第372話 年末温泉旅行2
親父も連れてみんなで熱海駅前に跳んだ。そこから商店街まで歩きだ。
「うおっ! おーー、ここが熱海なのか、初めてきたども、ぬくえなー」
「たしかに暖かい。温泉地だからかどうかわからないけど冬なのにだいぶ暖かいよな。
それで親父は、昼は何食べたい?」
「何がうまえのかな?」
「そうだなー。海鮮関係がいいかもしれないが、何でもおいしいと思うぞ。前回来た時は天ザルを食べたんだけどな」
「なら、それにすーか」
「ザルより、温かい汁ソバの天ぷらソバの方が良くないか?」
「それもそうじゃの。
ほかのみんなはそーでええのか?」
「それにしましょう」「「はい」」
前回入ったソバ屋にみんなして入ったのだが、いつものようにちゃんと全員まとまって座ることができた。
「ちょうど10人分の席が空えちょってよかったな」
「そうだな。大抵いつも待たずに座っているんだがな。
じゃあ、みんな天ぷらソバでいいのかな?」
「「はい!」」「わらわは、エビ天マシマシなのじゃ」
マシマシ覚えていたようだ。
「じゃあ、別に天ぷらの盛り合わせを、そうだな2人前、いや3人前頼もう。ソバだから夕食前にはちゃんとお腹も空くだろ」
ということで人数分の天ぷらソバと3人前の天ぷらの盛り合わせを頼んだ。
10分ほどでテーブルの上に天ぷらソバが並べられた。天ぷらの盛り合わせはあと5分だと言われた。
「「いただきます」」
「天ぷらはうまそうだども、つゆが真っ黒じゃ。これ、食ーてだえじょうぶなのか?」
「俺も東京に出てきて初めてこっちのソバを食べた時、この真っ黒いつゆには驚いたが大丈夫。親父にはちょっと塩辛いかもしれないけどな」
親父が天ぷらソバのどんぶりの上から七味を少しだけ振って、箸で上に乗ったエビ天をつゆにつけてから口に運んだ。
「天ぷらは美味えぞ。
ソバはどうじゃろ?」
親父はソバを数本箸で摘まんで口に入れた。
「ちょっこしだけだったけん、塩辛うはなかった」
みんな、自分が食べるのを止めて親父の一挙手一投足に注目している。
「ソバが伸びるから、みんなも早く食べよう」
「「はい」」
ある程度ソバを食べたところで天ぷらの盛り合わせが運ばれてきた。こっちにはエビ、イカの他にシイタケとマイタケ、カボチャにレンコンなどの野菜も乗っている。
俺はシイタケの天ぷらを取ってどんぶりの中に入れた。アキナちゃんはちゃんとエビ天を自分のどんぶりに入れたようだ。
結局店に入って30分ほどで、ソバを食べ終わり、天ぷらも残さず食べ終えた。
親父はつゆまで飲んでいないが、ちゃんとソバは食べたようだ。
「「ごちそうさまでした」」
今回も支払いはクレジットカードで済ませた。俺のカードは確かアメリカ資本のものなので使えるか心配だったが、使えてよかった。海外のクレジットカードだってここは日本有数の観光地なんだから使えて当たりまえか。
店を出て、
「駅前方向に少し歩いて、そこから旅館に跳んでいこう」
アイテムボックスの中には以前使った観光用迷子防止小旗があるのだが、今回は親父に怒られそうなので使わなかった。
人目が少なくなったところを見計らって、
「そろそろ行くか。みんな手を取ってくれ」
俺たちは温泉旅館の門の横に転移で現れた。チェックインまでの時間にはまだ早かったのだが、何とかなるだろう。そう思って旅館の玄関からロビーに入ったら、旅館の女将がいて俺たちを迎えてくれた。
「岩永さま、お待ちしておりました」
おっ、これなら少し早かったがチェックインできるようだ。
「えーと、お荷物は」
「手ぶらってわけじゃないんですが、手ぶらに近いカモ?」
「は、はい。
申し訳ありませんが宿帳に記入お願いします」
