第166話 熱海の海岸
熱海の海岸に向かって緩い坂道を下っていき、開けたと思ったら砂浜の広がる海水浴場だった。砂浜の手前にはヤシの木みたいな南洋風の木が何本も連なっていた。
まだ時間が早いせいか海水浴場はそれほど混み合っていなかったが、それでもかなりの人出だ。ビーチパラソルもちらほら見える。
「いちど熱海の海岸を見ようと思ってきてみたものの、これじゃあ風情も何もないな。ここからだと、海も見えないし。
駅からここまで散歩しただけってことにしておくか」
「せっかくここまで来たんだから、波打ち際までいってみませんか?」と、華ちゃん。
「靴の中に砂が入りそうだけど、いってみるか。
みんな気を付けて歩けよ」
俺たちはぞろぞろと波打ち際に向かって歩いていった。
いちおう何かを羽織ってはいるが、ビキニのお姉さんも結構そこらにいる。子どもたちは平気な顔をしていたが、リサだけ顔を赤らめていた。ビキニに限らず女性の水着は見ようによっては下着以上だ。俺はここで下着以上という言葉を使ったが、人によっては下着以下かもしれない。それはそれとして、リサからすれば裸とさして変わらないものなのだろう。
ビキニのお姉さんは派手なだけで、どう見ても俺の連れている美女、美少女たちに勝てるような美形はいない。それはいいのだが、それだからこそ、客観的に見ると、俺だけは7人グループと進行方向が同じただのおじさんに見えるというところだろう。それでもいいんだ!
「そこのお嬢さんたち、水着も着ないで、お散歩なのかなー?」
頭の悪そうな声が後ろの方から聞こえてきた。水着も着ないで海水浴場を散歩となるとそれじゃあ、マッパに聞こえるじゃないか。
振り向くと、ガラの悪そうかつチャラそうな3人組の男が、華ちゃんに向かって話しかけていた。男たちは3人とも上半身裸で、真っ黒に日焼けしている。首から似たような金色のネックレスを下げ、耳にはピアス、頭の髪の毛は白茶けた金髪だ。しかも、腕には近代的な入れ墨をしていた。
そこまではいいのだが3人が3人とも小太りで下腹が無様に出っ張り、全くもってアタミビーチには不釣り合いだ。これでは3匹の黒ブタ、ブー、フー、ウーだ。
華ちゃんが本気で怒ったところはこれまで一度も見たことはないが、すごーくイヤそうな顔をしている。キリアは華ちゃんに並ぶように一歩前に出た。残りのはるかさんとリサ、それに子どもたちは体をすくませている。
華ちゃんに任せておくと、何が起こるか分からないし、素手ではキリアも不良にはかなわないと思い、俺が積極的に介入することにした。
温厚を絵にかいたような俺は、ブー、フー、ウーたちに向かって、
「お兄さんたち、女の子たちが怖がるから向こうにいってくれないかなー」と、やんわり黒ブタさんたちにひとこと言ってやった。
「おっさんは、なに? 通りすがりのダサーいおっさんが何イキってんの?」
「このタトゥー見えないの? 東静岡連合の名まえくらい聞いたことあるだろ?」
「おっさん、恐いもの知らずなんやな?」
3人揃って安い恫喝をかましてくれる。以前の俺ならもちろんビビッて逃げ出したろうが、今の俺は異世界帰りのちょっと怖いおっさんなのだ。俺がいくら温厚な顔をしてるからと言って、ナメンなよ。
「おっと、静岡なんちゃらって、あれか! って何だっけ?」と、俺はブー、フー、ウー3人組に素直な疑問をぶつけてみた。
「おっさん、ちょっとこっちにこんかい!」
ブー、フー、ウーは少し怒ったようだ。短気は損気、はだか単騎だとオープンリーチに振り込むこともあるんだよ。
ブー、フー、ウーのなかで一番ガタイの良いブーが俺に手を伸ばしてきた。
もちろんするりと躱したが、そのすきにフー、ウーが俺の後ろに回り込もうとしていた。
1対3の場合、1は動きを止められてしまえば必ず負けるのだが、捉まらないよう動き回っていればいいだけなので、まずは正面のブーの顔に足元の砂を蹴り上げ、相手がひるんだすきに、みぞおちに頭突きをかましてやった。
大したことのない頭突きだったが、それだけでブーはうずくまって動かなくなってしまった。いつぞやの刺客とちがって意識はあるようだから、大したダメージではないはず。
「何をしやがる!」「この野郎!」
後ろから近づいてきた二人に、俺は振り向きざまに再び目つぶしの砂攻撃。さすがにこれは読まれていたようで、砂の密度は薄かった上に、腕で目を隠されて不発だった。
