第517話 魔神のハンマー2、避難所
魔神により彗星の軌道が捻じ曲げられて2日経った。
これまで地球への最接近距離は200万キロと予想されていた彗星C/2006 G1だがその軌道がアマチュア天文家によって再計算され、地球に直撃コースを取っていると発表された。各地の天文台でも当該彗星の軌道を観測し再計算した結果、地球との衝突軌道に乗っていることが確認された。
そして、彗星C/2006 G1には願いを込め『通過客』を意味する固有名パサントの名が付けられた。しかし一部では『天空のハンマー』と呼ばれた。
パサント彗星の形状はほぼ球体で、直径は約10キロ。組成はほとんど氷と考えられており、推定質量は5千億トンから6千億トン。これは6500万年前恐竜を絶滅させたと考えられる巨大隕石とほぼ同じ大きさで、地球と衝突すれば、衝突後1週間で人類の30パーセント、1カ月で60パーセント、1年後には人類の99パーセントが死滅し10年後人類は絶滅すると見積もられた。パサント彗星の衝突予想位置は大西洋の中央。大西洋沿岸地域はインパクトによりマグニチュード10を超える巨大地震と時速1000キロの突風、高さ300メートルに及ぶ津波によりインパクトの数時間後には確実に壊滅する。
各国政府は彗星の衝突に関する情報の拡散防止は当初から諦めている。
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俺がロイヤルアルバトロス号の風呂に入って窓から海を見ながら鼻歌を歌っていたら、アキナちゃんがいきなり駆け込んできた。相手は女神さまなので特に気にもしなかった。
「どうした?」
「大変なのじゃ! 相場が下がると思ってショートしておったが、大暴落してしまったのじゃ。底が知れぬのじゃ。円だけ急騰しておるが、他は何もかもがストップ安なのじゃ! 明日はマーケットが開かんかも知れんのじゃ」
ショートしていて暴落なら大儲けだろう。さすがはアキナちゃんだ。その程度で風呂場までやってこないだろうと思い直して、何かあったのか湯舟の中から聞いてみることにした。
「何かあったのか?」
「おおごとなのじゃ! あと4週間で地球に彗星が衝突するのじゃ!」
「なんだそれ?」
「わらわのニュース端末に出ておったのじゃ。世界中でパニックが起こるのじゃ!」
「それは本当なのか? というか本当なんだろうな」
「本当なのじゃ。
わらわたちはオストランにいるから直接の被害はないが、地球はほぼ全滅するそうじゃ」
「日本中でパニックが広がる前にオストランの留学生たちはいったん帰国させた方がいいだろうな」
風呂から上がった俺は、留学生たちに明朝、寮で待機するようエヴァに連絡を頼んだ。
あとは、日本人町への日本人の受け入れの停止だ。際限なく押し寄せられてはすぐにパンクしてしまう。日本町の管理棟に電話をかけて明日の午前4時をもってゲートを封鎖すると告げておいた。防衛省、外務省にも連絡しておいた。外務省から少数でいいから受け入れられないかと打診されたが断った。オストランでは受け入れられないが、そのかわり代替案を考えると返事をしておいた。
翌日には防衛大学校組の2名を除き留学生を全員寮からオストランに引き上げさせた。防衛大学校組の2名は出動があるかもしれないということで日本にとどまると連絡があったそうだ。責任感は大事ではあるし、組織の足並みを乱さないことも大事だ。仕方ない。
日本町スタッフ要員たちは数日前研修を終えて全120名全員オストランに帰還している。こっちはラッキーだった。
スタッフ要員たちの配属先の施設はちょうど引き渡しを受けたところだったのでこちらもラッキーだった。日本からの患者を受け入れられなくなるが、そこは仕方がない。いよいよとなればオストラン国民に一般開放するだけだ。
この騒動で、日本街での工事は停止する。今現在日本町で工事している作業員たちにはいったん日本に引き揚げてもらうことになる。
だいたいの目途がついたあと、俺は親父の家に跳んだ。親父を説得して、当面必要なものを荷造りさせ新屋敷に連れていった。
2階の一室を親父の部屋にして、その中に俺の部屋同様アスカ3号に言って畳を敷かせた。俺の部屋の畳は四畳半だが、親父はできればベッドではなく布団で寝起きしたいというので部屋の奥の半分5メートル×4メートルに畳を12畳敷いた。畳み敷き作業はアスカ3号が指揮する造船所の作業ゴーレムが行なったのだが、親父はゴーレムゴーレムしたゴーレムの作業がよほど珍しかったようで半分口を開けて作業を見ていた。
