第89話 火事
大雨の中、玄関から一歩外に出たら前庭の脇に立てられた物置小屋の壁から火が漏れていた。幸いまだガソリンは本格的に爆発していなかったようだ。おそらく、物置の中で漏れたガソリンが一気に爆発するには酸素が足りなかったのだろう。
なんとか消火しなければそのうち本格的な爆発が起こる。そうなれば、物置小屋は吹っ飛びうちの屋敷だけでなく近所の屋敷にも被害が出てしまう。
アイテムボックスの中には2、3キロリットルの水が入っているがこの大雨の中で盛んに燃えている物置に水を今さらかけても効きそうにはない。
あとは、廃車が5台。正確には4台くらいが素材ボックスの中に入っている。そいつを物置の上から落っことしたらどうだ?
物置が潰れて、タンクが壊れ、ガソリンが今以上酸素の豊富な外部にこぼれて、今度こそ大爆発だ。
無い知恵を絞ったが、なかなかいい方法が浮かんでこない。
「岩永さん、物置ごとアイテムボックスに!」
雨の中、華ちゃんが俺の隣りに立っていた。
「それだ! 収納」
華ちゃんの言葉通り、燃えている小屋をそっくりそのままアイテムボックスの中に収納した。もちろん2台の発電機も二つのガソリンタンクも一緒だ。
なんとか大爆発する前に処置できた。上物の無くなった物置小屋の土間は雨に打たれている。
「ふー、焦ったぜー。華ちゃんありがとう」
俺の偽らざる気持ちである。
俺は、ちょっと前まで物置小屋から玄関先の手前まで伸びていた100V用と200V用のコードを、玄関先で輪にしてまとめておいて、華ちゃんと横殴りの雨で濡れた衣服のまま、屋敷の中に戻った。
もちろん屋敷の中は暗いままだ。
「このままじゃ、風邪をひくから早めに着替えよう」
二人そろって2階に上がってそれぞれの部屋で着替えをした。
先に着替えが終わった俺は、食堂に戻ったら、天井にぶら下がっていたランプに明かりが灯されていた。リサが気を利かせてくれたのだろう。子どもたちは青い顔をして椅子に座っていたが、ちゃんとアイスクリームは食べ終えていた。
「ご主人さま、大丈夫でしたか?」と、リサ。
「さっきの雷で表の物置小屋が燃えてたが、小屋ごと俺のアイテムボックスの中に収納してやった」
リサからすれば、理解しにくい内容だと思うが、これ以上の説明はできない。
「あの程度で済んで助かった」
「この明かりはもうつかないんですか?」
「物置がなくなったから、発電機を置けないのでしばらく電気の明かりも、プレーヤーもお預けだな。
物置を用意すれば、発電機はすぐに置けるから、それまでの辛抱だ。
電気を使うアニメとか音楽はダメだが、アイスクリームはあるからな」
最後のアイスのひとことで、子どもたちに笑顔が戻ったような気がした。
日本に帰ればホームセンターで乾電池式のランタンなんかも売っていた。アレも結構明るいようだし、電池はいくらでも錬金工房で作れるので急場の明かりだけでなく、廊下やみんなの部屋の中に置いていても便利かもしれない。多分忘れると思うが、今度ホームセンターにいくことがあったら仕入れないとな。俺が作ってもいいが、家の中に置くには見栄えが悪いから買った方が良いだろう。
気付けば雨脚は弱まっているし、雷も遠ざかっていた。
さて、燃え盛る物置をアイテムボックスに収納したのだが、アイテムボックスの中でどうなっているのか気になってアイテムボックスに意識をむけてみた。アイテムボックスの中で物置は燃えてはいなかったが、炭化した部分は赤く光っていた。中の時間はおそらく停止しているはずなので燃えはしないだろうが、温度はかなり高いようだ。
そういうことなら、話は簡単で、錬金工房の能力で温度を常温にまで下げてやればいいだけだ。燃え残ったガソリンや発電機ごと素材ボックスに突っ込んでおけばそのまま素材として使われてそのうち消えてなくなるだろう。アイテムボックスさまさまだな。
