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第十一話 冒険者の強み

 

 それからの三日間、俺は「ありとあらゆる状況を想定する」というお題目の元、冒険者部の皆にあの手この手でイジメられ続けた。



 合宿三日目の訓練では、Dランクモンスターの出現する二十階以上の階層を舞台に、他の冒険者によるモンスタートレインや魔物寄せの臭い袋を使ったトラップなどの対処を行った。

 さすがに直接カードで襲ってくる馬鹿はいないだろうが、他の冒険者が仕掛けた罠やモンスタートレインは法律上でも黒よりのグレーゾーンであるため、無いとは言い切れなかった。


 冒険者が迷宮に罠を仕掛ける行為やモンスタートレインが、明確に法律で禁止されていないのは、それが迷宮と言う空間では普通にあり得ることだからだ。

 モンスタートレインについては、「モンスターから逃げ続けた結果、モンスタートレインを形成して他の冒険者に迷惑をかけるくらいなら、死ね」と言うことはギルドとしても出来ず。

 罠に関しても、自分よりも数が多くて強大な敵相手に罠で対抗するのは冒険者としての技能の一つとされ、元々罠の溢れる迷宮をうろつく以上、他の冒険者が仕掛けた罠に引っかかったとしても、それは引っかかった方が基本的に不注意と判断されるからだ。


 それでも、モンスタートレインや罠を仕掛けるだけ仕掛けて放置するような行為が迷惑行為であるのは明らかであるため、そういった行為の証拠を押さえられた場合、ギルドなどから厳重注意や、悪質な場合はライセンスの資格停止などの処分が下ることもある。

 ……あるのだが、犯罪として捕まることは滅多にない。

 これらの行為が処罰されるのは、明らかに悪意を持って人をターゲットとしているという場合に限り、基本的には見逃される。例外は、本来罠の無いFランク迷宮におけるトラップの設置くらいで、これは法律で明確に禁止されていた。

 常に撮影されるレースの最中にこういった行為をする者は少ないだろうが、それでも全くいないとは限らない。

 というわけで、モンスタートレインを仕掛けられた上での冒険者の対処や、アンナや織部の仕掛けた殺傷力はないが悪質なトラップの対処などをさせられたのだった。



 四日目の訓練では、他の冒険者から三分以内に50メートル以上逃げ切る訓練を行った。

 このレースでは基本的に戦えば戦うほど不利となっていく。カードが消耗していくばかりか、自分が戦っている間にライバルはどんどん進む。時には漁夫の利を得ようと戦いの直後に挑んでくる者も現れるだろう。

 そのため、他の冒険者……特に徒党を組んで襲ってくる者たちから逃げる訓練は、必須だった。

 この訓練には、途中から師匠もプロのハンター役として加わった。もちろん、俺には内緒のサプライズだ。当然初回は逃げられるわけもなく、フルボッコにされた。一方的にやられたのは、師匠との腕の差もあるが、プロとの戦力差を想定するとのことで、蓮華とアテナの使用を禁じられたからだ。一方の師匠はアラディアを始めとしたベストメンバー。勝てるわけがなかった。

 その夜には、俺だけ一人でキャンプをさせられた挙句、三人に交代で騒音や光を当てられたりして眠れないように嫌がらせを受けた。



 五日目。合宿最終日となる今日は、寝不足の状態でこれまでの総括として十五階層から最下層の主までの踏破を行った。一階層からではなく十五階層からのスタートとなったのは、さすがに半日では踏破することができないからだ。

 道中では、モンスタートレインや臭い袋による疑似的なモンスターハウス、アンナや織部の襲撃に、師匠の追跡まであった。

 それらから何とか逃げ、時に戦い、最下層まで到達した俺を待っていたのは、主との戦闘中の襲撃だった。さすがに主とアンナを同時に相手取るのは厳しく、エスケープを選択するしかなかった。しかも、その後には当然のように織部からも決闘を仕掛けられた。

 しかし、本番の前に主との戦闘にメリットはないと気づけたのは、幸運だった。その迷宮を一番に踏破してもボーナスなどを貰えない以上、最後の迷宮は例外としても、主との戦闘は他の冒険者に押し付けた方がお得だ。

