第523話 魔神のハンマー8、宇宙船希望号3
俺は座席に座って、コミックを読みながら涙していた。
そのコミックは、別の宇宙の代表と自分の宇宙をかけて超巨大ロボット同士で戦うコミックなのだが、超巨大ロボットの操縦者はロボットを操縦するとロボットの動力として生命力を吸われて死んでしまうという涙なしには読めないシビアな設定なのだ。またそこがたまらないのだ!
このコミックを読んでいて俺たちは宇宙の命運ではないが地球の命運を賭けたミッションを遂行中であることをあらためて実感した。
一通り読み終わった俺は目頭をタオルで拭きながら華ちゃんに声をかけた。
「華ちゃん、本番はまだまだ先だから眠ってた方がいいぞ」
「……」
返事がないので隣に座る華ちゃんを見たら目を閉じて眠っていた。目を開けて眠っていたら怖かったがそうではないようだ。
華ちゃんは希望号が順調に飛行するためにかなり気を張っていたに違いない。
ありがとう。
そう言えば、華ちゃんの寝顔を見たのはいつぶりだ? 以前見たことがあったのかさえ思いだせなかった。
華ちゃんは眠っているので軌道修正はされていないのだが、希望号はまっすぐパサント彗星に向かっていた。地球の公転運動ベクトルを持ったままパサント彗星に向かったので、希望号はうまい具合にパサント彗星への衝突軌道を取っているのだろう。
さて、そろそろ俺もひと眠りするか。その前に、酸素と二酸化炭素のチェックだな。
目の前のパネルに目を近づけて酸素と二酸化炭素の濃度をチェックした。
ゲージの針が赤い印を切らないようにしなけでばならないのだが、まだまだ余裕だった。それでも俺は二酸化炭素吸収サーキュレーターのスイッチを入れておいた。これで丸1日船内の二酸化炭素はほぼゼロになるはずだ。
気圧計を見ると今のところ船内気圧は1015ヘクトパスカル。正常だ。
棚の上に固定した酸素ボンベのバルブを少し開けておこうとシートベルトを外して立ち上がったら、そのまま天井まで浮き上がってしまった。もう自由落下状態に慣れてしまったようで何だか楽しくなってきた。天井を斜めに蹴って壁に手を突き、あっちこっちとピンボールのようにふざけて遊んでいたら、目の前に酸素ボンベが見えた。
やっと本来の目的を思い出した俺は、昔お袋が酸素吸入していた時くらいの感じで酸素ボンベのバルブをわずかに開けておいた。
空気の方には何も問題はないのだが、問題があるのは太陽光だ。太陽光が直接船内に入ってくる。紫外線とかガンマ線を浴びていると健康被害が出るのは確実だが、具合が悪くなるようならヒールポーションもあるし、帰ったらちょっと高級なヒールポーションを飲んでおけば安心だ。
自分の椅子に何とかたどり着いてシートベルトを締めて座ったというか座った姿勢をとったら、船内温度が上昇している気がしてきた。温度計を見ると33度だった。出発時の温度計の数字はたしか26度だったので7度も温度が上がったことになる。
額に薄っすらと汗をかいていたがこれはさっき遊んだからだと思う。
華ちゃんが目覚めたら、クーラー魔法で全体的に室温を下げてもらおう。
俺も目を閉じて眠ろうとしたのだが、どうも暑くて眠れない。
華ちゃんの魔法に頼らなくても俺のアイテムボックスがあるじゃないか。
アイテムボックスの中にあったビーチボールを錬金工房の中に入れ、錬金工房の中でボールの中に水を詰めて栓をして、マイナス20度くらいまで温度を下げて氷玉を作ってやった。
氷入りビーチボールをコピーで10個ほどに増やしてそこらに浮かしておいたらいい塩梅に船内温度が下がってきた。温度計が25度を指したところで氷入りビーチボールは回収しておいた。
これで眠れるだろうと思って目を閉じたのだが、どうもまぶたの裏側が眩しい。太陽光線は一方方向から希望号に照り付けているので、片面だけが熱くなるような気がする。透明プラスチック製の船体なので光はかなり透過しているからそれほど熱くならないかもしれないが保証はない。もしもプラスチックが溶けたり変形とかしたら大変だ。その時点で希望号を捨てて地球に撤退、ミッション・インポッシブルからミッション・アンコンプリーテッドとなってしまう。
ここは希望号を縦軸を中心に自転させて太陽光を散らさないといけない。とは言え、どうすれば希望号が回転するのか分からない。
船内でどんなことをしても運動量保存の法則が働いて何も起きないような気がする。うーん、何かいい手はないか?
壁に沿って酸素を噴出したら僅かかもしれないが回転するんじゃないか? ちょっとでも回ってくれればそれで十分なのでしめたものなのだが。
酸素ボンベをアイテムボックスから1本取り外し、足元がおぼつかないので苦労したがなんとか噴出孔が壁に水平になるようにして、反動が希望号に伝わるようボンベを棚の柱にくっ付けて酸素を噴出させてやった。
シュー。
5秒ほど噴出してやったら希望号はゆっくりだがうまい具合に自転を始めた。天井の真ん中に見えているパサント彗星はちゃんと真ん中で輝いている。実際のところは希望号がどっちを向いていようがパサント彗星に向かって進んでいるわけでどうでもいいのだが気分の問題だ。
ボンベを収納して席に戻った俺はシートベルトをして目を閉じた。
目を開けて時計を見たら日本時間で午前2時。出発したのが午後8時だったので、2、3時間ほど寝ていたようだ。作戦決行まであと6時間。インパクトの予想時刻は今日の午後4時なのであと14時間。
「岩永さん、あと6時間ですね」
「うん。華ちゃん何か食べるかい?」
「いえ、いいです」
「飲み物は?」
「いいです。
岩永さん、このミッションが終わったらどうします?」
「いつも通りじゃないか? 一カ月近く家を留守にした連中が地上に戻るわけだからそれなりに日本国内も混乱が続くだろうし、世界はメチャクチャらしいから、やることは沢山あるかもしれないけどやっぱりいつも通りだろ。華ちゃんだっていつも通りだろ?」
「そうでしたね。岩永さん。いえ、善次郎さん」
「は、はい」
なんか、華ちゃん怒ってる?
「わたしは、地球に戻ったら岩永さんのことを善次郎さんと呼びます」
「う、うん」
「わかりましたか!」
「は、はい」
これって、何なんだ?




