第519話 魔神のハンマー4、避難2
パサント彗星が地球に衝突し壊滅的な破壊をもたらすとニュースで報じられ、日本にも一時パニックが広がる気配があった。
大空洞の開放依頼に関する会議があった日の翌日未明。日本政府は民放テレビ、ラジオを停波したうえで、国内においていかなる政治活動も禁止した。
N〇Kのテレビを通じダンジョンの大空洞における避難先の写真などを公開し大空洞の安全性などを説明した。そして全国民に大空洞が避難のため開放され、避難の完了はインパクトの3日前までに確実に終えることと、避難先の大空洞において物資の十分な供給を約束した。また、日本政府は水道、電気通信、交通機関など社会インフラの維持のため関係する企業に対して協力を強く求めた。
それに付け加え、衝突後1カ月で直接の被害は終息し、地表での生活もやがて可能になるとの見解を発表したことで、広がりかけていたパニックはなんとか終息した。
彗星の衝突が発表されて、わずか数日でこのような施設がダンジョンの中にでき上っていることに対し、日本政府はオストラン王国の好意であると発表した。
これまで、この絶望的危機を前にして国境を閉鎖していたオストラン王国に対する批判などはこれにより収まった。誰であれオストランに億を超える人間が押しかければオストランが立ち行かなくなるだろうということは容易に想像できることなわけで、当然のことだろう。
そして日本政府は大空洞への国民の避難と大空洞内での国民の安全に関して自衛隊に警察権を含め権限を集中させることを決定した。この措置に伴い警察、消防は自衛隊の下部組織として自衛隊に編入された。この措置は実質的に戒厳令にも匹敵するものだが、非常事態を通り越した滅亡の危機に際し国民は歓迎した。これら一連の措置に対して与野党問わず街頭で反対を叫んだ議員などは逮捕された。野党内でも良識のある議員はこの期に及んで政府を非難する自党執行部を批判し、離党するものが相次いだ。
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新屋敷で夕食の席。
これまでの日本政府では考えられないような措置を知った俺はそのことを話題にした。
「日本政府も思い切ったことをしたようだな」
「こういった危機では一糸乱れず避難しなくてはいけないわけじゃが、足を引っ張るような輩が出れば、そのせいで避難が遅れる。避難が大幅に遅れればパニックまで起こり得る。当然の措置なのじゃ。
戦争にしてもしかり。戦争前に反対するのは意味があるのじゃろうが、戦争が始まった後に反戦を叫ぶのは利敵行為以外の何物でもないのじゃ」
「そうなんだろうけど、大空洞の中で落ち着いて、新しく日本ができ上った時に憲法違反だと騒ぐ連中が現れるんじゃないか?」
「ゼンちゃん、大空洞の中の日本はもう今までの日本ではなく避難民の群れなのじゃ。
百数十年後、人っ子一人残っていない地上に戻った時に自力で立って初めて日本という国が再生する。それだけでも何十年もかかるじゃろう。そのころには今の責任者はみんなあの世に行っておる」
「そうだな」
「いずれにせよ、地球人類の行く末はダンジョンマスターであるゼンちゃん次第なのじゃ」
たしかに俺次第なのだろう。とは言っても、俺自身は人類の未来に対してなんら重い責任を感じているわけでもない。避難した連中にはなるべく大空洞内での避難生活を快適にしてやりたいとは思うが、過剰なことまでする気はない。もし、大空洞を提供した俺やオストランの悪口を言うような輩が現れれば、対応を厳しくすることもあり得る。
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防衛省での会議から3日経った。
避難誘導の準備が整ったのでゆらぎを開放してほしいと防衛省からの依頼が善次郎のもとに届き、善次郎は全てのゆらぎを開放した。また、善次郎に対してゆらぎを追加してほしいとの依頼があり、善次郎はそれに応えている。この結果日本全国に大空洞へ直行する揺らぎは200カ所を超えた。