 零落スキル持ちのサキュバスは星150個なのだから、俺は三位以上ならそれで良い。確実に手に入れるためにできれば一位を取りたいところではあるが、場合によっては各迷宮の一位を譲るのも手だった。



「————模擬レースの反省点と、本番での基本的な方針はこんなところッスね。他に何か気付いたことはありますか?」


 その夜。

 一通りの訓練を終えた俺たちは、この合宿の総まとめとして反省会と本番の作戦会議を行っていた。


「僕はないかな。まあ、限られた期間の中ではやれることはやったんじゃないかな。あとはマロの頑張り次第ってことで」

「我も特にないな。あとは先輩自身の対応力に期待するしかない」


 織部と師匠の言葉に、俺は改めて皆に頭を下げた。


「今回は、俺のために何日もありがとう。マジで助かった」

「お礼と言うなら、ちゃんとレースで優勝してくれればそれで良いッスよ。優勝者インタビューなんか受けたりして、先輩と冒険者部の知名度を少しでも上げてきてください。それが巡り巡ってウチら全体の利益になるはずッスから」

「ああ、わかった」


 俺が頷くと、アンナはパンと手のひらを打ち鳴らす。


「さて! 合宿もこれで終わりということで、最後にちょっとしたレクリエーションをやって解散としましょう!」

「レクリエーションって……何をするんだ?」

「夏! 合宿! 海と来たら……花火でしょ!」


 アンナはテントから花火を引っ張り出してくると、満面の笑みでそう言った。

 ……花火って。俺たちは夜九時を回っても真上で輝く太陽を見上げ。


「……この明るさで?」


 俺たちが可哀そうな子を見る目でアンナを見ると、彼女はチッチッチッ! と微妙にムカつく感じで指を振り、言った。


「そんなことをウチが考えていないとでも?」

「ああ……そうか、一度迷宮を出てコンビニの前でやるのか。まあ、いいんじゃないか?」

「それじゃカードたちも参加できないじゃないッスか!」

「じゃあ結局明るい中でやるしかねーじゃん」

「そ・こ・で! これの出番ってわけッスよ!」


 そう言って彼女がカード化を解除して取り出したのは、やたら古めかしく巨大な注連縄だった。

 注連縄は、太さが大の男一抱え分もあり、長さも十メートル近くある、見たこともないほど巨大なモノだった。

 何かの魔道具だろうか……? と俺がそれをマジマジと観察していると、師匠が何かに気付いたようにポン! と手を打ち鳴らした。


「ああ! もしかして、それ……天岩戸の注連縄?」

「さすが神無月先輩、ご存知でしたか」


 アンナが得意げにほほ笑む。


「師匠、天岩戸の注連縄とは?」

「最近になって使い道が判明した魔道具の一つだよ。いわゆるフィールド改変魔道具の一つで、確か一時間ほどその階層の天候を夜にできるんだったかな?」


 師匠の言葉に、俺はギョッと目を見開いた。


「フィールド改変魔道具って……滅茶苦茶高いヤツじゃねぇか」


 その階層の環境を、自分のカードに都合が良いように書き換えられるフィールド改変魔道具は、どれも最低十億以上の値段が付けられている。一番高いのは『海』や『山』など地形を変更できるタイプや、天候を『昼』に変えるタイプだが、『雨』や『夜』などの条件下で能力を発揮するカードも多いため、安いフィールド改変魔道具というものは存在しなかった。

 そんなものを、わざわざ花火のために持ち出してくるとは……やはりコイツ、どこか感覚がズレている。


「ふふふ、ところがこれはまだ価値がわかる前に十七夜月家が研究用に買ったモノなので、当時は大した値段ではなかったのです。今回の合宿にあたり、倉庫に転がっていたのを拝借して来たと言うわけッス」


 ああ、なるほど……最近使い道がわかったということは、二十年間近く用途不明のアイテムとして安値で扱われていたということだからな。そう言うこともあるか。

 中には、こういう風に使い道がわかることで価値が上がることを見越して用途不明の魔道具を買い漁る投機家もいるにはいるが、その大半は二束三文のゴミを何年も抱えた挙句、大した効果ではないことが判明して買った時より安値がつき、失敗するケースが多いと聞く。

