表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/91

第27話


山を越えた所にそれはあった。鬱蒼と木々が生い茂り、禍々しい様子を放つ森。




「此処が魔女の森……」


ラルゴの手を借りて馬車から降りた私は、その森を見上げながら呟いた。




「俺たちは此処までだ」


彼は私の手を離す。私は一歩、二歩と森に近付いて立ち止まった。


そして彼らに振り返る。




「此処までありがとう。きっともうすぐ魔物も居なくなると思うけど……気をつけて戻ってね」


二人はとても辛そうな顔をした。そんな顔……する必要はないのに。


私は二人と必要以上に関わった事を今更ながら悔いた。また……別れが辛くなる人を作ってしまった。




するとラルゴが私の前に進み出て……片膝を付いて、自分の胸に手を当てる。騎士が忠誠を誓う時の行動だった。




「ラルゴ……」




「俺にとっては貴女が聖女だ。他の誰でもない」




「立って。私なんかに忠誠を誓う必要はないの」




「いや……これは俺の……俺だけの正義だ」


私は彼の目線に合わせる様にしゃがみ込む。




「ラルゴ、ありがとう。私にはその言葉だけで十分よ。私を信じてくれた人が居た。それが私の生きる意味になるわ」




「……生きてくれ。この森が……どんな場所か分からないが……」


ラルゴの声が震える。




確かに……この森で私がたった一人で生きていく事が出来るのか……それを知るのは神だけだ。




「ええ。命を粗末にしないと誓うわ」


するとラルゴは突然立ち上がって、




「今すぐここから逃げろ!!俺達は何も見ていない!何も見なかった!!」


と叫んだ。


私はゆっくり立ち上がって言う。




「いいえ。貴方は貴方の使命を果たさなければ。貴方は近衛、陛下が主よ。陛下の命に従いなさい」


私はそう言うと彼らに背を向けて足早にその場を去る。もちろん私の行く先は魔女の森だ。




「クラリス様!!」


ラルゴの悲痛な声が聞こえたが、私は無視して、森の中へと足を踏み入れた。












森は思った以上に広い様だ。


外から見るよりは明るく、歩き難い事もなかった。だが……たった今、私は危機に直面していた。非常事態だ。




「グルルルルルル」


鼻の辺りにシワを寄せ唸る大きな白い虎。私が本で見た虎より格段に大きく、人が乗っても大丈夫そうな体躯だ。


そんな虎が唸りながら、飛びかからんとばかりに、私を睨みつけていた。


足が竦む。ほんの一時間程前に『命を粗末にしない』と誓ったのだが、その約束を既に破りそうだ。




正直……猛獣がいるなんて事も考えていなかった。魔女の森への知識の無さが仇になる。武器も何も用意していない。小さなナイフが鞄に入っているが、それでこの大きな獣を倒せるとは到底思えなかった。




少しでも動けば命はない。私と白い虎は睨み合ったまま、お互いの距離を測っていた。


ゴクリと唾を飲み込む音が自分の耳に響く。私は恐る恐る口を開いた。




「わ……私の名前はクラリス。あなたを傷つけるつもりはないわ。私なんて食べても美味しくないと思うし、出来れば……見逃して欲しいのだけど……」


緊張で口がパサつく。獣に言葉が通じるのかは分からない。分からないが、私はレイラ様がいつも馬に語りかけながら癒していた事を思い出していた。




「グルルル」


虎は唸る事は止めないが、襲い掛かる事もなく、私をジッと見ていた。


さて……ここからどうしよう。


背を向けるのは危険な気がする。私は勇気を出して、ほんの少し虎へと近付いた。




「グルルル」


唸る虎はそれでも襲って来ない。


私はもう少し虎へと近づく。まだ、虎は私を見詰めたまま動かずにいてくれた。




調子に乗った私は、一歩一歩と虎に近付いた。


既に虎がその大きな前足を伸ばせば、私の皮膚を切り裂ける距離まで私は来ていた。


いつの間にか、虎は唸るのを止めている。しかしその瞳にはずっと私が映っていた。




私はほんの少し……手を伸ばした。これは賭けだ。私の手が食いちぎられるか……この虎が私を受け入れてくれるのか。


虎は伸ばされた私の手に鼻を近づけた。クンクンと匂う虎の鼻息が当たる。




「何もしないわ……友達になりましょう?」


すると虎は目を細め、私の指先に頭を擦り付けた。


私はそのフワフワの頭を撫でる。また虎は『グルルル』と唸っているが、それはまるで猫が気持ちよく喉を鳴らしているかの様だった。




虎は私の手から離れると、背を向けて数歩進むと振り返って私を見た。


まるでついて来いと言っている様だ。




私は鞄を持ち直すと、虎の後ろを追う。虎はそれを確認すると、迷いのない足取りで森の中を進んで行った。まるで、私を何処かに案内するかの様に。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