ゆらぎ解放後、直ちに日本全国で大空洞への避難が始まった。
避難民のゆらぎまでの移動は徒歩ないし公共交通機関に限るとしていたが、ゆらぎ近くまで自家用車で乗り付け乗り捨てる者が続出した。これによりゆらぎ周辺の道路が塞がれ、バスなどのゆらぎへの到着を妨げた。政府よりゆらぎへの避難のための自家用車の使用を禁止するむね再度放送し、自衛隊及び警察による乗り捨て自動車の撤去と交通規制により避難開始から5日後には全ゆらぎ前の放置車の撤去は終了し、スムーズな流れで避難が進んだ。その後、自衛隊員が見守る中ゆらぎ前で混乱もなく整然と避難は進んでいった。
手荷物制限はチェックが大変でスムーズな避難の邪魔になるという理由で行なっていない。ただ、ゆらぎを超えて大空洞に入り、そこから各自の居住先であるプレハブまでは、遠ければ10キロ以上歩くことになるので、荷物は成人で10キロ程度に抑えるよう推奨している。
どう見ても無理な荷物を持ち込む者も現れたが、入り口ではそのまま通過している。
避難先のプレハブは元の住所に従ってあらかじめ割り振られていため、ゆらぎの前に並んだ避難民は住所を証明できる身分証明書の提示が義務付けられている。そういった物がない者は、別途の避難先に避難することになる。避難先の割り振りシステムは自衛隊で3日で作り上げたもので、アスカ3号が避難先の詳細地図を提示するなど全面協力している。
避難先のプレハブの位置を記したカードを受け取った避難民がゆらぎを通り抜けると、そのゆらぎに対応した大空洞の壁際に直接現れることになる。そこには壁に沿って幅2キロほどのかなり広い空き地になっている。避難民はその空き地から割り当てられた避難先のプレハブまで徒歩で移動することになる。無理な荷物を持ち込んだ者は、後からくる者の妨げにならないよう、自衛隊員や警察官によって移動させられることになる。
一般国民は遅くともインパクトの3日前には避難を完了できる見込みだが、避難を嫌がる者については、リソースを割く余裕はないので放置することになっている。その数は国内居住者の1パーセントと見積もられていた。
インパクト予想時刻である当日午後8時の2時間前、午後6時まで一部の防衛省職員と自衛隊員、それに国内の電話通信網を中心とするインフラを維持するため少数の民間職員が日本に居残ることになっている。
避難が進んでいく中で足りないものが当然出てくる想定のもと、そういった情報は避難区域をパトロールする警察官や消防隊員たちによって自衛隊に集約されて専門のゴーレムに渡される。コアはその情報をもとに常識の範囲内で手当てしていく。
居住区内での医療については一般的な医療は望めないので、ヒールポーションによる治療が行なわれる。コアが薄めのヒールポーションを大量に作り、自衛隊の駐屯地に置き消費されれば補充する。
避難民たちは徒歩で移動するしかないが、どこに移動することも自由だ。ただ、居住区内は特徴のないプレハブがどこまでも続く街並みなので自分の位置がつかみにくいのも確かだ。
各プレハブの玄関前には住所を示す大区画ナンバー、中区画の縦ナンバー横ナンバー、小区画の縦ナンバー横ナンバー(XX-CC-RR-CC-RR)を書いたプレートが取り付けられているので自宅のプレートナンバーに近づいていけば自宅に帰ることは可能なのだが、それが難しいらしく迷子になる者が続出した。
大空洞内の居住区内では多数のゴーレムが巡回パトロールしている。何か問題を感知するとすぐにその場に急行して問題の解決にあたることができ、凶悪犯罪などは未然に防がれているが、ゴーレムは言葉を発することはできないので迷子の対応は警察官や消防隊員たちの主な仕事となった。
集団での避難生活ではあるし、地上からの避難が進めば人口密度も必然的に高くなっていく。
プレハブがぎっちりと並んでいるため、集合住宅に住んでいるようなものだ。娯楽など何もないなかほとんどの日本人は不平をこぼすことなく、避難生活を続けていた。




