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第42話


「そうか!よし!やろう!」


ロナルド様が力強く立ち上がる。




「ま、待って下さい。少し準備を……」


私が宥めると、 




「あぁ……そうか。気が急いてしまった」 


と彼はストンとまた椅子に腰を下ろした。




「ロナルド様は、何故そんなに王太子になりたいのです?」




ここまで一人、魔物の出る領地を抜け、傷だらけになりながらやって来た。しかも魔女の森と呼ばれる場所まで。


私が生きているのか死んでいるのかさえ分からなかっただろうに。彼をそこまで突き動かす原動力は何なのだろう。




「そんなもの……国王になりたいからに決まっているだろう?」


ロナルド様は少し口を尖らせる。


拗ねているというより、本心を隠したがっている様だ。




「国王にそんなに興味がお有りとは知りませんでした。では国王になって何をなさりたいのです?本心をお聞かせ下さい」




「……この国を変えたいんだよ。王政に反対な訳じゃない。……自分だって一応王族だからな。だが一部の人間だけが権力を持ちすぎていると思うんだ。王は貴族の頂点であって、国民の代表ではない。国民一人一人の声が、今のままでは届きにくい」


今度はやけに素直だ。




「だから、力を貸して欲しいんだ。頼む」


ロナルド様は勢い良く頭を下げた。




「や、止めて下さい!頭を下げるなんて、そんな……!言ったじゃないですか、魔王を封印すると。安心してください。女に二言はありません」




「ん?そこは『男』じゃないのか?」




「約束に男も女も関係ないじゃないですか。やりましょう下剋上」


私が右手を差し出すとロナルド様はその手をギュッと握った。




「頼むよ」




「追放されたなんちゃって聖女ですが、お役に立てる様頑張ります」


そんな固く握られた私達の手を、ディグレは鼻でチョンチョンと突いた。




「何だ?」




「仲間に入れて欲しいみたいですね」


私はロナルド様との握手を解くと、ディグレに向き直った。




「ディグレ、あなたはここで皆を守らなきゃ」


ディグレはそれを拒否する様に首をブルブルッと振った。




「嫌みたいだな」




「でも……ディグレ、危険なのよ。あなたに何かあったら私、後悔するわ」


これから向かう場所は魔物で溢れているだろう。何があってもディグレを守る……なんて事は約束出来ない。




すると、何故かディグレは今度はロナルド様の手を鼻で何度も突いた。




「ん?何だ?俺にこいつを説得しろって言うのか?」


ディグレは肯定するかの様にロナルド様を上目遣いで見た。


ロナルド様はディグレと視線を合わせ、




「じゃあお前、こいつを守るって約束出来るか?」


ディグレは返事をする様にグルグルと喉を鳴らす。




「よっし!お前のその気持ちに免じて俺がこいつを説得してやるよ」


そう言いながらロナルド様はディグレの頭を撫でた。




「でも……ディグレに何かあったら……」


私のその言葉に被せる様に、




「実はさ。これから登る山は険しくてな。馬では登れないんだ。女の足だと厳しいかもしれなくて……いざって時にはお前を背負って登るかなぁ〜なんて思ってたが……」


ロナルド様はそう言って言葉を切ると、私の姿をチラリと見てから言った。




「うーん。お前結構重そうだし。ちょっと自信なくなってきた」




「な……っ!?し、失礼じゃないですか!私、そんなに重くありませんよ!……多分」




「多分なんだ」


そう言ってロナルド様は面白そうに笑った。私もつられて笑う。




「アハハハ」「ウフ、ウフフフ」


笑う二人の間でディグレが戸惑った様にキョロキョロしている。その様子が可愛らしくて、また私達は笑った。




ひとしきり笑った後、ロナルド様はディグレに言った。




「この重たそうなお姫様を乗せて山を登れるか?」


ディグレは嬉しそうにロナルド様の手を舐めた。




「重たそうは余計です!!」


私はちょっとだけむくれて見せる。


あぁ、ロナルド様とは学園でもこうして軽口を叩いていた事を思い出す。


そんなに昔の事ではないのに、随分と遠い記憶の様だ。


ロナルド様はこの気安い性格から下級貴族にも友人が多かった。それを良く思わない人が多かったのも事実だが、私はそれが彼の短所や欠点であると思った事はない。


私はもう一度ディグレの頭を撫でる。




「ディグレの負担にならない様に頑張って歩くから。でもねディグレ、いざとなったら一人でも逃げるのよ?私の事は放って良いから」


と言い聞かせる。


そんな言葉にディグレは少し不満そうに鼻を鳴らした。






翌朝早くに私は数日分の食料になる干し魚と、果物を用意していた。


ロナルド様の話では三日程だと言うが、これで足りるとは到底思えない。後は道中で何か見つけるしかないが、動物達と暮らす今、肉を食べる気にはならない。さて……どうしたものか。




準備を進める中、




「お前はこれを着ておけ」


とロナルド様に手渡されたのは、男の子の洋服だった。




「山歩きにスカートは厳しい。……俺が数年前に着ていたやつだが、それなら丁度良いぐらいだろう?」




私は寝室にしている奥の部屋へと向かい、着替えを終えた。少しトラウザーが長いが、裾を折れば十分に着れる。……意外とロナルド様は足が長い様だ。




「さぁ……出掛けるか」


ロナルド様が荷物を担ぐ。此処に来た時の二倍近い荷物は随分と重そうだが、彼は軽々とそれを持った。




聖女達が王都を出発したのかどうかは分からない。だが、先回りする為にはもう待った無しだ。




「はい。ーじゃあ、皆行ってくるわね」


私の家の周りにいつも集まっている動物達に声を掛ける。


ディグレはピッタリと私の側に寄り添っていた。まるで皆に自慢しているかの様に、その顔は誇らしい。




「不思議なものだな。皆、言葉を理解している様だ」




「動物の気持ちを理解する事は難しいですが、向こうはこちらの言葉を随分と理解している様な気がします。特に此処にいる動物達は。何だか不思議な力を持っている様な……」


ディグレを初め、ここの動物達はちゃんとした意思を持っている様に思うことが多々ある。これもサラの結界の影響なのだろうか?




「特にこの虎……いや、ディグレはまるで人間の様だ。……何なら人間が中に入っているんじゃないか?」


緊張した顔つきの私をリラックスさせようとしてくれているのだと、直ぐに気付いた。


ロナルド様は王族とは思えない様な粗暴な振る舞いをしているが、根はとても優しい人なのだろう。


ロナルド様の言葉にディグレはまた少し得意そうな顔をした。




「必ず戻って来るから」


気づけば私はそう動物達に声を掛けていた。


いや、自然と此処が自分の居場所となっている事に、自分自身驚いていた。





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