第149話 はるかさん、ダンジョンデビュー2
緑の点滅に近づいていったら、今度はスライムだった。キリアが前回同様フレイムタンで一突きしたら、これもナメクジの時と同様、ジューっという音をあげて動かなくなってしまった。スライムの死骸は放っておくと陸に上がったミズクラゲのように溶けてしまうので、俺はすぐ収納しておいたのだが、スライムの死骸が何の役に立つのか今のところ分からない。実は全く役に立たないかもしれない。逆に、一般の冒険者では持ち帰ることのできないスライムの死骸だから、何か凄い利用法があるかもしれないが、その利用法が発見されていない可能性もある。
はるかさんは、キリアの雄姿を激写していたので、よさげな1枚をパネルに伸ばせばいい記念になりそうだ。
いいことを思いついた!
ナメクジやスライムだと面白くないが、ケイブ・ウルフ並みのモンスターを斃したら、はるかさんに頼んで、記念写真を撮ってもらおう。バジリスクでもよかったが、トカゲではちょっと見栄えが悪いからな。
俺たちはまた洞窟を進んでいったのだが、午前中のバジリスク騒動の余波なのか、あいかわらず他の冒険者には出会わなかった。
さらに進んでいったところで、今度は一度に3つの緑の点滅がこちらに近づいてきていた。
「あの速さならスライムやナメクジじゃない。こんどは、期待できそうだ。
キリア、危なそうなら手を出さなくてもいいからな」
「はい」
「華ちゃん、何が近づいてきているのか確認して、2匹だけ斃してくれ。
残った1匹がキリアでもいけそうなら、キリアでいく。だめそうなら、俺がいく」
「了解」
それなりのスピードで俺たちに向かって走り寄ってきたのはブタだった。いや、鼻の脇からキバが出ているからイノシシのようだ。3匹ともかなり大きい。
ここで、戦場カメラマンはるかさんのカメラの連写音が始まった。
「華ちゃん、2匹頼む」
「はい。ファイヤーアロー!!」
華ちゃんの左右の手から1発ずつ白い光の矢が放たれた。
光の矢は先頭のイノシシとその後に続くイノシシの眉間に吸い込まれ、2匹はそのままの勢いで洞窟のでこぼこの路面に転がった。
華ちゃんのいつもながらの腕前だ。今の感じからして華ちゃんは両手を使って機関銃のようにファイヤーアローを放てると見た。
「キリア、いけそうか?」
「いきます!」
すでに丸盾とフレイムタンを構えていたキリアが走り寄ってくるイノシシに向かって駆けだしたので、俺も慌ててキリアの後を追った。
イノシシは、キリアに狙いを定め突っ込んできた。
ひらり。
まさにひらりといった感じでキリアがイノシシを躱し横合いからフレイムタンを一閃したら、ジュッという音と共にイノシシの頭が胴体と泣き別れてしまい、そのままの勢いで路面に転がった。俺はイノシシの首の切り口から盛大に血が噴き出てくるものと身構えたが、ほとんど血が出てこなかった。
イノシシに近づいて切り口を見たら、切り口が焼かれて固まっていた。まさにフレイムタンだ。
華ちゃんがイノシシを鑑定したら、名まえはケイブ・ボアーだった。まっ、予想通りだよな。
促成栽培のつもりだったが、キリアには本当の意味での才能があったに違いない。俺でも今の動きはまねできないと思うほど素晴らしかった。
気付けば連写音は止まり、戦場は一時の静けさに包まれていた。なんちゃって。
華ちゃんの斃した2匹のケイブ・ボアーは、見ていた通りファイヤーアローで眉間を撃ち抜かれていたが、頭が吹き飛ぶこともなく、ファイヤーアローが命中した額には5ミリほどの穴が空いているだけだった。
「今回のファイヤーアローは、頭を吹き飛ばさないよう、今までよりかなり細くしてみました」とのこと。凡人の俺には何も言うことはなかった。華ちゃんは放っておいても伸びていくし、キリアもそんな感じだ。
ケイブ・ボアーを3匹ともアイテムボックスに収納した俺は、
「少し休憩しよう」と提案した。
洞窟の路面が少し盛り上がったところに4人で腰を下ろし、
「みんな何飲む?」
「わたしはいつものように炭酸水で」と華ちゃん。華ちゃんに冷たい炭酸水を詰めた500CC入りのコーラのペットボトルを渡した。
