第98話 会議を終えて。後日譚
毎度、誤字報告ありがとうございます。
防衛省直通スマホを貰った後、ポーションの売買について先方の要望を聞くことにした。もちろん研究所での検査で効能が確認できなければ取引はなかったことになるのだろうが、さすがにそんなことはないと思う。
俺とすれば、屋敷から日本に跳んできた時、指定された場所にある程度まとまった数を卸せばいいと思っていたが顧客の意向は大切なので、まずは受け渡し方法の確認だ。
「ヒールポーションですが、どういった形で卸しましょうか?」
「こちらは岩永さんのご都合の良いような方法で構いません」
「それなら、こっちに跳んできた時卸しましょう。少なくとも、10日に1度はこちらに跳んできますのでその時に」
「本数はどの程度可能でしょうか?」
「逆に、どの程度必要ですか?」
「多ければ多い方がいいですが、予算の関係もありますから、まずは1000本でどうでしょう。多いですか?」
「いえ、問題ありません。なんなら今ここで1000本お出ししましょうか?」
「今? そのー、えーと、アイテムボックスの中にお持ちなんですか?」
「いえ、持ち合わせはありませんが、ちょっと効き目が高いと言っても所詮タダのヒールポーションですから、すぐに作れますよ。先ほどお渡ししたヒールポーションもスタミナポーションもお渡しする前に作ったものでしたから」
目の前の4人は目をむいている。
「そうそう。陶器のポーション瓶は向こうで卸すときのため、向こうのポーション瓶を真似ただけなので、どういった容器でも作れますよ。
こんな感じで」
俺は錬金工房の中で、リポ〇タンD風の茶色の色ガラス容器に入ったヒールポーションを作ってテーブルの上に置いた。蓋はもちろんアルミ製のスクリューキャップだ。キャップの内側にはちゃんと合成ゴムっぽい内張りもつけている。
「こっちの方がいいですよね?」
「は、はい。そちらでお願いします」と川村室長。
「それじゃあ、1000本今から作ります」
錬金工房の中でリポ〇タンD風のガラス容器に入ったヒールポーションを量産していく。特に問題なく量産できた。スクリューキャップ用のアルミは意識して素材ボックスの中になかったはずだが、廃車の中に含まれていたのだろう。
そろそろポケットから出すジェスチャーも面倒になったので、一度に1000本のポーションをテーブルの上に出してやった。容器の容量は100CCほどなので、瓶の直径はリポ〇タンDほど太くはなく3センチほどしかない。1000本一度に並べたが、テーブルの上はポーション瓶で一杯にはならなかった。
「どうぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
「そちらの研究所で効用が認められず購入に至らない場合は、その1000本の代金は不要ですし、適当に使っていただいて結構です。
それでは、こんなところかな?」
そう言って俺が立ち上がったら、向かいの4人も立ち上がり、
「はい。今日はいろいろありがとうございました」と、川村室長が頭を下げたら、残りも3人も頭を下げた。
「華ちゃん、いこうか」
「はい」
華ちゃんが俺の手を取ったところで、俺はいったん新宿の南口に跳んだ。
「華ちゃん、何か欲しいものがあれば買い物してもいいんだぞ」
「特にありませんから、このまま屋敷に戻りましょう」
「わかった」
華ちゃんが俺の手を握ったところで俺は屋敷の居間に転移した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こちらは、市ヶ谷の防衛省内会議室。
1000本のポーション瓶の並んだテーブルを目の前にしたD関連室の4人。
「室長。目の前で消えていっちゃいましたね」と、野辺副室長。
「だな。白日夢のようなものだった。目の前のポーション瓶を見ると夢じゃなかったと普通なら実感するのだろうが、これだけの数のリ〇Dが並んでいるとかえって夢のような感じと一緒に頭がぼーっとする。しかし体の調子は異常なほど良い。
おっと、感慨にふけっていても仕方がない。誰かにこのポーションを運び出させよう。
