様は聖女なのだから、礼節を持って接する様に』


耳にタコが出来るほど、そう釘を刺されていたが、お祖母様はいつも僕を笑顔で迎えてくれた。




『お祖母様、お祖母様は聖女様なんでしょう?』


幼い僕を膝に抱き、お祖母様は目を細めて頭を撫でながらこう言った。




『この国には悪い魔王という者が居て、その者が悪さをしないように見張っているのよ』




『凄いや!お祖母様は凄い力を持っているんだね』




『でもね、それは私一人の力ではダメなのよ。貴方のお祖父様と協力して、やっと出来た事よ』




『へぇ〜じゃあお祖父様も凄いんだね!』




『きっと……私の命が尽きる頃に、ウィリアムやロナルドがその役目を担う事になるだろうね』


僕は大好きなお祖母様の口から弟の名前が出た事に少しムッとした。




『ロナルドじゃなくて、僕がその役目だ!!』




『おやおや、困った子だね。それを決めるのは次の聖女だよ』




『次の聖女?』




『そう。私に代わって魔王を見張る新たな娘だ。ウィリアムやロナルドと同じ年頃の子だろうよ』




『そっか……じゃあ僕、選ばれる様に頑張らなきゃ!』


そう言った僕の頭を撫でてくれた温かな手。






そのお祖母様の命が尽きようとしていた。




僕は魔王封印の出発前に、もう一度お祖母様に会って行こうと、部屋を訪れた。お祖父様は随分前に亡くなっていて顔も覚えていない。




お祖母様は聖女という事で、昔は何人もの聖騎士に守られていたが、今は一人を除いて誰もいなかった。新しい聖女はアナベル。守るべき者もアナベルという訳だ。


残った一人の聖騎士は随分と年老いていたが、ずっとお祖母様の側に居た者だった。




「王太后の具合はどう?」


聖騎士に尋ねた所で、彼女が僕と口をきく事はない。聖騎士は聖女と大司教としか話をしない。そう思っていた。しかし、彼女は、




「もう私の力も及びません。いえ、私の力自体が無くなってしまったのです」


と僕を見ずにそう答えた。




僕はそれに驚いた。


彼女はゆっくりと僕に振り向くと、その仮面を外した。歳の頃はお祖母様と同じくらいか?彼女もまた、疲れ切った様子だった。




「お前……良いのか?」


仮面を外し素顔を見せる事はご法度。聖騎士は聖女の為に生きる。そう決まっているからだ。




「もう私は聖騎士ではありません。ただの老女です」




「だが……」




「ウィリアム殿下、ご覧ください。これがこの国の答えです」


彼女はガランとした部屋を見渡してそう言った。




「答え……?」




「新しい聖女様が決まった途端、私以外の者は皆いなくなりました。あぁ……新しい聖女様の出発が遅れた為に、何人かは戻って来ましたが……それでも出立が決まったら、この通りです」




「それは仕方ないだろう。……王太后はもう聖女じゃない」


そう言いながらも僕の胸は苦しかった。




お祖母様がお祖父様を選んだ様に、僕も聖女に選ばれたい。そう思って、候補者には皆に優しくしてきたつもりだ。


ロナルドはいつも『皆の顔色を伺ってばかりで疲れないか?』と不機嫌そうに尋ねてきたが、僕としては逆に『聖女に選ばれなければ王太子にはなれないんだぞ?』という疑問で一杯になるだけだった。




ロナルドは子どもの頃から聖女候補達と積極的には関わらず、いつも僕が彼女達と居るのを遠巻きに眺めているだけ。そんな態度で彼女達に選ばれる訳はないのに……そう呆れる反面、僕にとってはそれは好都合だったのだが。




「聖女でなければ価値はない。ウィリアム殿下もそうお考えなのですね」


彼女のその言葉は皮肉めいていた。




「おい、失礼だぞ?!」


いつになく、僕は大きな声を出してしまった。自分らしくない行いに、自分自身戸惑う。




「失礼?失礼なのはこの国や陛下の方です。この国を守ってきたのは誰ですか?アンナ様ですよ?それに、そのアンナ様を守るため、何人の聖騎士達が尽力したか……。聖なる力を使い果たした聖騎士はゴミの様に捨てられました。いえ……聖騎士自体が保護プログラムという訳のわからない物の犠牲者です」


そう言って僕を睨んだその老女の目は赤く潤んでいた。その瞳には憎悪が滲む。




アンナとはお祖母様の名前だったが、僕は今の今まで忘れていた事に気付いた。お祖母様は『聖女』や『王太后』なのであって、『アンナ』ではなかった。


お祖母様もまた、この聖騎士と同様に名を無くした者だったのかもしれない。




「私は平民の生まれでしたが、両親と共に慎ましやかでも幸せに過ごしておりました。……聖なる印がこの身に現れるまで。保護プログラムという忌々しい制度によって、両親から引き離され、聖女になれなかったからと、養父母に疎まれ……聖騎士として生きていくしかなかった。アンナ様はそんな私の身の上を案じてくれていました。知っていますか?アンナ様は保護プログラムの廃止を陛下へ申し入れた事を」




「廃止を?それは……初耳だ」




「結局の所、初代聖女様以外平民生まれの聖女は居ません。その頃は、貴族に生まれながらに強い力を持つ者もいました。……アンナ様の様に。だから廃止をと。ですが陛下も議会もそれをお認めにはなりませんでした。理由は……口に出さずとも賢明なウィリアム殿下にはお分かりでしょう」




理由。それは聖なる力の流出を防ぐ為。この国や教会で聖なる力を持つ者を管理、監視する為だ。聖なる力を剥奪するのもそれが理由。


僕はその事にも疑問を感じた事などなかったのだが、その老女の目は、そんな僕の心を見透かし、蔑んでいる様だった。





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