第379話 年末温泉旅行9、遊覧船
遊覧船の出る10時の30分前に、俺たちは靴を履いて部屋の外に出てそこから例の海岸まで跳んだ。そこから一本道を道なりに進めば4、500メートルで遊覧船の船着き場がある。
天気は良かったのだが、少し風があった。俺は寒いとまでは感じなかったが、船の上は結構寒いかもしれない。
窓口で10人分のチケットを買ったら、人数分の救命胴衣を渡された。
救命胴衣を頭からかぶるように着けながら桟橋を歩いていき、つながれた遊覧船に俺たちは乗り込んだ。
船は思った以上に小さかったが案内を見るとそれでも50人乗りだった。季節が季節だけに先客は見たところ誰もいなかった。
乗り込んだらすぐに水中展望室に下りて、窓の外を眺めるようにと係の人に言われたので、みんなで階段を下りて水中展望室に入ったら、先客が4名ほど乗っていた。俺たちも順に奥の方に詰めていき、展望窓から海の中を覗き込んだ。
いるいる。魚がたくさん泳いでる。
桟橋の下にたくさん魚が泳いでいた。魚の絵の描かれたパネルが窓の上に張ってあるのでそれを見比べながら窓の外の魚を見ると、アオリイカ、石鯛、タイ、メジナがいた。特にイカは群れで泳いでいた。
「ほー、こんなに岸に近くで魚がいるのなら、沖にでたらどれほど魚がいるのかワクワクなのじゃ。
しっかしどの魚もおいしそうに見えるのじゃ。
やっぱり食べるなら踊り焼きじゃな」
命がどうとか昨日言っていたが、踊り焼きは超越しているらしい。
窓の外を見ていたら、エンジンがかかったようで、船が動き出した。
窓の外にいた魚たちが離れていき、気付けば一匹も見えなくなってしまった。俺たちの他の客も10名ほどいたが誰もいなくなっていた。
「魚がいなくなったのじゃ!」
「魚は桟橋近くにしかいないんじゃないか? それで、すぐに水中展望室に下りて、窓の外を眺めるよう。言ってたんじゃないか?」
「なんと」
「他の客たちも上に上がっていったし、ここにいても仕方ないから俺たちも上に上がって景色を見よう」
みんなで水中展望室から甲板に上がると、船が防波堤から外の海に出ようとしているところだった。振り返れば熱海の街並みがよく見えた。
カモメが船の動きに合わせて飛んでいる。乗客がエサか何かを手に持って差し出したら、器用にくちばしで摘まんでいた。
カモメの鳴き声はヒュルリ、ヒュルリララと鳴くのかと勝手に思っていたのだが、キーヨーキーヨーと聞こえた。カラスのアホー、アホーに比べればよほどいい。
「岩永さん、白波が立ってきましたね」
確かに防波堤の先にでたら白波が立って、船の側面に当たってしぶきを上げている。
大きな船ではないので結構揺れる。
「この揺れはたまらんな」。アキナちゃんだけ上機嫌なのだが、アキナちゃん以外は神妙な顔をして椅子に座ったり手すりにつかまってじっとしている。
「少し気持ちが、酔ったかも?」と、はるかさん。少し青い顔をしている。
「儂もちょっこし酔ーたようじゃ」
親父まで酔ったのか。
薄めのヒールポーションを二人に配ったら、アキナちゃん以外みんなそんな感じになっていた。華ちゃんは自分でヒールをかけて、順に他の子にヒールをかけてやっていた。結局あと3人にヒールポーションを配ったところで、みんな回復したようだ。
ほかの客たちが俺たちを見ていたが、なにか言ってくる者はいなかった。もし具合が悪くなった子どもがいたら、こっそり華ちゃんにヒールをかけさせてもいいかと思ったが、幸いそういった子どももいなかった。
前方に見える島の手前で船はUターンして桟橋に戻っていき、俺たちも他の客に混ざって下船した。
正味30分の乗船だったが結構面白かった。
脱いだ救命胴衣を出口で返して、ぶらぶら元来た方向に歩いていたら、アキナちゃんが、
「やっぱり船が欲しくなったのじゃ。ゼンちゃんどうじゃろか?」
「こっちの世界だと船を運転するにも免許がいるから、向こうの世界で船を乗り回す方がいいんじゃないか?」
「わらわは、どっちでも構わんよ」
「船はエンジンの付いているこっちの船がいいよな」
「そうじゃろうな」
「となると、こっちで船を買って、アッチに運んでってことになるな。
船ってネットで買えるのかな?」
「買えると思いますが、実物を見た方がいいんじゃないですか?」と、隣で話を聞いていた華ちゃん。
「どうせ買うなら大型ヨットだよな」
「岩永さん、船の操縦できるんですか?」
「もちろんできないよ。
こっちで乗るのはいろいろ面倒だけど、向こうで乗るなら免許は要らないから、アスカのうちの誰かを船長兼航海士にすればいいんじゃないか。船の運転だろうと説明書があればアスカならチョチョイのちょいだろう」
「確かに」
「それに1隻買っておけば、いくらでもとは言えないけど、数隻はコピーできるわけだから、大空洞の中の湖なんかにも浮かべられるから楽しいんじゃないか?」
「それも面白そうなのじゃ」
「善次郎、われ、船を買ーのか?」
「もう年の瀬だからすぐに買う訳じゃないけど、年が明けたら実物を見て注文しておけば、1カ月くらいで手に入るんじゃないかな」
「われ、そういえば大金持ちだったものな」
「まあな。とはいえ、船を欲しがってたアキナちゃんだって今じゃ親父くらいお金を持ってるみたいだぞ」
「なんと!
儂の孫でもあーが、われのところの子どもはどうなっちょーんだ?」
「それなりってことだよ。よかっただろ?」
「そりゃあな」
「まだ11時前だけど、商店街までゆっくり歩いて戻ればちょうど昼だから、歩いていこう」
ということで、みんなでぞろぞろと駅前まで続く道を歩いていくことにした。
歩いているうちに思い出したのだが、温泉マーク団はどうなったのだろうか? ブー、フー、ウーの3人はちゃんと裸芸人としてデビューしたのだろうか? 彼らに裸芸人の道もあると悟らせるきっかけを与えた当人としては、彼らの年の瀬が少し心配だ。
などと、どうでもいい事を考えて歩いていたら、ジャンパーを着込んだ金髪のあんちゃん3人組がこっちに向かって歩いてきた。雰囲気的には結構キているナイスガイたちだ。ジャンパーを着ていても腹が出ているところは、ブー、フー、ウーの面影がある。
と、よく見たらブー、フー、ウーそのものだった。たいていの人の名まえと人物は一致しないし覚えられない俺だがブー、フー、ウーのことは簡単に思いだせた。それだけインパクトがあったということだろう。彼らは芸人になる素質を生まれながらに持っていたわけで、ぜんぜん羨ましくはないがいわばギフティッドというやつだろう。
大型ヨット:LEXUS LY650 https://www.youtube.com/watch?v=YxT0QlmgRL4
『越冬つばめ』https://www.youtube.com/watch?v=bTUuzOu5iiw




