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第30話 Sideロナルド


〈ロナルド視点〉




「私はウィリアム殿下を指名しますわ」




聖女の印であるサファイアのティアラを着けたアナベル・ローナンが誇らしげな顔でそう言った。




「聖女と共に魔王の封印に向かう討伐隊の隊長に選ばれて光栄に思う。必ずや魔王を封印し、我が国を改めて平和な国にすると誓おう!」


兄さんが聖女から王家の紋章入りの剣を授けられている場面を、俺は冷めた目で見ていた。




まぁ……あの女が聖女に選ばれた瞬間から、この結末は分かっていた。


いや……あいつ……クラリスが聖女になっていたとしても、結果は同じか……。あいつも兄さんが好きだしな。って事は俺には始めから勝ち目はなかったのかもしれない。




俺はさっきまで繰り広げられていた追放劇を思い出していた。


クラリスが魔女?ってか、魔女なんて御伽噺の世界にしか存在していないものだと思っていた。古の遺物。確かにあの聖なる水晶とやらが黒く染まった瞬間には俺も驚かされたが。




しかし……それだけで決めてしまって良かったのだろうか?確かに現、いや元聖女である王太后が既に寝込んでしまっているとはいえ、こんな重要な事をたったあれだけで……。


だが、俺の意見は却下されてしまった。あいつを助ける事が出来なかった事が、ジワジワと俺の心に暗い影を落とす。


じゃあ、俺はどうすれば良かった?第二王子でしかない俺は、陛下に逆らう事など許されない。


それに、俺にはあいつの潔白を証明する術もなかった。




「クソッ」


俺は口の中で小さく呟いた。たとえこれを他の誰かに聞かれたとしても、聖女のパートナーに選ばれなかった事を悔しがっているとしか思われなかっただろうが。




俺は今目の前で繰り広げられている出来事よりも、追放されたクラリスの事を思っていた。




気づくと聖女となったアナベルと、兄さんを囲む様にして、皆が大きな拍手を送っていた。


俺はその輪に入る事なく、少し投げやりに拍手を送る。……正直、馬鹿らしくなって此処を立ち去ろうか、とも考えたが、この結果に腹を立てて拗ねた挙句出て行ったと思われるのも癪で、俺は惰性で拍手を続けた。








「は?まだ出発していないのか?」


俺は自分の側近である、ケヴィンを見る。


こいつも貧乏くじだよな……俺なんかに付いてしまったせいで、エリート街道から外れてしまった。




「みたいですね。既に五日……ですね」


アナベルが聖女に、兄さんが討伐隊隊長に任命されて、既に五日が経っていた。




「あの翌日には出発するって言ってなかったか?」




「はい、私もそう聞いてましたよ。当日は馬鹿みたいに夜中までどんちゃん騒ぎ、翌日は聖女様が体調不良って事で、討伐隊の出発は延期。その後もなんやかんやで出発を先延ばしにしています」


ケヴィンの言う『聖女様』っていう言い方がどこか馬鹿にしている様で、何となく俺と同じ気持ちなのかもな……と感じた。




「クソッ、こんなに時間が掛かるなら、クラリスの潔白を証明する術を探せたかもしれないじゃないか」


そんな俺の言葉に、




「ほう……。ロナルド様は自分が討伐隊の隊長に選ばれなかった事より、クラリス嬢を助ける事が出来なかった事がくやしいのですか?では、ロナルド様は彼女の潔白を信じてる……という事ですか?」


とケヴィンが眼鏡をクッと指で上げた。




「いや……まぁ……。それにアナベルとの長旅なんて真っ平御免だ……クラリスならまだましだったろうが……」


しどろもどろになる必要なんてないのに、何故か俺は歯切れが悪かった。




「ん?何でロナルド様は頬を染めて……?」




「馬鹿言うな!そんなんじゃなくて、元々俺は魔女なんて居ないって思ってるんだよ!」




「まぁ、まぁそんなムキにならなくても……。しかし、クラリス嬢の最終試験の成績、あれには正直驚かされました。せっかく実力がありましたのに、残念ですね」




「まぁ……な。俺はあいつと学園で一緒だったし、為人を少し知ってるが……周りを騙してまで聖女になりたいって思う様な奴じゃなかったと思うんだよな。だからどうしても……」