 『使い道が判明していない』というのは、『これから化ける可能性がある』ということであり、その魔道具には未知に対して一定の価値が付けられる。それが判明することで逆に価値が下がる事もあるのだ。

 言わば、一種のガチャである。

 しかし……。


「花火がしたいなら素直に夜の迷宮に行けば良いものを、わざわざ昼の海を夜に変えるとは、なんともすさまじい力技だな」

「夜の迷宮じゃ、今度は昼の海が楽しめないじゃないッスか! ウチは冒険者部の皆とそのカードたちで海を楽しんだ、という思い出が欲しいんスよ! 思い出は、金で買えない数少ないモノの一つッスからね!」

「……なるほど」


 うーん、やっぱなんだかんだ言って、俺たちの部長はアンナ以外あり得ないな。

 欠片の迷いもないアンナの蒼い眼を見て、俺は不思議と納得したのだった。




 満月の月明かりと、テントのランプだけが照らす暗闇の中で、色鮮やかな炎の花が咲く。

 時間差で赤、青、緑と炎の色を変えていく手持ち花火を見て、俺は思わず呟いた。


「綺麗だな〜」

「ですね……」


 俺の隣に座る織部が頷く。


「知ってますか、先輩たち。実は最近の花火って水の中でも消えないそうですよ」

「マジ!? それって魔道具ってこと?」

「いえ、化学です。なんでも中に酸素を発生させる薬品が含まれているんだとか」

「へぇ〜、職人技だなぁ」


 俺たちが何気なく楽しんでいるこの花火も、色んな人の努力と閃きの結晶ってことか……。

 ぼんやりと花火の炎を見ていると……。


「マロ、なんだか浮かない顔だね」


 ふいに師匠が言った。


「なにか悩みでもあるのかな?」

「あ〜、いや……」


 俺は一瞬だけ言うか言うまいか迷ったものの、結局言ってしまうことにした。

 もしかしたら師匠ならこの胸のモヤモヤを解消してくれるかもと思ったからだ。


「実は、俺って冒険者としての強み(・・)が無いなって思って」

「冒険者としての強み?」

「例えば織部なら戦略、というか作戦を立てたり相手の心理を読むのが上手いだろ? 師匠は冒険者としての技能が高水準にまとまっているし……俺はそういうのが無いな、と」

「……なるほど」


 俺と師匠の会話を聞いていた織部が怪訝そうな顔を浮かべる。


「先輩は、土壇場での閃きというか、逆境に強いのが強みだと思うが……」

「いや、マロが言っているのはそういうんじゃないと思う。なんていうか、冒険者としての特色が薄いって話だよね?」

「そう、そんな感じです」


 師匠の言葉に俺は強く頷いた。

 例えば冒険者としての力量を、リンク、戦略性、カードの質の三つで表すとしたら、俺はどれも中途半端でカードの質ぐらいしか冒険者の皆に勝るものがないのでは、と思うのだ。

 そして、それはこの三つの中で唯一、金で代用できる資質だった。


「ふむ、僕が思うに、冒険者の力量は三つではなく四つだと思う」

「四つですか?」

「うん。つまり、カードの育成だね」

「……………………」

「最近は変わりつつあるけど、今もモンコロではカードの育成はせずに、手に入れたカードを試合で数回使って転売するのが主流だ。プロがTVで使ったカードというだけで付加価値がついて高値がつくからね。そして人々の目に映る冒険者として最も多いのがグラディエーターなせいか、カードの育成という技能は、すぐに結果が出ないこともあってアマチュアの中でも軽視されがちだ。何ヶ月も掛けてスキルを習得させるより、より強いカードを手に入れた方が手っ取り早いしね。でも……」

「でも?」

「僕はカードを育てる力というのは、リンクの才能にも劣らない重要な資質なんじゃないかと思ってる。戦闘力とか、先天スキルとか後天スキルなんてカードの表層的な力のごく一部に過ぎなくて、その奥にははるかに大きな力が眠ってるんじゃないか、ってね。マロのカードを見てると、特にそう思うんだ」