今でもかなりの量の空気中の炭素を消費しているのだろうが、そろそろ木炭を補充したほうがいいだろう。今回焼け残った物置の大部分は炭素なので役立ってくれるはずだが、何をするにも炭素は必要だ。
昨日の今日で日本に帰るわけにはいかないので、こっちで購入ルートを見つけておいた方がいいな。ああいったものは、店から届けてくれそうだからリサに言っておけば何とかなりそうだ。
「リサ、うちでは薪を使ってるだろ? どこで買ってる?」
「薪は通りの先の材木屋さんで扱っているので、そこから届けてもらっています」
「木炭はどこで売ってるか知らないか?」
「木炭もそこで取り扱っています」
「やっぱり同じところだったな。今度木炭を届けさせてくれないか?」
「量はどれくらいでしょうか?」
「どうせ荷馬車で運んでくるんだろうから、荷馬車に一山ってところかな。それを月に一度定期的に届けさせてくれ。届いたら俺のアイテムボックスに収納してしまうからその都度教えてくればいい」
「かしこまりました」
これで良し。
明日晴れてたら商業ギルドにいって、物置小屋を建ててもらおう。不動産を扱ってるんだから建築も扱ってるはずだものな。少なくとも業者くらいは紹介してくれるだろう。
この際だから少し大き目のジーゼル発電機を用意して、専門家に配電盤とか付けてもらって配線してもらうのもアリだな。まだ先の話だが、覚えておこう。
翌日。
昨日の大雨が嘘のように空は晴れ渡っていた。
日本に当面買い出しにいけないので、予定を忘れることもなく俺は商業ギルドに顔を出した。
受付で来意を告げたら、応接室の番号を教えられ、応接室で担当者を待っていたらいつもの女性が現れた。
「おはようございます」。お互い朝のあいさつをした。
「物置小屋を新築したいというご要望ですね」
「はい。昨日の雷で物置小屋が焼けちゃいまして」
「それはそれは。他に被害はでませんでしたか?」
「物置小屋だけで済み、不幸中の幸いでした。それで、その物置小屋を新しく作っていただきたいのですが」
「屋敷の新築ですとそれなりの業者をご紹介することしかできませんが、物置小屋程度でしたらギルドの作業員でも建てることができますので、お任せください。
火事の後片付けも必要でしょうから、そちらもお任せください」
「火事の後片付けは、不要です。現在焼けてしまった物置小屋の跡には土間がそのまま残っているだけになっています」
「はあ。そうでしたか。
それでしたら、明日からでも作業に取り掛かれます。焼けた物置小屋と同じものでよろしいのですか?」
そうか、新しく物置小屋を作るとなると、でき上りをそっくりコピーしてしまうのも手だな。土台からコピーしてしまえば、楽園側の地面をきれいに均しておけば、楽園に置くこともできる。
「そうですね。あの物置小屋を一回り大きくして、明り取りの窓だけでなく普通の鎧窓をつけてもらいたいんですが」
「それくらいでしたら簡単です。小屋の広さは長い方で2メートル、短い方で1メートルほど広げておけばよろしいですね」
「それでお願いします」
「作業は、明日からでよろしいですか?」
「はい」
「明日は、拡張部分の地均しと資材の搬入となります。
作業自体は明日も含めて3日を見てください」
「費用はいくらになりますか?」
「今回は簡単な工事ですので見積りを作りませんから会計は竣工後ということでお願いします。目安ですが、金貨50枚を見ていただけば、十分です」
「了解しました。それじゃあよろしく」
商業ギルドでの用事も終わった。あとは物置小屋ができ上るのを待つだけだ。
ちょっと早いかもしれないが、何かあればいつでも逃げることはできるのだから、そのころ一度日本に跳んで様子を見てもいいだろう。