俺が全員の名前と住所を書いてやった。
「それではお部屋にご案内いたします」
女将が前に立って、俺たちを先導してくれた。これは完全にVIP待遇だぞ。
俺たちは、女将に連れられてエレベーターに乗って、最上階に上がりそこの部屋に通された。
部屋には座卓が二つくっつけて並べられていて周りには10人分の座布団と座椅子が並べられていた。手回しがいいな。
女将は、隣りの続き部屋など一通り説明して、座卓の上に10人分の湯呑を並べてお茶を淹れ、お茶請けも並べたところで、
「ご夕食は何時にお持ちしましょうか?」
「6時からお願いします。この部屋で10人揃って食べますから」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
女将は二部屋分の鍵を置いて一礼して帰っていった。
部屋の間取りは前回と同じなのだが、窓から見える景色は違っていた。
「ほー、まさに絶景じゃな」
確かに絶景だった。
「山陰の冬の海は暗えがこっちの海は明るえな」
そういえばそうだったような。
アキナちゃんも、目を丸めて海を眺めていた。
「海は広くて大きいのじゃ」
残念ながら、行ってみたいなよその国とは続かなかった。
「大きな船に乗ってみたいのじゃ」
よその国ではなかったが船に乗ってみたくなったようだ。船単体を買うのはお金を出せば買えるだろうし、船の置き場というかそういったもろもろもお金さえ出せば手に入るのだろうが、船舶の免許を取らなくちゃいけないんだよな。
あっ! 免許だか資格はアスカに取らせればいいじゃないか? でも戸籍のある人間じゃないとだめのような気がする。少なくとも免許なんだから年齢制限があるだろうし、年齢を証明する必要があるはずだものな。
「お茶が冷めてしまうから、座って一休みしよう」
銘々皿に乗ったお茶請けは紙袋に入ったお菓子だった。
紙袋を開けてみたら中から立派な干し柿が出てきた。
座布団の敷いてある座椅子に座って緑茶をすすり、銘々皿に付いていた竹のヘラで干し柿を輪切りにしたら中に黄色の餡が入っていた。ちゃんとした和菓子だったのか。ただものではないな。
口に入れたところ、これは餡を囲む干し柿の甘さと、餡のあまり甘くないところが実によい。おいしい。
だれも疲れているわけではないのだろうが、俺たちはしばらく座椅子に座ってまったりしていた。
「年末だけど、こうしてのんびりできるし、幸せだなー」
「善次郎、言い忘れちょった。
ちょっこし前に県会議員しちょー儂の高校の時の同級生がうちにきたんだが、応接間に飾ってあったイオナちゃんの絵を見て、感心しちょったけん、孫娘が総理大臣賞と文部科学大臣賞をとった絵だと説明してやったらえろう魂消ちょった。
そしたらあとで、県立美術館に2枚とも飾らしぇてくれと、そえつから電話があったんじゃ」
「うーん。そのうちイオナの絵をまとめて銀座辺りの画廊に並べて個展でもしてやろうかと思っていたんだが、どうだろうね」
「そえつは、われの就職を頼んだ男だけん、儂もその場では断れだったんだ」
親父が地元の役場へ俺の就職を頼んだ相手だったのか。親父の立場も何も考えなかった俺のせいで、親父も同級生とは言え相手の面目を潰したわけだから、その相手にそうとう謝ったんだろう。ここは俺からイオナに頼んだ方がいいか。
「お爺さん、わたしの絵をぜひその美術館に飾ってくれるようお友達に返事をしてください」
俺が何か言う前に、イオナが答えてくれた。ありがとう。
「イオナちゃん、だんだんな」
「じゃあ、親父を実家に帰すときに、うちに飾ってある本物を持っていくよ」
「うん。すまんな」




