第96話 魔法とポーション
川村室長の質問には華ちゃんが答えた。俺では当然答えられないからな。
「わたしが知っている範囲でお答えします。
魔術は大別して、攻撃魔術、身体強化魔術、治癒魔術、後は各種の補助系魔術などがあります。
まず、攻撃魔術ですが、わたしのできるのは、アロー系。これは火の矢、水の矢、氷の矢といったものを高速で撃ちだす魔術です。
次は、ボール系。アロー系と同じく火のボール、水のボール、氷のボールを撃ちだします。撃ちだされたボールは、なにかに命中するか、到達限界まで飛翔すると爆発します。
それで、何系統か分かりませんが、ウィンドカッター。これは空気の刃を飛ばして敵を薙ぎ払うものです。
あとは、電撃系。非常に高速で対象に向かうためまず避けることはできません。
わたしは今のところ使えませんが、そのほかに、毒ガス系などがあるようです。
そうそう、先日岩永さんのおかげで重力系の魔術が使えるようになりました」
「じゅ、重力ですか?」
「適当にグラヴィティとか名づけた魔術なんですが、地均し用に考えたものなので補助系かもしれません。相手に対して10倍の重力をかける程度でも相当なダメージが入るはずなので攻撃魔術にしておきました」
田中事務官はせっせとノートパソコンでメモを取っている。努力は報われる。とは、限らないが、努力は下っ端に最低限必要なスキルの一つではある。
その後、華ちゃんが身体強化魔法、治癒魔法の説明をした。
「三千院さん、ありがとうございます」
華ちゃんの治癒魔法の説明が終わったところで、川村室長が俺に話を振ってきた。
「山本一尉から聞いた話ですが、岩永さんは三千院さんからお話のあったヒールと同等の薬をお持ちとか?」
「ヒールポーションのことですね。
これです」
俺は再度ポケットの中に手を突っ込んで、『これです』と口にしたとき錬金工房で作ったちょっといいヒールポーション、巷ではハイヒールポーションの入った陶器の瓶を一つ作り出し、目の前のテーブルに置いた。みんなの視線がポーション瓶に集まった。
「これがそのポーションです。陶器の瓶に入っているので色は分かりませんがこのヒールポーションは青い色をしています。
川村さん、どこかお体で具合の良くないところはありませんか?」
「この歳ですから体のいたるところにガタがきています。強いていえば、高血圧と不整脈でしょうか」
「ちょうどいい、と言っては失礼ですが、どうぞ、このポーションをお飲みください」
俺は目の前に置いていたちょっといいヒールポーションの瓶をズズズーっと川村室長の前に押し出した。
「本当にいいんですか?」
「もちろんです。わたしは向こうの世界では錬金術師としてポーションを作って生計を立てていますから試供品とでも思ってください。ご満足いただけるようなら、防衛省で購入していただければありがたいです」
と、商売気も出しておいた。
「もちろん、しっかりした効能が確認できれば、防衛省で購入いたします。それでは『いただきます』」
川村室長の最後の『いただきます』のひとことで、室長に対する親近感が50パーセントアップした。
川村室長は蝋で封のされた蓋を取って、ポーション瓶からヒールポーションを一気に口の中に流し込んだ。一度げっぷをした後、目を見開き、肩や首を動かして、
「体が、体が軽くなりました。肩こり、腰の痛み、四十肩、嘘みたいに良くなりました。
どこもかしこも元気いっぱい。30代の若さに戻ったような気がします。この会議が終わったら血圧も測ってみますし、心臓の検査も受けてみます。
あれ? 体の調子は絶好調なのに目がかすむ」
川村室長は、かけていた銀ぶち眼鏡を外してハンカチで拭こうとしたところ、
「眼鏡を外したらよく見える。視力が戻った!?」
川村室長は、自分で言っていたとおり体中ガタがきていたようだ。視力も戻って何より。
俺にとっては実に簡単なことで人助けできた。情けは人の為ならず。将来きっといいことがあるだろう。
「ヒールポーションのほかにもポーションの種類はあるんでしょうか?」と、野辺副室長。
「ヒールポーションはわたしの主力商品なんですが、他にはスタミナポーションというのがあります。元気いっぱいになりますよ」
