第210話 学校1。クリスマス
はるかさんがニューワールドに学校を作りたいと俺に相談してきた。本人はそのために勤めていた理研を辞める覚悟をしているようだ。俺にできることは資金の提供と精神的応援くらいだができる限りのことはすると約束した。
学校となると、教科書のようなものの準備も必要だろう。うちの子どもたちは日本語の読み書きもある程度できるようになっているので日本語の教科書をそのまま使うこともできそうだが、よそから集めた子では無理なので教科書から作る必要がある。
となると、日本語からこっちの言葉に翻訳して、校正して、それから印刷して、そして製本という形になる。こっちの文字を印刷するためにはフォントなんかも新しく作る必要があるだろうが、こっちの文字はアルファベットの変形版のようなものなので、フォントづくりは日本のどこかの会社に外注すれば時間はかからないだろう。それより教科書の翻訳、校正はそうとう大変そうだ。
ソフト面ははるかさんに任せるとして、俺は学校のハード面を準備することにした。
「はるかさん、学校を作るにあたって物件を当たってみませんか? 明日、商業ギルドに二人でいって調べてみましょう」
「そうですね」
はるかさんの構想では、学校は一学年20名、10歳から12歳までの全3学年で、総数60名。授業は朝9時から12時までを考えているそうだ。もちろん初年度は20名だけの生徒数になる。ということで20人から30人用の部屋が最低3つ、そのほかに用具室、職員室、流しやトイレが必要になる。
授業内容については、まだ具体的には考えていないそうだ。
それでも、読み書き算数は必ず取り入れるそうだ。もちろん読み書きについては、日本語ではなくここニューワールドの言葉になる。
俺とすれば、読み書き算数に加えて音楽、武術、算数の計算の実習があればいいと思う。音楽の先生はオリヴィア、武術の先生はキリア、計算の実習はエヴァでいいんじゃないか。
さすがにエヴァたちに、自分たちとあまり歳の差のない生徒たちの教師を任せるのは難しいが、こういったものは収まるところに収まるものなので、そのうち何とかなるんじゃないかな。なにせ、うちには幸運を呼ぶハズの座敷童もいることだし。
そうだ! 大神官にいって何人か先生を出させてやることもできるぞ。アキナちゃんにアイスを余分に一つあげればアキナちゃんが口をきいてくれるだろう。持つべきものは、物で簡単に釣れる神さまだな。
翌日の朝食時。
俺からみんなに、はるかさんはいったん日本に戻るが、すぐに戻ってくると告げた。
「「よかったー」」
子どもたちも喜んでくれて何よりである。華ちゃんはそれほど驚いてはいなかったのだが、はるかさんから話を聞いていたのかもしれない。
アキナちゃんも「はるか先生が、いてくれるとなると頼もしいのじゃ」などと言って喜んでくれた。
朝食後、俺とはるかさんは揃って不動産屋に赴いた。
窓口で来意を告げ、通された応接室ではるかさんと座っていたら、いつもの女性が大きな台帳を持って部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。ゼンジロウさま。
ハルカさん、おはようございます」
担当女性ははるかさんのことを知っていたようだ。街歩きで、ギルドにも何度か訪れたのだろう。
担当の女性は大きな台帳をめくってみて、
「かなり大きな部屋が複数必要とのことですが、一般の家屋では今のところ出物はないようです」
「新築なら?」
「もちろん可能です。そうなりますと、こちらからはギルド所有物件と建築業者のご紹介という形になります。
市内に更地の出物はありませんので、既存の空き家を取り壊してからの新築となります」
「それで100メートル四方のまとまった土地が手に入りますかね?」
「通常のお屋敷の敷地が50メートル四方なので、100メートル四方となるとお屋敷4軒分になってしまいます。さすがに4軒もまとまって空き家になっているところはございません」
「善次郎さん、100メートル四方は広すぎじゃないですか?」
「なんとなく広い方が拡張性があっていいかな? って」
