第87話 善次郎、ダンジョンについて考える
北のダンジョンを出て屋敷に帰ったら、華ちゃんが子どもたちにアニメを見せていた。
子どもたちと言っても、一番上のオリヴィアは14歳なので、おそらく16、7歳の華ちゃんとそんなに差があるわけではない。そのかわり、子どもたちの方は見た目から言えば2、3歳引いた方がいい感じだ。
その華ちゃんが先生になってアニメの解説をしている。
今回のアニメは、宮沢賢治の『注文の多い料理店』だった。ビデオのレンタル屋で適当に買った中古ソフトだが、俺自身タイトルだけは知っていたが内容を全く知らなかったので、かなり勉強になった。
短いアニメだったので、見終わった子どもたちは、昼食の準備をしているリサの手伝いにいった。
ソフトを片付けた華ちゃんが、
「冒険者ギルドと北のダンジョンはどうでした?」
「冒険者ギルドではちゃんとケイブ・ウルフを買い取ってくれた。華ちゃんの斃し方が良かったようで、最高評価で買い取ってくれたぞ。普通ケイブ・ウルフは1匹分で金貨10枚が標準ということだったんだが、最高評価だったおかげで標準価格の2倍、金貨20枚で売れた。3匹合わせて金貨60枚。これだ」
そう言って俺は金貨が60枚入った小袋を華ちゃんに渡した。
「それはよかった。
金貨60枚って結構重たいんですね」そう言って、華ちゃんが小袋を俺に返そうとしたので、
「それは、華ちゃんがとっておけよ。自分で何か欲しいものがあればそこから買えばいい」
「いえ、わたしはここに置いてもらっている身ですし」
「遠慮しても仕方ないぞ。俺自身、かなりの金持ちだから気にするな」
華ちゃん小袋を両手で大事に持って、
「分かりました。ありがとうございます」と言って受け取った。
「それで、北のダンジョンの話だが、南のダンジョンと同じように揺らぎがあってそこが出入り口になっていた。中に入ると、自衛隊の本部があった空洞と同じで洞窟型のダンジョンだったんだが、ダンジョンに入る冒険者も、出てくる冒険者の途切れないほど盛況だったんだ。入っていく冒険者の荷物はさほどでもないが、出てくる冒険者はたいてい膨らんだリュックを背負ってた。冒険の成果なんだろうな。
南のダンジョンと比べモンスターの数がケタ違いに多いのだろうと思う」
「生活のためのダンジョンというわけですね」
「そういう面が強いのは確かだが、ダンジョンが冒険者を欲している理論から行くと、成功しているダンジョンと言える。成功の秘訣はモンスターの数だ」
「そうですね。あまり強くないモンスターがそこそこいれば冒険者にとっておいしいダンジョンということでしょうから、冒険者が集まってくる」
「ビジネスの世界で、そういったビジネスモデルが確立されたらどうなると思う?」
「おそらくですが、同業他社はマネをする」
「だろ。
それなら、どうして南のダンジョンではモンスターが少なかったのか?
北と南の差はどこか。
ズバリ、冒険者の数だ。
俺はモンスターを増やすには冒険者の数が必要ってことだと思うんだ。実際は、少しずつ冒険者の数が増えていき、モンスターの数が増えていくといった好循環、正のスパイラルが起こったのが北のダンジョンだと思う。
もしこの考えが正しいなら、南のダンジョンは神殿が管理している限り、これからもモンスターはほとんど湧かないと思うし、日本に現れたダンジョンも自衛隊の1個中隊、2、300名が中に入っているあいだはモンスターがそこそこ湧くだろうが、いずれ撤収してしまえばモンスターも湧かなくなるんだろうと思う。
そういった洞察をしたところで何がどうなるわけではないけどな。
この世界だとモンスターは食料を始めとした大切な資源だからこれでいいし、日本じゃ今のところそういった資源じゃないしな」
「やりようによっては資源の少ない日本にとって大切な資源供給源になる可能性があるんですね」
「そうだな。
とはいえ、日本の場合、人身がらみのリスクに極端な忌避感があるから、ダンジョンは民間に開放されないままひっそりとしたダンジョンになる可能性が高そうだぞ」
「なんか悔しいですね。
そうだ、自衛隊の隊長さんから岩永さんに連絡があったら、その時今の話を隊長さんに教えてあげればいいんじゃないですか?」
「忘れなければ言っておくよ。
そう言えば、昨日華ちゃんが、向こうのダンジョンでファイヤーアローを実演した時、爆発を身近に見たことがないのでファイヤーボールの速度や威力が不十分だと言ってたろ?」
「そうですね。いままでテレビや映画では爆発をさんざん見て知ってはいますが、それだけでははっきりとイメージできないというか。近くで本当の爆発を見たら死んじゃいますけど、離れていてもいいから実際の爆発を見ればイメージできそうな気がして」
「これからちょっといって、実際の爆発をみせてやろう。着替えるほどのものじゃないからこのままで十分だ」
「どこにいくんですか?」
「南の原野にいけば、爆弾を爆破させても大丈夫だろう、どうせあの辺りは神殿の持ち物だし」
「岩永さんは爆弾も持ってるんですか?」
「爆弾というほどじゃないが、ニトログリセリンなら簡単に作れるんだ。それを瓶に詰めて、地面の上に落っことせば爆発するんだ。
以前ピクニックした時、ゴブリンが襲ってきたことがあったろ」
「はい」
「あの時、とっさにニトログリセリンの瓶をゴブリンのいそうなところに落っことしたんだが、運悪く茂みの葉っぱの上に落ちてどれも爆発しなかった。今度はかなり高いところから硬そうな地面の上に落っことすから多分ちゃんと爆発する」
「ニトログリセリンって簡単に爆発するようなイメージがあったんですがそうでもなかったんですね」
「とはいっても、一度ニトログリセリンを神殿の中に置いてやったことがあるんだが、その時はそのうち爆発したから、やっぱりそれなりに爆発するんじゃないか?」
「あっ! あの時の爆発音は岩永さんのニトログリセリンだったんですね」
「そうか、華ちゃんたちも当然神殿の中にいたんだろうから爆発に気づいたんだな。
そういう意味では危なかったんだな。俺もあの頃は気が立っていたから無茶をしたもんだ。反省しよ」
「もう、岩永さんたら」
「そういうことなので、ちょっくらいってみよう」
「はい」
華ちゃんが俺の手を取ったところで俺は南の原野に跳んだ。