 師匠はそう言うと、俺の眼を深く見つめながら言った。


「マロの冒険者の強みは、カードを育てるのが凄く上手いことなんじゃないかな」

「そりゃまた……」


 俺は苦笑し……。


「地味な力ですね」

「だが、先輩らしい力だ」


 織部は微かにほほ笑みながら、そう言ったのだった。



 そんな風にまったりと花火を楽しんでいると。


「先輩たち、小夜、見て見て!」


 俺たちが振り向くと、そこには音楽プレイヤーでアニソンを流しながら両手に花火を持ったアンナが立っていた。

 一体何事かと思ってみていると、アンナはそのまま両手を振り回し、ダンスを踊り出した。

 キレッキレの動きで見事なオタ芸を披露するアンナだったが……。


「アチッ! アチチッ!」


 当然ながら花火を振り回せばその火花の大部分は自分へと降り注ぐ。

 アンナは苦悶の声を上げつつ、見事最後までダンスを踊り切った。


「……ど、どうでした?」

「お、おお……凄かった。けど……」

「アンナ、熱くなかったの……?」

「火傷とかしなかった?」


 俺たちが心配してそう問うと。


「滅茶苦茶熱かったに決まってるでしょ! というかむしろもう、痛かった! でも、面白かったでしょ?」

「お、おお」


 アンナ、体張ってんなぁ……!

 思わず呆れ混じりの尊敬の眼差しを送ってしまう。


「もう、マスター。はしゃぎすぎよ」


 エルフのターニャが、アンナへと窘めるように言う。


「練習の時のようにサイリウムじゃダメだったの?」

「花火だからウケるんだって! 火傷とかはカードのバリアで防げるし、一瞬熱いだけだから大丈夫、大丈夫!」

「もう……」


 ……何気にアンナとターニャの会話らしい会話は初めて見る気がするが、なんか親戚のお姉さんって感じなんだな。

 ちょっと意外な感じだ。


 その後、大人しくアンナたちと安全に手持ち花火を楽しんでいると、波打ち際の方からやたら騒がしい声が聞こえて来た。


「——喰らえ! 蛇王炎殺黒龍破!」

「ヒャァァッ!? ちょ、蓮華ァ! 人に向かってロケット花火撃つな!」


 キャーキャーと悲鳴を上げながら逃げ回るメアと、ロケット花火を持って追い掛け回す蓮華。

 こういう時って蓮華って一気にガキっぽくなるよなぁ……。たまにハッとするほど大人びて見える時もあるんだが……、とそれを眺めていると。


「あの……マスター、あれ、止めなくてもいいんですか?」


 そうユウキが遠慮がちに問いかけてきた。


「別に良いだろ。メアも笑ってるし」

「ああ……なるほど。じゃあ放っておいて良さそうですね」


 そう言って、ユウキはねずみ花火へと火をつけて放り投げた。

 ……なんかさっきからそればっかりやってるな。


「ユウキ、それ気に入ったのか?」

「はい。なんか動きが面白くて」


 ふむ……確かに俺も初めてやった時はかなり面白く感じたっけ。

 さて、他の奴らは何をしているかと周囲を見渡すと、イライザと線香花火をしている鈴鹿の姿が見えた。

 ほう、これは珍しい組み合わせ、とそちらへと歩いていく。


「あ、この前私を見捨てたマスターが来た」


 俺に気付いた鈴鹿が恨めしそうに言う。

 コイツ、まだ合宿初日のことを根に持ってるのか。


「それについては、お前にみんなの輪の中に飛び込む勇気を持って欲しかったからだって言っただろ?」

「その結果、私は心に深い傷を負ったんだよぉ? ……私が参加した途端、白けたとばかりにクイズが終了した時の私の気持ちがわかる?」

「ああ、うん……それについては、正直すまんかった」


 俺は素直に頭を下げた。

 でも、あれはお前の混じり方も悪いと思うんだよな。第一声が「こんな簡単な問題もわからないんですかぁ? 私はすぐにわかりましたけどぉ」じゃあなぁ……。

 それに「なんか空気の読めない女が来ましたね。ここらで終わりにしますか」と返したアテナもキツ過ぎではあったけどな。

 ポツンと一人その場に取り残され、肩を震わす鈴鹿の姿は、さすがに憐れ過ぎた。


「そ、それにしてもイライザと鈴鹿とは珍しい組み合わせだな」

「イエス、マスター。橋姫となってからの鈴鹿のスキルは、替えが利かず優秀なモノが多いため、どうにか私も習得できないかとお話ししていました」


 イライザは、本当勉強熱心だな……。一体どこまで行きつく気だ?

