第516話 魔神のハンマー1
とりとめもなくここまで来ましたが、ここから『魔神のハンマー』編。最終章になります。終話(526話)までよろしくお願いします。
ここは太陽系。太陽のごく近傍を約9時間の公転周期で巡る小天体があった。目覚めた魔神『冥界のアルシャファク』である。
魔神は善次郎によりバレン南ダンジョンの深部から意識のないまま太陽に放り込まれて、太陽の中に沈んでいった。その途中、自らを封じていた呪縛の一部が解け目覚めることができたが、自分がどういった状況なのか把握することがしばらくできず、さらに深く太陽に飲み込まれていった。何とか状況を把握した魔神は、転移でこの状況から脱出を試みようとしたが、残っていた呪縛により転移は封じられていた。
それでも太陽の重力に逆らい、ある時は高温ガスの対流にうまく乗り、またある時は逆らい、表層部までたどり着けた。
すでに魔神は持てる力の大部分を失っていたが、それでも力を振り絞り低高度ではあるが太陽の公転軌道に乗ることができた。
そこまでで魔神はその持てる力のほとんどを失っていた。眷属たちからも遠く切り離されており、魔神には己の力を取り戻すすべはなかった。そして数百年後には太陽に飲み込まれることを悟っていた。
魔神は封じられて以来どれくらいの時が経ているのかも、自分がなぜこんなことになっているのかも分からないまま太陽を巡っていた。それでも、星々を観察しているうちに、今自分が存在している宇宙はかつて自分が存在していた宇宙とは異なることに気づいた。
今いる恒星系の中を詳しく観察すると、第3惑星に眷属の印を見つけることができた。そして、その眷属の印からわずかではあったが、力を引き出すこともできた。と、同時にある存在を感じることができた。
その存在はかつて自分を封じた神の眷属の一柱が受肉したもので、今の自分の存在を賭ければ滅ぼすことができる。
魔神は、自身の存在を対価に数十年周期で太陽を巡る彗星の軌道をわずかに捻じ曲げた。
こうして彗星は地球への衝突軌道に入り、魔神は消滅した。
このとき、その彗星と衝突時における地球の未来位置までの距離は5200万キロ。相対速度秒速20キロで彗星は地球に接近している。衝突までに残された時間は1カ月、30日である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔神が目覚め、地球に意識を向けた時。
今日は週明けの防衛省での会議の日。華ちゃんを連れて防衛省の会議室に転移した。
川村局長から第2、第3ダンジョンでの発電所の建設状況について話を聞いていたら、左手の中指が急にうずき始めた。
あれ? どうしたんだろ?
俺は痛みとは無縁の生活をだいぶ送ってきていたので、痛みを感じたことで何事かと思ってしまった。
疼痛がするのは魔神の眷属だったリッチの『冥王の指輪』をはめたところだ。急いで指輪を抜いてみたところ、指輪の裏側に彫り込まれた『冥界への道』と書いてあるらしい文字が赤く光っていた。指輪をはめていた左手の中指の途中が指輪の形で紫色に変色しまだ疼痛が続いていた。会議の席上だったが急いでヒールポーションを飲み干したところ、痛みも治まり指輪の形に変色していたところの色も元に戻った。
会議中いきなり俺がポーションを飲んだものだから、会議室にいた面々が俺の顔を見た。
驚いた華ちゃんが小声で、
『岩永さん、どうしました?』
『指輪をはめていた指が急に痛くなって、指輪を抜いてみたらそこが青あざになっていたんだよ。ヒールポーションを飲んだらすぐに痛みが消えて青あざも治ったから、もう大丈夫』
『それなら良かったです』
俺が落ち着いたようだったので、会議はそのまま続いた。
何だったんだろうな?
