第67話 時よ止まれ、お前は美しい!
俺と華ちゃんは緑の点滅を同期させたまま屋敷の玄関ホールに転移した。
「ただいま。今帰った。部屋で着替えてくる」「ただいま」
『『ご主人さま、お帰りなさい!』』
『『ハナねえさんお帰りなさい!』』『ハナさんお帰りなさい』
台所の方から返事が戻ってきた。子どもたちはリサを手伝っているようだ。
部屋に戻った俺は、鎧の上下とヘルメットと手袋を脱いでおいた。ワーク〇ンの黒づくめは面倒なので着たままだ。思った通り鎧を脱いでも体の芯から湧き上がってくる俺の緑のスピリットは変わらなかった。俺がそうなんだから当然華ちゃんもだよな。
これが一人だけだったならそれだけの話だったんだが、歳が離れているとはいえ男女のペアというところがヒッジョウーに微妙なわけだ。
そこは気にしても仕方ない、というかどうしようもない。
『食事の準備ができました』と、ドアの向こうから呼ばれたので、
「サンキュウー。今いく」と、言って食堂に下りて行った。
食堂ではリサと子どもたちがちゃんと座っていた。華ちゃんだけはまだだったがすぐにやってきて自分の席、俺の正面に座った。もちろん点滅中だ。
「それじゃあ、いただきます」「「いただきます!」」
食事が始まったが、なぜか会話がない。その代わり子どもたちがちらちらと俺と華ちゃんを横目で見ている。
子どもたちも大人になったのだと思っておこう。
俺もその流れに乗って黙って食事した。華ちゃんも流れに逆らわなかった。
だいたいみんなが食べ終わったところで、俺はお土産を持って帰ってきたことを思い出した。
「ダンジョンの中で果物を見つけてきたんだ。
今日の食後はその果物を食べよう。小皿を人数分用意してくれ。フォークもあった方がいいかもな。ナイフもあった方がいいか」
用意された小皿に一人に2個ずつ俺の拳大はある楽園イチゴを置いていった。真っ赤なイチゴが俺と華ちゃんの緑の光に当たると黒ずんで見える。そうなると何気においしくなさそうだ。そこは目を瞑ってしまえばいい。少なくとも味と匂いは絶品だ。
イチゴを乗っけた小皿がみんなの前に回ったところで、
「楽園イチゴという名前の果物だ。
少し冷やした方がよかったかもしれないが、このままでもじゅうぶんおいしいから食べてみろ」
そう言って俺はイチゴにナイフを突き刺してガブリと齧った。口の中が一杯になったがそれでもイチゴの4分の1くらいだ。噛まずに舌と口の上側で潰すと、甘さとわずかな酸味、それに得も言われぬ匂いが口の中に広がった。
子どもたちもリサも、一口齧って目を丸くしていた。
フフフ。どうだ、思い知ったか!
昼食後間を置かず拳大のイチゴを二つも食べた子どもたちは、一様に腹をぱんぱんにして、すぐには動けなくなってしまった。おそらくヒールポーションを飲ませれば回復すると思うが、100CCほどのヒールポーションも今の子どもたちではお腹がいっぱいで飲めないだろう。
「お前たち、食事の後片付けはリサに任せて、しばらく居間のソファーで座ってろ」
そう言っておいた。
「「リサ姉さん、ごめんね」」
「いいのよ」
食後のデザートというわけで、楽園イチゴをみんなで食べ、後片付けはリサに任せて、少し休憩したあと俺と華ちゃんは部屋に戻って防具を着込み、再度俺たちのパラダイスに転移した。
『俺たちのパラダイス』。なんだか赤面しそうな言葉だ。何かの機会に華ちゃんに言ってやろう。
転移で到着したのは泉のほとり。確かに美しい。このありのままの姿が永遠に続けばいい。
時よ止まれ、お前は美しい!
俺は天に召されることもなかったのだが、そこで、ふと俺たちの楽園を守らなければならないという気持ちが俺の心の中でふつふつと湧き上がってきた。
「神殿のあの女子高生二人もそろそろこのダンジョンに入ってくる頃だろうが、俺たちの楽園を荒らされたくはないよな」
「入り口にあったあの魔方陣の数字をズラせばあそこの扉が閉まるかもしれませんよ」
『俺たちの楽園』はスルーして華ちゃんが答えた。
「それは大いにあり得るな。よし、ちょっといってこよう。
華ちゃんはついてくるかい?」
「ここで魚を見ながら待っていようと思ったけど、念のためディテクトアノマリーをかけなくちゃいけないから、やっぱりついていきます」
華ちゃんが俺の手を握ってくれたところで、
「それじゃあ」
二人で魔方陣部屋に転移した。
すぐに華ちゃんがライトとデテクトなんちゃらをかけたところ、異常を示す赤い点滅はどこにもなかった。あるのは俺と華ちゃんの緑の点滅だけだ。
ライトに照らされた魔方陣部屋は数字合わせした時とそのままの形だったので俺が最初のパネルの上のボタンを適当に押したら、楽園に通じる通路への金属扉が音を立てて床からせり上がってきた。
「ほう。華ちゃんの言った通りだったな」
華ちゃんも嬉しそうな顔をしていた。
その後二人してデタラメにパネルのボタンを押してやった。
閉まったあとの扉には鍵孔はなかった。3×3の魔方陣を解くのはそれほど難しくはないのだろうが、全ての鍵を開けることができるスケルトンキーがなければ、この金属扉の正当なカギを見つけ出すほか扉を開けることはできないはずだ。
「パネルの蓋には閉まってもらいたかったが、そのままだな」
「そうですね。扉が閉まった以上ここはもう必要ありませんから、壊しちゃいましょうか?」
「いや、それはもったいないんじゃないか?」
「分かりました」
華ちゃんの言うことが多分正しいのだろうが、なんとなくここは残しておきたかった。
「それじゃあ、俺たちの楽園に戻ろう」
華ちゃんが俺の手を握ったところでもう一度泉のほとりに転移した。そのときには俺たちの緑の点滅は終わっていた。




