第82話 聴取
ドローンがいったん後ろに下がり、前方から2人の男が肩の高さまで両手を上げて近づいてきた。
着ている服は自衛隊の迷彩服に見えるというか、肩から小銃を負い紐で下げているし、腰のベルトにはどうみても手りゅう弾を何個も付けている。まんま自衛隊だ。暗視ゴーグルをヘルメットまで上げているので、顔の造作も良く見える。どう見ても日本人。どう転んでも自衛隊だ。
俺たちは日本にできたダンジョンに跳んできていたようだ。
「We have no intention to fight.(ウィーハブノーインテンショントゥファイト)」
前方の自衛隊員から英語で話しかけられた。相手からすれば俺たちは良くてエイリアン、普通に考えればモンスターだから破格の待遇かもしれない。俺は構えていた如意棒を下ろして左手で持ち、やってきた自衛隊員に向かって、
「俺たち二人とも日本人だ。そっちは自衛隊なんだろ?」
「なんで、日本人がこんなところに?」
「いろいろあって俺たちはここにいる。言っておくが勝手にピラミッドから侵入したわけではない」
「どうなってるんだ?」
「こうなってしまうと、詳しい話をしないわけにはいかないか」
あまり詳しい話はしたくはないが、うまい作り話も思いつけない。うまくはないがこんなのでどうかな。
異世界に拉致召喚された俺たちは、そこから逃げ出し冒険者としてダンジョンを探索中に気づけばここにいた。と、いうことにしよう。多少抜けはあるが真実そのものである。
ただ、本格的な事情聴取だと華ちゃんと離れ離れに行われるだろうし、今さら口裏を合わせることは難しい。
俺の顔も華ちゃんの顔も警察に割れているのがちょっと問題だが、そこは知らぬ存ぜぬで押し通すしかあるまい。屋敷の連中が心配するから夕方までには帰りたいが無理そうだ。
転移能力で記憶にある場所に何でも物を転移させられるから手紙を書いて送ればいいだろう。当面のお金はリサに渡しているので何とかなるだろうし、お金も送る気になれば送れる。あまり長く拘束されるようなら当然逃げ出してやる。
オウムのピョンちゃんは、こっちのダンジョンの中でもちゃんと生きていけるのか今のところ分からないので、早めに楽園に戻してやろう。
自衛隊の隊長らしき人物が無線機に向かい。
『こちら第1小隊第2分隊。日本人らしき男性1名、女性1名を保護しました』
『分隊は二人を連れて中隊本部に帰還せよ』
『第1小隊第2分隊、了解』
「お二人とも、お話をうかがいたいので本部に同行願います」
俺は華ちゃんに頷いて見せたあと、自衛隊の隊長に向かって、
「分かりました」と、答えた。
自衛隊に連れられて、俺と華ちゃんは洞窟の中を歩いていった。
2キロほど進んだ先に大広間のように広がった空洞があり、その奥に簡易テーブルが何個か並べられてそこに人が沢山集まっていた。そこが中隊本部なのだろう。ここまで歩いていく間に、何とか華ちゃんにストーリーを伝え、ピョンちゃんは楽園に返している。
ピョンちゃんがいきなりいなくなったことに、俺たちの後ろを歩いていた4人の自衛隊員は驚いたろうが、何も言ってこなかった。
俺たちが中隊本部に到着すると、ちょっと偉そうな人が俺たちの前にやってきて自己紹介した。
「第1師団第32普通科連隊第1普通科中隊の中隊長を務める山本です」
ここで一番偉い人らしい。華ちゃんのライトの明かりが眩しいのか目を細めている。華ちゃんのこういった持続魔法は自分で消せないところが欠点だよな。あの緑の点滅とか。
「お二人ともそこに座ってください」
山本中隊長に勧められたスチール椅子に華ちゃんともども腰を掛けたら、山本中隊長は俺たちの向かいに座った。華ちゃんと一緒に話を聞いてくれるようだ。事情聴取は尋問とはちょっと違うのかもしれない。
「失礼ですが、お二人のお名前は?」
「岩永善次郎といいます」
「三千院華といいます」
「岩永さんと三千院さんですね」
「「はい」」
「現在われわれは、わが国初の防衛出動ということで、このダンジョンの中を探索しています」と、山本中隊長が俺に話し始めた。
「防衛出動中の自衛官は警察権も行使できるとお考え下さい」
警察権という言葉に俺は少し硬くなった。華ちゃんも同様だ。
「硬くならなくても結構です。それで、わたしは先ほど申しました通りここの隊長、いいかえればこの現場をあずかる者の中で最高位であるということです。
従いまして、お二人にはそれ相応の事情がおありのようですし、事情によってはそのままお帰りいただいても構わないと思っています。
ということですので、お二人の事情を詳しく話ししていただけませんでしょうか?」
ここまで下手に出られると、こちらも軟化せざるを得ないな。俺は華ちゃんに目配せして用意したストーリーを話し始めた。
「……、ということで異世界に拉致され、何とか逃げだして冒険者として生活していました。
それで、ダンジョンの中を三千院さんと一緒に探索していたところ不思議な揺らぎがあり、気付けばこの洞窟の中にいました」
「なるほど。
異世界に拉致されるといった話はフィクションではよく聞きますが実際にある話なのですね。
三千院さんも、いきなり拉致されて大変だったでしょう?」
「先方の扱いは悪くはなかったのでそこまでではありませんでした。
そのあとわたしも逃げ出して、岩永さんに拾ってもらいました」
「なるほど、そうでしたか。それで、ご一緒に冒険者として活動なさっているわけですね。
そういえば、お二人が革鎧の下に着けている服ですが、異世界にもそのような衣服があるんですね?」
しまったー! ワーク〇ンスーツのことを忘れていた。