冷蔵した方が良さそうだから、冷蔵車を用意して、防衛医大病院に運んでしまおう。病院の方にはわたしから連絡しておく」
それから数分後、野辺副室長からの指示を受けた数名の事務官がワゴンをひいて会議室に現れ、ポーションを積み込んで運び出していった。
その前に、会議室から飛び出していった川村室長は医務室に急ぎ血圧を測ったところ正常値になっていた。医務室には心臓関係の検査機器がなかったため、川村室長は車を出してかかりつけの世田谷と目黒に跨る自衛隊中央病院に向かった。
まず簡単に心電図をとった結果、全く異常がなかったため心臓の精密検査が行われたが、心臓には全く異常はなかった。
こうなってくると、ポーションの効能検査を依頼するつもりの防衛医大病院にいって体の各所を検査してもらった方がいいだろうと判断した川村室長はさらに所沢の防衛医大病院に向かった。車で移動中、防衛医大病院の院長に事の次第をかいつまんで説明し、ヒールポーションの効能検査のための臨床試験を防衛医大病院で即時実施することを了解させている。
川村室長はその日防衛医大病院に入院し、翌日丸1日かけて全身を精密検査した結果、全く異常を発見できなかった。なお、川村室長の視力は両目とも1.2に回復していた。本人にとって小学校卒業以来のことである。
検査結果の書かれたカルテを見て「これほどの健康体は見たことがない」と、懇意の内科医の評価だった。
臨床試験が開始され5日間で、ポーションの効用が大まかに確認された。
この間、ヒールポーションを投与した全ての病気に対して効果大。末期がんの患者に点滴投与した結果、1本目で全身に広がっていたがん組織のうち小型のものは消滅し大型のものも3割ほど縮小した。さらに2本目、3本目と投与した結果、がん細胞は死滅した。
ケガの場合、中程度のケガなら1分以内に完治した。ただ欠損部位が再生することははなかった。
「奇跡の薬だ!」
この臨床試験に関わった防衛医大病院の全ての医師、看護師の感想である。結局防衛医大病院に入院中の重篤な患者すべてに対して臨床試験が行われ、ヒールポーションの重複投与も行われた結果、全ての患者が回復し、数日間の体力回復期間を経て退院していった。
この臨床試験結果はD関連室に報告され、川村室長の指示の下、関係各所で直ちにかん口令が敷かれた。
さらに、善次郎の提示したヒールポーションの価格では低価格過ぎて逆に混乱が生じると判断した川村室長は、1本あたりの買い取り価格は100万円が妥当であると臨床試験結果を持って上層部に掛け合い了承を得ている。これにより、防衛省側から見た場合、善次郎に対するヒールポーション1本当たりの支払価格は約222万円(注1)となる。
その後、川村室長は上層部の了承のもと積極的に活動し、D関連室のシンパを防衛省内はもとより、財務省、内閣官房、さらに厚生労働省内に増やしていった。活動の対象は対外的にシロと判明している人物で、活動のキーはヒールポーションである。もちろんここで言う防衛省の上層部自身もD関連室、いやヒールポーションのシンパである。
後日譚。
医師より余命1週間と判断され、終末期医療を施されていた男性患者に対し、新薬臨床試験を行いたいと患者の妻に打診があり、患者が少しでも楽になる可能性があるからと説得された妻は、既に意識不明状態であった夫に代わって臨床試験を承諾した。
それから2日後、患者が回復したと連絡が入り急遽駆け付けた妻は、意識を回復した夫と再会した。
「あなた、よかった」
「新しい薬がよく効いたんだって。
今日、明日、明後日歩行訓練を中心にリハビリして、明明後日には退院だって」
そう言った夫の顔色は確かにいい。
「えっ!? うそでしょ? うそよね?」
患者の妻にも事情があったようだ。
注1:約222万円
個人の最高税率、45パーセント+住民税10パーセントである55パーセントを防衛省が負担することで善次郎への支払金額はヒールポーション1本あたり100万円となる。
翌年からの社会保障料は、国民健康保険税102万円(最高額)+国民年金20万。
[あとがき]
臨床試験の実施には厚労省に届け出が必要らしいのですが、ここでは割愛しています。




