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第39話 Sideウォルフォード侯爵


〈ウォルフォード侯爵視点〉




「すまないな。私と話さない様に教会に言われているんだろう?」


私は王都の外れの小さな家にやって来ていた。ここは私の目の前に居る司祭の生家なのだそうだ。




「まぁ、否定はいたしません。しかし私に出来ることがあるのなら、お力になりたくて」




「ありがとう。本当に感謝する」




「いえ。私も納得できていないのです、今回の決定については。本物の聖女はクラリス嬢です」




「君は結果発表のあったあの場にも同席していたんだね?」




「もちろんです。あの場に居たのは、最終試験に同行していた私ともう一人の司祭。あ!ソーントン伯爵令嬢様に同行していた司祭も一緒でした。……残念ながら、彼女自身は棄権してしまいましたが。


それと聖女試験の責任者である司教と、それと大司教です。もちろん近衛も数人配置されていました」




「それで……ローナン公爵令嬢がクラリスの事を魔女だと言い出した……と。何故そんな事に……」




「クラリス嬢の倒した魔物の多さです。私は最終試験に同行したのは初めての経験でしたが、今までの記録の中でも群を抜いていました。


しかしそれは、魔物の巣と思われる洞窟があの森にあったせいです。なので、それはローナン公爵令嬢のこじつけの様にも思えました。


それより……クラリス嬢は夜に力が強まるのですか?」




「確かに、クラリスはそう言っていた。それに何の問題が?」




「魔物は夜や闇を好みます。ローナン公爵令嬢はそれを根拠としていた様でした。魔女であるから夜を好むのだ……と」




「それで聖なる水晶で判断する事になったのか」




「そういう流れでした」




「ん?では、その水晶で判断する事を提案したのは?」




「それも確かローナン公爵令嬢です。彼女がそれを使おうと言い出しました。大司教様は躊躇っておいででしたが。思えばきっかけは……全て彼女が」


正直、ローナン公爵がクラリスを陥れたのだろうと予想はしていた。


それぐらいの事はやりかねない男だ。自分の娘を聖女にする為なら、それぐらい朝飯前だろう。


だが、どうやってそれを証明すれば良いのか。




「そうか……」


私が考え込んでいると、司祭は言った。




「それで司教のチャールズ様が教会まで水晶を取りに戻ったんです。流石に大司教様はその場を離れる訳にはいきませんでしたから」


彼の口から出た司教の名は、私にクラリスが追放された経緯を報告した者の名前だった。




「では……その水晶について教えて欲しい。私も『聖なる水晶』の名は知っているが、実物は見たこともない。元々は教会で保管をされている物なのだろう?」




「はい。『聖なる水晶』は大司教様が管理されていらっしゃいます。私達ですら、その物を実際見る事は殆どありません。聖なる水晶が皆の目に触れるのは、魔王封印に向かう前……聖女の力を蓄えておく為に取り出されるその時だけです。触れる事が許されているのも大司教様と聖女だけだ」




「なるほど。ではいつもは大司教しかそれを取り扱うことはない……と?」




「保管庫の鍵は大司教様が肌見放さず持ってますが、その保管場所ならある程度の地位に就いている司教ならば知っています。私などは知らされておりませんが。あの時も大司教様から鍵を渡されたチャールズ様が教会に取りに戻りましたが……あれも異例の事。緊急事態でなければ、大司教様以外が取り扱う事は許されておりません」




「そもそもその『聖なる水晶』とは何なんだ?」




「真偽の程は分かりませんが、その昔、なかなか次期聖女が決まらずに、魔王の封印が危うく解けてしまいそうになった時があったそうです。その時一人の老人がその水晶を教会へと持って来て『これを使え』と言ったとか。そういう言い伝えの様な形で教会には語り継がれております」




「老人?その老人は何者なんだ?」




「それが……よく分かっておりません。老人はその水晶を教会に預けた後、いつの間にか居なくなっていた……と。教会では神が老人にその姿を変えて、この国の危機を救う為に現れたと考えられています」




「それこそ御伽噺の様だな」




「確かに。しかし実際に水晶のお陰でその危機を回避できたそうです。その後、水晶には聖なる力を溜めておける事が分かって、教会の……この国の宝となりました。いつもなら、門外不出。聖女様の力を溜める時にも、わざわざ教会まで出向いて貰っておりました」




「なら……この前の事は」




「異例中の異例。大司教様もローナン公爵令嬢に言われて悩んでおりましたが、陛下の命令で仕方なく……」


ここで私はふと疑問に思う。何故アナベルは『聖なる水晶』を使う事を思いついたのだろう?


水晶は聖女の力を溜めておく、謂わば『容器』だ。別に魔女をあぶり出す為の道具ではない。


 


「それで、その黒く染まった聖なる水晶は?」




「それが……。割れてしまいました」




「割れた?」




「ええ、つい先日の事です。大司教様は聖女になったローナン公爵令嬢の元へと水晶を持って行ったのです。聖女であれば、どうにか元に戻せるのではないかと。それにいよいよ……前聖女様の命が尽きようとしています。このままでは封印が解けてしまう。聖女様が討伐に向かっている間にこの王都を守るため、聖なる力を何かに溜める必要がありました。大司教様も焦っておいででしたので」




「それで?」




「私はその場におりませんでしたので、大司教様と同行した者に聞いた話ですが、聖女様がその水晶を手にした瞬間、割れてしまったそうです。原因は分かりません」




「では……」




「はい。聖なる水晶はこの世から消えてしまいました。聖女様が封印に出発した今、前聖女様の力が尽きた時、この王都にも魔物が現れる様になるかもしれません」




そう言われて私はこの王都も最早安全ではないのかもしれないと改めて気付かされた。





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