俺はそう言って、またポケットに手を突っ込み、それらしくスタミナポーションをポケットから取り出して、野辺副室長の前にズズズーっと押しやった。
「どうぞ、お試しください。
元気いっぱいの後、反動で疲れが出るということはありませんから安心してお飲みください」
野辺副室長は恐る恐るといった感じでポーション瓶を手にして、蓋を開けて中身を飲み干した。そして、目を見開いた。
「どうでした?」
「す、スゴイ。これならフルマラソンでも完走できそうです!」
ノートパソコンでメモを取っている田中事務官がメモを取る手を休め、野辺副室長のてかり始めた横顔を見ていたので、スタミナポーションをもう3本取り出し、残りの3人にも、
「どうぞ、試供品ですからお飲みください」
と言って、スタミナポーションを3人に向かってズズズーっと押しやった。
3人はポーション瓶を開けて、揃って中身を飲み干した。
「凄い! 20代前半に若返った感じです」と、川村室長。
「これなら、10日くらい徹夜できそうです!」と、田中事務官。
それは止めた方がいいと思うぞ。
「岩永さん、三千院さんのヒールの魔法も凄かったですが、ポーションというのも奇跡のようなものなんですね」と、山本一尉の感想。
確かに魔法同様、俺のポーションは奇跡なんだろうな。
「岩永さん、他にもポーションはあるんですか?」と、顔をてからせた川村室長。
「普通のヒールポーションですと簡単なケガにしか効かないため、病気専用、毒専用のポーションがあるようですが、先ほどのヒールポーションは少し品質が高いので、病気にも毒にも効きます。そういうことなのでわたしは今のところ、ヒールポーションとスタミナポーションしか作っていません。もしも特別なニーズがあるなら、対応できるとは思います。ご購入いただけるなら、値段の方はある程度考慮したうえ、お作りしますよ」
そう言って、俺はニッコリ微笑んでやった。見る人が見ればニヤリと笑ったように見えるかも知れないが、本人の主観ではあくまでニッコリだ。
「専門の医療機関、おそらく防衛医大病院になると思いますが、そこでヒールポーションの効能を臨床試験によって再確認してから正式な契約交渉させていただきたいのですが、その試験用に何本かヒールポーションをいただけませんでしょうか?」
「臨床試験となると、かなりの数のポーションが必要でしょう」
「いえ、これほどの効能のポーションですから数本で十分です」
「そうですか。それでしたら、キリの良いところで10本ほど提供しましょう」
そう言ってポケットの中からヒールポーションを10本取り出してテーブルの真ん中あたりに置いていった。すでにテーブルの上には空になった5本のポーション瓶が置かれている。
こうなってくると、さすがに俺の上着のポケット、かなりおかしいと思ってるだろうな。もういいや。
「ありがとうございます。
因みに、先ほどのヒールポーションのお値段はいかほどとお考えでしょうか?」
ここは吹っ掛けてやってもいいが、愛国者を自任する俺とすれば、あまり無茶な値段設定はできない。ということで、錬金術師ギルドに卸しているポーションは、今のポーションと比べ効能が落ちるポーションだが、その卸価格を円貨換算した値段を提示することにした。
確か錬金術師ギルドへの卸価格は銀貨21枚。金貨1枚を5万円とすると銀貨1枚は5千円だから、10万5千円か。端数は切り捨てで10万だな。
「向こうでの販売価格を簡単に円換算して、10万というところでしょうか」
「たったの10万円でよろしいのですか?」
しまったー! もっと吹っ掛けておけばよかった。とはいえ、100本売るだけで1千万か。金のサイコロを作るよりよほど効率がいいじゃないか。
そうだ! いいことを思いついた。
「そのかわり、所得税などかからないよう考慮していただきたいのですが?」
「うーん。そこは難しいかもしれません」
「だめですか?」
「いえ、こちらで税金を支払い金額から源泉徴収し、岩永さんの手取りがヒールポーション1本あたり10万円になるようにいたしましょう」
言ってみるものだ。