「50メートル四方で十分じゃないでしょうか」
「50メートル程度でよろしいのなら、家賃の3年分でお譲りできる築50年を過ぎた物件がいくつかございます」
「値段は気にしないので、うちから一番近い物件がいいかな」
「……。
ゼンジロウさまの屋敷の隣りが先月から空き家になっていました。敷地は50メートル四方です」
おあつらえ向きとはこのことだ。引く気になればうちの隣りならうちから電気も引ける。
「うちの隣りなら見なくてもいいから、さっそく手続きお願いします」
「はい。
まずは売却価格ですが、あの物件の家賃は金貨300枚でしたので、売却価格は金貨900枚になります。
それに土地の使用料はゼンジロウさまのお屋敷と同じ年間金貨30枚になります」
「じゃあ、前回同様10年分の前払いでお願いします」
「かしこまりました。
前回と同じく、10年分ということで金貨300枚の1割引で金貨270枚。それに手数料金貨13枚と銀貨5枚ですので、金貨283枚と銀貨5枚になります。
売却代金と10年分の土地の使用料、合計で金貨1183枚と銀貨5枚です。
お支払いは、今すぐここで?」
「いつものようにお願いします」
「はい。それでは代金を運ぶ者を連れてきますので、しばらくお待ちください」
担当女性はそう言って応接室から出ていったので、俺は代金をテーブルの上に並べていった。
一束金貨25枚入りの筒を47本と金貨8枚と銀貨5枚。
並べ終わったところで担当女性と大きな布袋を持った男性が応接室に入ってきた。
数え終わった硬貨を布袋に入れて、男性が出ていった。俺は売買契約書にサインし10年分の土地使用料納付証明書を受け取った。
そのあと、明日からこの国全体が休みに入る関係で、年明け初日にうちに建築屋に来てくれるよう依頼してくれることになった。
商業ギルドを出たところで、
「善次郎さん、大きな買い物なのにあんなに簡単に決めちゃってよかったんですか?」と、はるかさん。
「うちの隣りの物件ですから、買わない手はないでしょう。それに金額についてはあんなものでしょう」
「それならいいんですが」
日本で家を建てるというのは一生の一大事だろうから、はるかさんの言っていることも十分理解できる。日本人として気持ちだけはつましく。やることは大胆に! やるなら今でしょ!
あっけないほど簡単に今日の用事は終わってしまった。
「建物の取り壊しと整地は俺と華ちゃんで一瞬だから、あとは建物を建てるのにどれくらい時間がかかるかだけ。学校のようなあまり複雑じゃない建物ならそんなに時間はかからないと思うけど、どうかな」
「そうですね。3カ月くらいで建ってもらえばいいですね」
「それなら、ちょうど日本の学校の新年度に合わせられて何かと都合がいいかも?
それはそうと、はるかさん。この正月日本に帰らないんですか?」
「すっかり、忘れてました。
明日、善次郎さんに送ってもらって防衛省にレポートを提出しますから、31日に迎えに来ていただけませんか? その間に理研には退職願を出してきます。
引き継ぎなどはありませんから、手続きも簡単だと思います」
「そうだ。いいことを思いついた。
はるかさんも防衛省の特別研究員になっておきませんか?
そうしたら、日本での年金の引継ぎとかそのほかの手続きなんかも防衛省の人事でやってくれるはずですよ」
「勝手に特別研究員には成れないような」
「はるかさんはいまは理研からの出向扱いだし、明日、防衛省にはるかさんを送るついでに頼んでみます。ダメもとだけど、何とかなると思いますよ」
「善次郎さんの口添えならうまくいきそうな気もしてきました」
その日は屋敷ではるかさんの送別会の予定だったので、屋敷ではそれなりの物を用意していた。送別会から急遽忘年会兼クリスマスになったが、内容はあいさつが少し変わるくらいなものだ。
大きなケーキを用意できればよかったが、さすがに送別会で大きなケーキはないので用意していない。俺の錬金工房で作れないこともなさそうだが、どうせ食べてしまえば同じなので、普通のケーキで十分だろう。そっちは味も保証されているしな。




