第66話 楽園2
俺たちは楽園もかくやという大空洞をダンジョン内で発見してしまった。すぐに華ちゃんがデテクトなんちゃらで周囲の異常をチェックしたが、どこにも異常は見つけられなかった。
俺たちは、それでも周囲を警戒しながら大空洞の内部に広がる草木の茂み中に入っていった。
茂みの中の灌木や下草には色とりどりの花が咲き乱れ、中には実が生っているものもあった。
「木に生っている実が美味しそうだぞ」
「この草?の実、イチゴですよね?」
華ちゃんが足元で生っているこぶし大の赤い実を指さした。
「葉っぱはイチゴに見えないが、実はどう見てもイチゴだよな。華ちゃん、鑑定してみなよ」
「はい。鑑定。
楽園イチゴ、っていうそうです」
「安直な名前だが、確かにそんな感じだな」
一つ摘み取って匂いを嗅いだら甘酸っぱくて得も言われぬいい匂いがした。
「匂いもいいぞ。一つ食べてみるか?」
「大丈夫でしょうか?」
「もし、このイチゴが一口齧るだけで即死するような猛毒なら、華ちゃんのデテクトなんちゃらで、異常として赤く点滅してたんじゃないか? そもそも赤いからわからなかったのかもしれないけれど」
「ここまでおいしそうに見えて、猛毒があるようならそれこそ罠ですよね。
それなら、アイデンティファイトラップ!
罠じゃないみたいです」
「俺がまず試そう。
その前に華ちゃんにヒールポーションを渡しておこう。俺にもしものことがあったらすぐにヒールポーションを飲ませてくれ」
「はい。分かりました」
俺は、かなり高級なヒールポーションをその場で錬成して華ちゃんに渡した。
「俺にもしもの時があったらなるべく仰向けに倒れるから、その時は口移しでポーションを飲ませてくれ」
冗談のつもりで華ちゃんにひとこと言ったのだが、華ちゃんは顔を赤くして、
「その時は、頑張ります」と、小声で言ってくれた。
俺が狂言で倒れたら、もしかして、もしかする? まあ、その後が怖いからそんなことはしないけどな。
「それじゃあ、食べてみるからな」
手に取ったイチゴを前歯で少しだけ齧ってみる。
「甘い!」
すぐにイチゴを全部食べてしまった。
「何ともない、というか、スタミナポーションを飲んだ時みたいに疲れが取れたような気がする」
「わたしも食べてみますね」
華ちゃんもイチゴを指で摘んで口に運んだ。
「ほんとに甘い。確かに疲れがどこかに飛んでいったような」
「まさに楽園イチゴだな。
留守番しているみんなにお土産にしよう」
俺は、直接アイテムボックスに収納するのではなく、腰に差したソードブレーカーを鞘から抜いて実を傷めないようにイチゴを20個ほど摘み取ってやった。もちろん摘み取ったイチゴはアイテムボックスに収納している。
「あっちの赤い実はリンゴだな。名まえはどうせ楽園リンゴだと思うぞ」
「鑑定!
ほんとだ。楽園リンゴでした」
リンゴは一玉がかなり大きかったので10個ほど摘み取るだけにしておいた。こっちは手の届かないものもあったので、アイテムボックスに直接収納している。
「お土産もできたことだし、今度は空洞の壁に沿って一周りして、全体がどうなっているか確認しておこう」
「はい」
茂みからいったん出て、俺たちは空洞の壁に沿って歩いていった。空洞の壁は下から10メートルくらいまで草が生えたりコケがむしていたりしていて、その上は何も生えていない崖状の壁だ。もちろん生えている草には花が咲いたり実の生っているものもある。
壁に沿って歩いていき入り口からちょうど正反対辺り。大空洞の岩壁の高さ30メートルほどから滝が流れ落ちていた。滝の下は泉になっているのだが、水が流れ出ているように見えなかった。泉の上に浮かんでいた木の葉の動きを見ていたら、泉と壁が接している辺りに孔が空いていて、そこに泉の水が溢れ、流れ出ているようだった。
泉の大きさは直径30から35メートルほどの丸い形をしており、底の方には水草が繁って、深さは深いところで、5、6メートルはありそうだった。泉の周囲は壁に接する部分を除いて幅3メートルほどの砂地になっている。
華ちゃんがわずかに波立っている泉を覗き込んで、
「きれいな水。あっ! 魚がいる。マスかな?」
「楽園マスじゃないか?」
「鑑定!
