第95話 防衛省情報本部D関連室
タクシー乗り場のあったビルからタクシーは右折して大きな通りに出て渋滞することもなく10分ほどで市ヶ谷にある防衛省の正門手前に到着した。
料金を払い、華ちゃんを伴って正門まで歩いていった俺は、門の内側に立っていた兵隊さんに、ひとこと言おうと近づいていった。そしたら、門の向こう側に立っていたスーツ姿のおっさんが兵隊さんにひとこと言ったら、正門わきの通用門が開いた。
開いた通用門からスーツ姿のおっさんが俺たちに向かって駆けてきて、
「岩永さんと三千院さんですね、お待ちしておりました。
私がD関連室長の川村です」
室長本人が迎えにきた。まだ約束の10時には20分も早い9時40分だぞ。よほど暇な部署なのか、はたまた人が不足しているのか。可能性は低いが俺たちが重要人物なのか。
川村室長の後に続いて通用門をくぐり防衛省の構内に入ると、左右に延びた道路と、道路を渡った先に階段があった。川村室長が道を渡り階段を上っていったので俺たちも階段を上った。
階段を上った先の左手は駐車場でその駐車場を囲んで大きな建物が林立していた。
敵の攻撃を受けると弱そうだが、ここが敵の攻撃を直接受けるようではすでに負け戦なので気にならないのだろう。などと失礼なことを考えながら川村室長の後をついて、とある大きな建物の中に入っていった。
エレベーターに乗った俺たちは、何階だかわからない階で下り、そこから少し歩いて窓のない会議室に通された。
部屋の中にはスーツ姿の男性一人と、スーツ姿の女性一人、そして制服姿の男性自衛官が一人いてその3人が一斉に立ち上がった。制服姿の男性自衛官は、山本中隊長だった。スーツ姿の男女2人は俺たちに向かってお辞儀をして、山本中隊長は敬礼した。
俺と華ちゃんはそろって、はっ? という顔をしたが、軽くお辞儀だけはしておいた。
部屋の真ん中には楕円形のテーブルが置いてあり、結構豪華な椅子が並んでいた。タダの会議室ではないのかもしれない。ちなみに壁には日章旗も旭日旗も張られていなかった。
「そちらにお座りください」
華ちゃんと俺が並んで座ると、テーブルを挟んで俺たちの向かい側に防衛省側の4人が並んで着席した。
なに? 俺たちVIP待遇されてんじゃ?
「お忙しいところご足労いただき恐れ入ります」と、川村室長。
「とんでもありません」。フォーマット通りではあるが本心から答えておいた。
スーツ姿の男性はノートパソコンを開いてメモを取っている。なぜかそのノートパソコンの横には同じ形で新品にみえるスマホが2つ置いてあった。
彼は防衛省側の4人では一番若くみえる。従って年功序列の官僚社会の中では一番下っ端なのだろう。しかし、型通りのあいさつまでメモる必要はないような気がするが。
いくら若造といってもおそらく相手は国家公務員総合職試験を突破した現役のエリート官僚だ。元アルバイトの俺が軽々に判断することはできない。どうせこの会議は録音もされていれば録画もされているのだろうから、そのカムフラージュかもしれない。
「まず、わたしたちのD関連室ですが、国内に現れたダンジョンに対応する唯一の部署として防衛省内に新たに設立された部署です。9月に予定されております臨時国会で防衛省設置法の改正案が国会で承認されれば、D関連本部に昇格する予定になっています。名称は変わるかもしれません」
やっぱりな。本部の次は、D関連局か。この室長がそのまま局長に昇格するのか不明だが、やる気いっぱいでいるのだろう。
「順番が逆になりましたが、わたしの右隣が、副室長の野辺事務官。今後、岩永さんとの連絡は野辺が担当いたします」
スーツ姿の女性が立ち上がり、
「野辺です。岩永さん、三千院さんよろしくお願いします」と、頭を下げた礼をしたので、俺たちは座ったまま軽く頭を下げた。
「左隣が、田中事務官」
先方で一番若く見えるスーツ姿の男性が野辺事務官と同じように立ち上がり、
「田中です。よろしくお願いします」と、頭を下げた礼をしたので、俺たちは再度座ったまま軽く頭を下げた。
「それで、最後は、岩永さんたちもご承知と思いますが、第1師団からこちらに異動した山本一尉」
「先日は、隊員がお世話になりました」と、山本中隊長改め山本一尉も頭を下げた礼をしたので、同じく座ったまま軽く頭を下げた。
「メールでもお伝えしていますように、岩永さんにかけられていた嫌疑は全て晴れております。三千院さんを含めた3名の女子校生失踪事件の捜査は表向きは継続したままですが、実質終了しております。お二人に関しまして一般人などから警察に通報がありましても、警察が動くことはありません」
俺たちにとって最重要課題だしな。改めてお偉いさんの口からそれを聞いて安心したよ。ただ、いわば超法規的な措置がとられたわけだからそれなりの理由があるわけで、その理由は華ちゃんの魔法に関係するものだということは容易に想像できるのだが。
先にこっちから話を振るのもアリだがまずは前振りだ。
「ありがとうございます。
そういえば、ダンジョンの中で見つけたあのスキルブックの分析はどんな感じですか?」
俺の質問に対して、山本一尉が答えてくれた。
「あのスキルブックですが、現在理化学研究所に送って分析を依頼しています。研究所ではスキルブックに影響を与えないよう超音波などを使って内部を調べようと試みているのですが、今のところ進展はありません。理化学研究所からは、X線や強力な磁気を使用して検査したいが、その場合スキルブックが破損する可能性があるので、そこは容認していただきたいと連絡を受けています。もちろん貴重なスキルブックを失う訳にはいきませんので実質分析はストップしています」
なんだ、スキルブックがもう一つ欲しいのか。大人の会話だな。スキルブックの使用法がもしわかるのなら俺たちにとってもメリットのある話だ。
アイテムボックスの中に死蔵しているスキルブックを勘定したところ、
打撃武器×2
盾術×2
体術×1
片手武器×2
両手武器×1
結構な数のスキルブックがあった。このうち盾術と片手武器各々1つは不要なので、研究のため防衛省に渡してもいいだろう。
「そうでしたか、それでしたら、わたしが持っているスキルブックを差し上げますので研究に役立ててください」
そう言って俺は上着の左右のポケットに左右の手を突っ込み、中から盾術のスキルブックと片手武器のスキルブックを取り出して見せた。
「こっちが、盾術のスキルブックでこっちが片手武器のスキルブックです」
スキルブック2つはテーブルの上に置いて、山本一尉の方にズズズーっと押し出した。
「ありがとうございます」そう言って山本一尉はスキルブックを受け取った。
「見た目は全く変わりませんね」と山本一尉。
「わたしも区別はできないんですが、三千院さんが魔法で鑑定してくれたのでそれを覚えていただけです」
「なるほど」
そこで、川村室長が、
「魔法の話が出たところで、お二人におうかがいしたいのですが?」
「どうぞ」
「異世界には、どういった魔法が存在しているのでしょうか?」
本題がきたな。