そう言った俺を、何故かニヤニヤしながら見ているケヴィン。




「な、何だよ、その顔は!」




「別に。もしかしてロナルド様にも春が訪れるのかと……」




「は?そ、そんなんじゃない!それにあいつは……もう此処に戻ってくる事はないだろ」


そう口に出した時、胸がツキンと痛んだ。




「……そうですね。正直『魔女の森』がどんな場所なのか分かりませんが……戻ってくる事はないでしょうね」


心がますますキュッと痛くなる。痛みに耐えきれなくなった俺は、勢い良く立ち上がった。




「ちょっと剣を振ってくる」


俺はそう言い残して、足早に部屋を出た。






剣を振って少し冷静になった俺が廊下を歩いていると、兄さんとアナベルが腕を組み向こう側から歩いて来るのが見えた。


俺は思わず二人の前にツカツカと近寄ると、




「おい。いつ封印に行くんだよ!」


と詰め寄っていた。




「ロナルド。剣の稽古かい?」


ふんわりと笑う兄さんの顔は少し戸惑っているのが見て取れた。


すると、隣のアナベルが俺の顔を睨む。




「ロナルド殿下。それは私とウィリアム殿下で決めること。お暇ならこれから貴方が治める領地の事でもお考えになったら如何ですか?」




王太子に選ばれなかった王子は、大公を賜り王族から離れる。領地を治める領主になるのだ。この女はそれを言っているのだろう。




「それは兄さんが魔王を封印出来たら……の話だろ?っていうか、ここで二人呑気に仲良く歩いてて封印出来るのか?魔物が増えて国民は困ってるんだぞ。いい加減出発しろよ」


俺の言葉に兄さんは困った様に微笑んだ。微笑んでるだけでは魔王は封印出来ない。




「今は準備の時です。それに王太子になるのはウィリアム殿下ですわ」


代わりにアナベルが答える。




「準備なんてもうとっくに終わってるだろ?聖女試験の間に討伐隊は編成され、後は聖女を待つだけになっていたんだ。王太后の体調だって……。魔王の封印が完全に解けたらどうするつもりだ?お前はその責任を取れるのか?!」




「王太后様がもし亡くなられても、すぐにどうこうなる訳ではありませんわ。その為に水晶に力を溜めているのですし……」


俺はその言葉に被せる。




「水晶は黒く染まってしまって使い物にならなくなったんじゃないのか?」




「……あ、あぁ……そうでした。とにかく!準備が整い次第出発いたします。まずは私の体調を整える事が先決ですので」




「まだ体調悪いのかよ。いつまでかかるんだよ。仮病か?」


俺とアナベルの言い合いに、兄さんが口を挟んだ。




「ロナルド、心配しなくても大丈夫だよ。必ず二、三日内には出発するから。お祖母様だって意識はないが、そこまで顔色は悪くなかったし。討伐隊の皆の士気も高まっている。僕だってもう準備万端だ」


兄さんもアナベルのわがままに振り回されている内の一人か……と思った。




「聖女がそんなに偉いのかよ。ならばせめて魔王封印してから偉そうにしろよ。兄さん、聖女の機嫌を取ることがそんなに大事か?それより何が一番大切なのか、兄さんだって分かっているだろう?自分に必要な事を考えて行動するべきだと俺は思うけどね」




俺はこれ以上二人の顔を見ていたくなくて、そう言ってからすぐに背を向けた。


自室に帰りたかったが、仕方ない。俺はまた鍛錬場に戻る羽目になった。





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