楽園トラウトって名前でした。トラウトってマスのことなのかな?」
「トラウトはマスだな。楽園マスより楽園トラウトの方が語呂がいいから異世界語がそんな名前に翻訳したんだろう」
「きっと食べられますよね」
「おそらくな」
釣り道具など何もないのでマス釣りはできないが、水を補給するにはちょうどいいと思い、それなりの量の水をアイテムボックスに収納してやった。かなりの量の水を収納したのだが泉の水位も滝の水量も変わらなかった。ここはダンジョンの中なので、そういうものだと思うしかない。
俺の収納も転移も知覚できるものなら発動できる。生きている魚はさすがに収納できないかもしれないが、転移なら生きていようが死んでいようが制限などないはずだ。となると、泉の中で泳いでるマスも獲り放題じゃないか?
試しに一匹だけ獲ってやるか。
滝に向かって頭を向けしっぽを揺らしているマスに狙いをつけて転移を発動した。
マスは俺の足元の砂の上に転がってバタバタ跳ねている。試しにアイテムボックスに収納してみようとしたものの収納はできなかった。以前心臓が止まっただけでまだ蘇生する可能性のあった神殿からの刺客は収納できたので、収納できるかどうかの判断は元気に生きているかどうかなのかもしれない。
「華ちゃん、マスを一匹捕まえてみた」
捕まえたマスをよく観察しようと、近くの灌木の葉を一枚とって地面に敷き、その上にマスを置いてみたのだが、マスが元気に跳ねてそのまま泉の中に戻っていった。釣り上げたわけではないので、マスも元気いっぱいだったようだ。
「惜しかったですね」
「いつでも獲れるから、今日のところは許してやろう。
しかし、ここは本当にいいところだな。
別荘でも建てれば極楽だな」
「そうですね」
「DIYでログハウスでも作れれば最高なんだが、俺にはそういったスキルはないしな」
「岩永さんの錬金術だとどれくらい大きな物が作れるんですか?」
「うん? もしかして華ちゃんは俺の錬金術でログハウスが作れないかと思っているのか?」
「はい。だって、タートル号の方がログハウスより格段に複雑だし」
「たしかに。
どこかでモデルハウスがあれば、コピーしてしまえば簡単にできそうだ。地面がしっかりしたところにアイテムボックスから出せばそのまま使えるものな。
そうなるとログハウスである必要はないから、一般の家をそこらの住宅展示場で一瞬だけ収納してコピーしてしまえばそれまでか。ただ、収納したとたんに電線やら水道管なんかを引きちぎることになるな」
「工事現場なんかに置いてある簡易部屋はどうでしょう?」
「ユニットハウスな。アレなら怒られないだろうが、この楽園でアレはないぞ」
「そう言われればそうですね」
「そのうち日本に帰って考えてみよう。
そろそろ、昼近いから屋敷に戻るか」
華ちゃんが俺の言葉に一瞬固まり、緑に点滅する自分の姿を眺めた。
もちろん俺たち二人ともあのデテクトライフのおかげで今も緑の点滅を続けている。その点滅が華ちゃんと俺できっちり同期しているので第3者的にはかなり面白い状況なのだが、当事者にとってはそれどころではない。
考えなくても、屋敷に戻って、食事中、俺と華ちゃんがそろって緑に点滅してたら相当おかしいものな。と、言っても昼食は屋敷でとると言ってダンジョンにきているので、帰らないわけにもいかないし。