二人の男の手があわや俺に届くというところで、男たちの足の下の砂を深さ1メートルほどアイテムボックスに収納してやった。いきなり足元が抜けて穴に落っこちた二人はかなりびっくりしただろう。いくら底が砂と言っても、ふいに1メートルも落っこちた衝撃が脳天に伝わったはずだ。
衝撃の追い打ちをかけるため、男たちの履いていたズボンとパンツを一式、波打ち際のあるあたりの空中に転送してやった。
穴から出ようと穴の縁に手をかけたフーとウーだが、履いていたサンダルだけの限りなくフルヌードに近いセミヌードになったことに気づいたようで、しばし穴の底で動きを止めた。
妙なものをうちの女子たちに見せたくはないので、武士の情けとばかりにさっき穴を掘るためにアイテムボックスに収納した砂をフーとウーの頭の上に出してやったら、胸まで埋まってしまい穴から簡単には這い上がれなくなった。これならお互い一安心。
「岩永さん、こうしてみると、ダンジョンのモンスターは楽ですよね」と、華ちゃん。
華ちゃんの言わんとすることは分かる。結果的に俺がしゃしゃり出て正解だったということだ。
俺は華ちゃんの言葉には答えず、
「いこうか」
「「はい」」
今の騒ぎで10人ほどの人が俺たちの方に振り向いていたが、運よくスマホを構えている人は見当たらなかった。もしもスマホを構えていたら、スマホをアイテムボックスに没収するつもりだったが、10秒ほどのできごとで対応が遅れたようだ。
俺は後ろに華ちゃん以下7人を引き連れて波打ち際まで歩いていったら、フーとウーのズボンとパンツが少し先の波間に漂っていた。空から落ちてくるあいだにズボンからパンツが離れたようだ。小太りのおっさん連中だったが、妙に派手なブーメランを履いていた。海に入って気付かず何気に手に取ってそれがなんであるか認識したら、恐怖だよな。
嫌なことは忘れるに限る。
「これが、海だ!」
俺のものではもちろんないが、異世界組5人に向けて海宣言をしておいた。
先ほどの3匹の黒ブタのおかげで、靴の中に砂が入ってしまっていたのだが、靴下は履いているもののスニーカーソックスなので、砂がソックスと足の間に入ってきて非常に不快だ。
せっかくだからと、俺は靴と靴下を脱いで裸足になって、少しばかり海の方に歩いていったら、みんなマネをして靴と靴下を脱いで、膝まで海に入ってしまった。
「そうだ! 海水をいただいておこう。あまり近くだと人が泳いでるから、ちょっと沖合で『収納』」
ごっそりとというほどでもなかったがそれなりの量の海水をアイテムボックスに収納してやった。
これで、当分水の補給も塩の補給も不要だ。海水は塩の他にもミネラルたっぷりのハズだから使い出があるぞー。
海の向こうはかすんでしまって水平線がはっきり見えてるわけではないが、俺が海を遠く眺めていたら、子どもたちはその辺りで大笑いしながらバシャバシャと走り回り始めた。
海で本格的に遊ぶのも面白そうな気がしてきた。
「波が荒くなる盆前にみんなで海水浴にいってみないか?」
「その前に、子どもたちに泳ぎを教えないと。
楽園の泉はすぐに背の高さより深くなるので、初めて水に入る子どもたちは、恐がるかも知れません」と、華ちゃん。
「となると、プール。
どこかの市民プールか、ちょっと贅沢にホテルのプールか。はたまた、どこかにプールを作ってしまうか。
この際だから、楽園の階段を下りた先の洞窟にプールを作ってしまうか? あそこなら洞窟を拡張して25メートルのプールくらい簡単にできそうだぞ。水は泉で汲んで来ればいいし発破で穴を掘るわけじゃないから水漏れもしないんじゃないか? 電気はないけど、華ちゃんのライトもあるし。
そう言えば華ちゃんのライトって何個も灯せるんだっけ?」
「何個でも灯せると思います」
「となると、まずは水着だな。
今どきの小中学生はどういったスクール水着を着ているのか知らないけれど、4人はスクール水着で十分だろう」
「そうですね。
ところで、岩永さんはスクール水着になにか思い入れでもあるんですか?」
「いや、そんなものは、もちろんナイヨ。
ダンジョンの中なら誰が見ているわけじゃないけど、あまり派手じゃなければいいんじゃないか」
「逆に派手な水着でもいいんじゃないですか?」
「まあ、本人の好みだし、俺がとやかく言いはしないがな。
そういえば、華ちゃんは水泳部だったんだから競泳水着?」
「競泳水着を着てましたが、今の競泳水着は太ももまで隠れているのが多いんですよ」
「あまりスポーツなんか気にしたことなかったから、考えたこともなかったけど、そうなんだ」
「残念でしたか?」
「それ程でもないかな」
「なーんだ」