「わたしは、コーラで」と、はるかさん。同じように冷たいコーラ入りの500CC入りのコーラのペットボトルを渡した。
キリアが遠慮しているのか何もリクエストしないので、
「キリアは何飲む?」
「えーと、わたしもコーラで」
キリアにもコーラを渡し、俺は何だか甘いものが飲みたくなったので、とろりとしたピーチジュースを飲むことにした。
「何か食べる?」
「わたしは、この前のデーツで」と華ちゃん。小皿にデーツを盛って手渡し、
「ほかにも干した果物はあるよ」
「プラムってありますか?」とはるかさん。
「プラムってこれかな?」そう言って、小皿にプラムらしきものを盛ってはるかさんに手渡した。
「これ、プラムです。ありがとうございます」
「キリアは何食べる?」
「えーと、干しブドウがあれば」
干しブドウは俺でも分かるが、黒っぽい干しブドウと緑っぽい干しブドウがあった。
「キリア、黒っぽい干しブドウと緑っぽい干しブドウあるけど、どっちにする。両方でもいいけど」
「緑の干しブドウをお願いします」
「ほいよ」。キリアに小皿に盛った緑の干しブドウを渡した。
俺は、甘いピーチジュースを飲んでいたので、何も食べなかった。
「善次郎さん、いつもこんな感じなんですか?」と、はるかさん。
こんな感じが何を意味しているのは判然としなかったが、何であれいつも通りなことは間違いないので、
「いつもこんなものですよ。なあ、華ちゃん」
「はい。いつもこんな感じです」
「ダンジョンとか、冒険者とか聞くともう少し殺伐とした雰囲気のものかと勝手に想像していたんですが、実際は違うんですね」
うーん。はるかさんの想像は多分正しいと思う。華ちゃんが有能過ぎるうえ、手を抜くことなく周囲の警戒までしていて死角がまるでない。そのせいでいい意味で危機感が全くない。
しかも俺たちはAランクなのかもしれないが、冒険者として生計を立てているわけではないので、無理をする必要も、危険を冒す必要もない。
華ちゃんの魔法が通用しないようなモンスターがいきなり現れたら苦戦するのだろうが、ダンジョンの4、5階層辺りではまずそんなことはないだろう。
「わたしたちは特別かもしれません。普通の冒険者は生活がかかっているうえ、ヒールポーションもヒールの魔法も簡単には使えないはずなので、わたしたちとは意気込みからして違うんじゃないかな」
「なるほど。
善次郎さん、日本のダンジョンが一般に開放されたらどうなると思います?」
「自衛隊の装備があれば問題ないでしょうが、さすがに銃などの自衛隊装備を冒険者に持たせるとは思えないので、かなり苦戦すると思います。言い方を変えると、かなり犠牲者が出る。
さっきキリアがケイブ・ボアーを一撃で斃しましたが、あんなことのできる一般人は1000人に一人もいないんじゃないかな。
それでも、ダンジョンに潜り続けていれば、いや、ダンジョンに潜り続けることができる人物ならそれ相応に強くなるとは思います」
「今のお話、レポートに書いてもいいですか?」
「ちょっと恥ずかしいけど、いいですよ」
「ありがとうございます。
そういえば、善次郎さん、防衛省内で岩永さんたちのこと、なんて呼んでいるかご存じですか?」
「そりゃ岩永でしょう」
「岩永さんが『Z』、華さんが『S』」
「なんでまた?」
「一時期お二人は防衛省内で最高機密だったらしいです。いまでは関係者が増えた関係で少し機密度が下がっているんでしょうが、今でも『Z』と『S』だそうです。わたしもあの会議室外での会話では『Z』と『S』を使うよう指示されていましたから」
「なるほど。それで善次郎のZに三千院のS?」
「華さんの呼称がHだとマズいんじゃないかってことで、Sになったとか」
その答えを聞いた俺は、官僚はこれくらい気を回さないと出世できないんだろうなと、しみじみ思った。ついでに、D関連室の若手、田中事務官の顔が浮かんできた。何だか華ちゃんのSは彼の進言のような気がしてならない。将来、田中事務官は防衛省で事務次官にまで上り詰めるのではないだろうか。