俺とオストラン関連はこれで安心だ。あとは俺にできること、俺にしかできないことをしていくことにした。
まずコアルームに跳んで、状況を説明し1億2千万人を大空洞に収容して、食料を始めとした物資を安定的に供給できるかと尋ねてみた。
「1億2千万人がダンジョン内で活動するわけですから、DPがその分得られますので余裕を持って創れます。どういった形で供給するのかは分かりませんが大丈夫です。
露天と言っても風はほとんどありませんし雨を降らさなければ比較的過ごしやすいと思います。大空洞の壁に沿って石室を創ることも可能です」
「小型のプレハブ住宅って作れるか?」
「マスターの別荘を作っていますので作れます」
石室ではさすがに厳しいが、当面避難民はプレハブ住まいで十分だろう。
しばらくの間生活していれば農業などを始めて産業も少しずつ興ってくるだろうしな。ダンジョン内だから俺のゴーレムも使い放題だしいろいろ捗るだろう。
住居は何とかなったとして、現代人1億2千万人が生活するためにはそれなりのインフラ作りが必要だ。
インフラとして最重要なのは水とトイレ。俺は水道設備や下水施設などの説明資料をアスカ3号に作らせて、コアに見せてやり町のひな形を創らせてみた。ひな形と言っても相当大掛かりなものになっている。
まず、アスカ3号とアスカ2号で4メートル×5メートルのプレハブ住居を作った。プレハブは5kWの小型ゴーレムコマ発電機によるオール電化でガスはない。内部には台所、バス、水洗トイレ。設備は照明、換気扇、冷蔵庫。食器棚に食器類。小型のタンスにタオル類。押し入れには、布団2組、毛布など。足りない場合は別途設ける配給所から配給を受ける。
幅20メートル×奥行き4メートルの土地に左右4メートルの空間を開けて4メートル×5メートルのプレハブを背中合わせに建てる。その幅20メートル×奥行き4メートルの土地を幅20メートル×奥行き100メートルの区画の中に、手前と一番奥を4メートル空けて縦に23個繋げる。この区画を5個横に繋げて幅100メートル×奥行き100メートルの正方形を作る。この正方形の中には460戸のプレハブが建つ。プレハブは家族4人までとし、5人以上家族がいれば2戸とする。この100メートル四方に1000人居住することを目安とし、100M区画=小区画と名づけた。
100M区画を1キロ四方に100個詰めたものを10万人居住1K区画=中区画とし、1K区画同士100メートルの間隔を開けて縦横10個計100個詰めたものを1千万人居住10K区画=大区画と名づけた。100メートル間隔の中には、物資の配給所、給水塔などを設けた。給水塔は上水用のもので、塔の上のタンクが基準を下回ると、コアが満杯になるまで水道水を補充する。
これならいけそうだ。この10K区画を必要数並べていけばいい。
10K区画同士を各々1キロの間隔空けて大洞窟の壁沿いに16個並べ、1億6千万人用の居住区を作った。この1キロ間隔内には自衛隊の駐屯地、浄水池、受刑者、違法滞在者、避難中の犯罪者などを隔離する施設を作った。10K区画は大洞窟の壁から2キロほど離している。
小区画の地下には下水パイプが這っており、最終的には浄水池につながる直径3メートルの下水パイプとなる。下水パイプおよび浄水池に溜まった汚物等は強制的にダンジョンに吸収される。
避難のかなめは、何といっても自衛隊だ。自衛隊の駐屯地にはバラックの他、装備の保管所、軽油、ガソリンスタンドなど駐屯地内に設ける。車両の使えるのは自衛隊だけに限定したがいいだろう。
でき上がりについて防衛省に見せた方がいいと思い、ドローン3号機を飛ばし、アスカ2号に要所を撮影させ、後でプリントアウトしてもらった。碁盤の目が並んでいるだけに見えるがなかなかいい写りだ。
コアルームと大空洞の間を行ったり来たりしながら作業を進めたので、これだけの作業で丸二日かかっている。
善次郎がそういった作業をしている間にもアキナちゃんの予想通り世界中にパニックが広がっていった。都市部では広範囲に暴動が発生している。各国とも警察では対処できず戒厳令が敷かれていったが、暴動は治まらず、軍はためらわず暴徒に対して武器を使用したため各地で多くの犠牲者がでた。
社会インフラも暴徒によって多くの国で破壊されていき、そういった状況を伝えるメディアは使命を放棄してしまい、日本国内では海外の状況はほぼつかめなくなってきていた。日本政府は各地でまだ生き残っていたローカルな短波放送局からの情報や情報収集衛星により世界各地の状況を把握していたが一般には公表しなかった。




