第292話 岩永善吉3
中古マンションを買った翌日。
イオナに美術展から連絡がきていないか確認のためと、マンションの登記関係の書類が送られてきたら取っておいてもらうよう頼むために親父のところに跳んだ。
玄関の土間に現れた俺は、板の間に上がり、親父を呼びながら奥の方に歩いていった。
「なんじゃ? いきなり」
「いつだってこうなんだから慣れてくれればいいから。
それで岩永イオナ宛に手紙は届いてなかったか?」
顔の色つやが良くなってすっかり若返った親父に、イオナ宛の手紙が届いてなかったか聞いたところ、
「手紙は昼前に届えちょった。
ほれ、これじゃ」
親父が座卓の上に置いてあった封筒を渡してくれた。
「この岩永イオナちゅうんは、われの養女なのか?」
俺は封筒を開けながら、
「そう。親父は俺の養女たちの爺さんだものな。親父にちゃんと俺の養女を紹介しておいた方がいいよな。そのうちみんなをここに連れてくるよ。というか、親父をうちに連れていった方がいいか。親父も俺がどんなところに住んでいるか知りたいだろうし」
封筒の中から、美術館での展示が決まった旨と展示場所の知らせが入っていた。これで第一関門突破だ。展示は11月の初旬から下旬まで。入賞などの発表は初日の前日だ。
「親父の都合のいい日を教えてくれ」
「儂はえつでもええ」
「なら、明後日でどうだ?」
「かまわん」
「なら、明後日の11時ごろ迎えにくる」
「何か持っていくものはあーか?」
「何もない。
そうそう、何日かしたら、今度は俺の名まえで郵便が届くはずだから取っておいてくれ。
親父、じゃあな」
「あ、ああ」
なぜかわからないが首をかしげている親父を残して、俺は屋敷の居間に戻った。
イオナは居間にいなかったので、絵画部屋を覗いたら頼まれ仕事の誰かの肖像画を描いていた。
「イオナ、とりあえずだが美術館展示は決まった。おめでとう」
「お父さん、ありがとう」
「あとは、最終審査だけど、なんとかなるんじゃないか」
「はい」
夕食を食べながら、親父を明後日の11時にここに連れてくるとみんなに知らせておいた。その時はみんなを親父に紹介するとも言っている。
「名まえは岩永善吉。歳は60ちょっと前だ。みんなの知っている日本語は日本人なら誰でも理解できる標準語というものだ。俺の親父の言葉は方言といってちょっと標準語とは違うけど、聞いていれば何となく意味が分かるはずだ。わかんなければ俺が通訳するから大丈夫だ」
翌日。俺は昼食を断って、俺のアパートの隣り街に跳んで、うなぎ屋で上うな重を頼んだ。サンショウを振っていただきました。肝吸いもおいしゅうございました。あと茶碗蒸しとおしんこがついていた。全部食べる前にコピーしている。
親父を迎える当日。
親父をニューワールドの屋敷に連れてくるため、俺は約束の午前11時の5分前に実家の玄関の土間に現れた。
親父は手提げの紙袋を持ってスーツ姿で玄関に立っていた。スーツ姿の親父を初めて見た。
「うわっ! 急に現れた。びっくりしたー。どうなっちょー?」
「いろいろあって、こういうことができるようになったんだ。知っているところならどこでも跳んでいける」
親父は分かったような分からないような顔をしていた。それが普通の反応だよな。
「親父、普段着でよかったんだが、まあそれでもいいや。
じゃあ、親父、何も言わずに俺の手を持ってくれ」
親父が俺の言った通り、俺の手を取った。
「急に視界が変わるから、目を閉じた方がいいか。
親父、目を閉じてくれるか?」
親父が目を閉じたところで、俺は屋敷の門の前に転移した。そこから、屋敷の全体を見せるためだ。
「親父、目を開けていいぞ」
親父が目を開けた。
「うわっ!」
「この家が俺の今の家だ」
「立派な家がね」
「まあな」
「そーでここは一体どこなんだ?」
「俺はニューワールドと呼んでいる。地球とは違う別の世界の街の中だ」
「儂は死んじょーんか?」
「いやいや、生きてるから」
しきりに首をかしげる親父をせかして玄関から屋敷に入った。そこは玄関ホールなので鳳凰のピョンちゃんが横木に掴まっている。
「うわっ!」
「フェニックスのピョンちゃん。可愛いだろ?」
「お、おう。立派な鳥じゃな。
そうじゃ、これ、お土産じゃ」
親父が手提げの紙袋を俺に渡した。
「何?」
「どじょう掬い饅頭じゃ」
俺もよく知っている、ひょっとこ顔の饅頭だ。お茶を飲みながら食べると結構いける。
「ありがとう。後でみんなで食べよう」
玄関ホールで俺と親父が話していたら、居間から全員が余所行きの格好をして出てきた。
親父は、ぞろぞろ出てきた8人に魂消ていた。
「みんな、われの養女なのか?」
「養女は6人。2人は一緒に住んでる。
まずはみんなに、親父を紹介しよう。
岩永善吉。俺の親父、6人の義理の祖父だ。よろしくな」
「岩永善吉です。どうも」
少し緊張して親父が頭を下げた。
「じゃあ、まずはリサ」
「イワナガ・リサです。よろしくお願いします」と言って、親父に頭を下げた。
「次はエヴァ」
「イワナガ・エヴァです。おじいさん、よろしくおねがいします」
そのあと、オリヴィア、キリア、イオナの順にあいさつして、最後はアキナちゃん。
「イワナガ・アキナじゃ、おじいさん、よろしゅうの」
「は、はあ」
親父が頭を下げた。
「今の6人が俺の養子で、親父の孫だ」
「うん」
「そして、こっちが三千院華ちゃん。理由があってここに住んでる」
「三千院華です。おじいさま、よろしくお願いします」
「で、最後が、木内はるかさん」
「木内はるかです。おじいさま、よろしくお願いします」
ということで、あいさつが終わった。
「みんなありがとう」
礼を言っていったんみんなを解散させ、俺は親父を連れて屋敷の中を案内した。
……。
「こんな感じだ」
「賑やかで、ええとこだな」
「ああ、いいところだよ。
親父も一人で田舎に暮らしてると寂しいだろう。よかったらここに住まないか?」
「善次郎。われが、ちゃんと生活できちょーだけで安心じゃ。儂の体もこの前の水薬のおかげでこの通り元気じゃから、儂のことは気にしぇんでもええからの」
「これから、ちょくちょく顔を出すから、なんかあれば言ってくれな」
「うん。ありがとよ」
昼食は居間の座卓でとった。メニューは昨日のうな重だ。サンショウの入った瓶を二つ座卓の上に置いて、10個ずつ、うな重、肝吸い、茶碗蒸し、おしんこ、そして割りばしを並べる。親父とアキナちゃんがお誕生日席で、残りの8人が4人ずつ並んだ格好だ。
「「いただきます」」「いただきます」
「足りなかったら、いつも通り、いくらでも用意するから」
かなり大きなウナギの入ったうな重を2つも食べるのはちょっと厳しいかもしれない。ウナギ好きの親父と言えども2つは食べられないだろう。
俺は二日続けてのうな重だったが十分以上に堪能した。デザートはさっぱり系がいいと思い桃のシャーベットにしておいた。