指輪を会議テーブルの上に置いてしばらく眺めていたら、指輪の文字の赤い光は薄まっていきそのうち消えてしまった。
うーん。……。
やっぱり考えて分かるようなものじゃないな。
元々ただの指輪ではないのだが、とりあえず今は何ともなさそうだし、また何かあれば何か分かるかもしれないと思って指輪は元の指にはめておいた。
その日の新屋敷での夕食時。雑談の中で指輪のことを思い出したので話をしてみた。
「防衛省での会議中この指輪をはめているところが急に痛みだしたんで指輪を指から引っこ抜いたら、指輪をはめていたところが紫色に変色してたんだ。抜いても指の痛みが取れなかったんでヒールポーションを飲んだら痛みが治まった」
「会議中だったから聞きそびれましたが、その指輪は魔神の眷属が持っていた指輪ですよね? たしか『冥王の指輪』」
「そう。その『冥王の指輪』。
指から抜いたとき指輪をよく見たら、指輪の内側に彫り込まれていた文字が赤く光ってた。しばらくして赤い光が消えたからもう一度はめたらそれからは何ともなかった」
「ふーん。なんだか気味がわるいですね」
「わらわも午前中、マンションで先物のトレードをしておったら頭が急に痛くなったのじゃが、しばらくしたら元に戻ったのじゃ。
今のゼンちゃんの話からすると、魔神がらみで何かあったのかも知れぬのじゃ。指輪の光がおさまったというし、痛みも治まったのなら今のところはそれだけだったのじゃろう」
「魔神は太陽に送り込んだけど、まさか復活したってことはないよな?」
「ゼンちゃんが魔神を太陽に送り込んでからしばらく経っておるじゃろ?
わらわの勘じゃが、魔神は太陽に放り込まれて長いこと焼かれているうちに目覚めて、何とか太陽の真ん中に沈んでいくことを免れたのではなかろうか。それだけで魔神はほとんどの力を失ってしまい、結局太陽から逃れることはできず、最期にわずかな時間で何かを行ない、そこで力尽きて消滅した」
「アキナちゃんの勘は勘じゃないからな。となると問題は魔神が最期に何をしたかだな」
「考えられるのは、自分を太陽に送り込んだ者への復讐?」と、華ちゃん。
「復讐したい気持ちは分かるけど、誰の手によって太陽に飛ばされたかは眠っていた魔神には分からないはずだから、誰に復讐していいか分からないと思うぞ」
「それじゃあ?」
「その復讐相手はわらわの可能性もあるの。なにせ魔神『冥界のアルシャファク』は太陽神『天空のシャムアズール』によってあのような形でダンジョンの底に封印されておったわけじゃからな」
「アキナちゃんはそのジャ〇おじさんみたいな名前の神さまと関係あるの?」
「『天空のシャムアズール』じゃ。シャムアズールは何代か前のわらわを生んだ母なる神なのじゃ。なので、わらわはシャムアズールの眷属に当たるのじゃ」
「なるほど。
となると、俺たちは魔神からアキナちゃんを守らないといけないわけだな?」
「いや。今現在わらわに何事もないところを見ると、魔神はわらわに頭痛を起こさせただけで力尽きたのではないかの?」
「そんなことするくらいで、力尽きて消滅するのか?」
「なにせ、1億5千万キロも離れておるからの」
「それで消滅してくれているのならいいけどな」
「ただ、わらわの頭が痛くなる前までわらわは先物を買っておったのじゃが、その後気が変わってどんどん先物を売っていったのじゃ。といっても、額面で3千億ほどじゃがの。
相場はこれから下がるはずじゃから、それが魔神に関連するなら気になるのじゃ」
魔神が相場を下げる要因になるということがいまいちピンとこないが、そのうち分かることもあるだろう。俺は株を少し持っているが相場はそんなに関係ない。いま大事なことは俺が指にはめているこの指輪をどうするかということだ。
「それでこの指輪どうしようか?」
「魔神関係で何かあればその指輪が知らせてくれるわけじゃから、はめておればよいのではないか? 魔神が消滅したといっても、あくまでわらわの勘じゃし」
「じゃあこのままはめておくか。呪いはかかってないんだしな」
俺たちの話を横で聞いていた後藤さんとエレギルはポカンとしていた。