 そんな彼女を見た鈴鹿が視線を逸らし呟く。


「私の仕事が無くなるのに、教えるわけないでしょ……」

「なぜですか? パーティー全体の戦力が向上することはマスターも喜ぶはずです」


 一点の曇りもない赤い瞳に見つめられた嫉妬の鬼が顔を引き攣らせる。

 私利私欲が欠片もないイライザと、独占欲の塊のような鈴鹿。ここまで真逆のヤツも珍しいだろうな。


「……前から聞きたかったんだけど、イライザはどうしてそんなにスキルを習得したがるんだ? 新しい仲間が加わると、真っ先にそのスキルが習得できないか聞きに行くよな」

「それは……」


 俺の問いかけに、イライザは珍しく口籠り。


「それが、私の中で、最初に芽生えた感情だから、です。まだグーラーだった頃、私に新しいスキルが発現して喜ぶマスターの顔を見て、私は確かに、嬉しいと、そう感じたのです」


 グーラーだった頃のように途切れ途切れにそう話すイライザを見て、俺はそうだったのかと、蒙を啓かれたような気分だった。

 彼女が自我に目覚める前から知っていたことで、俺はいつしか彼女のすべてを知っている気になっていたが、とんでもない思い上がりだった。

 まさか、イライザがそんなことを考えていて、スキルを習得したがる原点がそこにあったとは……。


「……いい、よ」


 鈴鹿が、ポツリと呟く。


「特別に、イライザにだけは、スキルを教えてあげても良いよ。……って言っても、どうやって教えれば良いかよくわかんないけど」

「鈴鹿……」

「ありがとう、ございます」


 イライザがサラリと金髪を揺らして頭を下げる。

 なんだかしんみりとした空気となって、俺たちはしばし無言で線香花火をやり続けた。

 と、その時。


「センパ〜イ! ちょっと手伝ってくださいッス!」


 アンナに呼ばれ、そちらへと向かうとナイアガラの滝を設置しているところのようだった。

 皆で協力し、二段階、横幅十メートルの超特大ナイアガラの滝を設置する。

 最後に導線を長く引いてくると、アンナが蝋燭台片手にカウントダウンを始めた。


『5、4、3、2、1、ゼロ!』


 導線は激しく火花を散らしながら、一瞬ですべての筒へと着火していく。

 同時に、勢いよく火花の雨を降らし始めるナイアガラの滝。


『おお〜……!』


 とても個人でやったとは思えない規模のそれに、思わず歓声が上がる。

 最初は赤、次に緑、青、とエリアごとに色を変えていく火花の滝。

 その色鮮やかな光を眺めながら、俺はふと強烈なノスタルジーに襲われた。

 そう言えば、こうして友達と花火をやるのなんて、一体何年ぶりだろうか……。

 小学生の頃は友達と毎年、夏の間に何回もやっていたというのに、中学に上がったあたりから全然やらなくなってしまった。

 だからだろうか、花火をやると妙に小学生の頃の一番楽しかった頃を思い出す。

 未だ男女の境がなかった頃、男女混合のグループで、何駅も離れた森へと自転車で行き、木の枝と段ボールで秘密基地を作った。

 そこは蛍の育成もやっている自然保護区で、辺りが暗くなってくると、一匹二匹、ホタルが小川の脇にあった秘密基地に迷い込んでくることもあった。

 それをみんなで夢中になってみているうちに、すっかり時間が遅くなって、御袋たちにしこたま怒られたもんだ。

 ……あの頃、間違いなく互いに親友と思っていた大輔、アイツは今何をしているだろうか。中学に上がり、別々の区域へ行くことになってからすっかり疎遠になっちまった。

 今じゃ、こうしてモンコロに出るようになっても連絡がないくらいだ。

 そういえば、当時好きだった美雪ちゃん。中学に上がったらヤンキーで評判の悪かった先輩と付き合いだして、すげぇ勢いでグレちゃったっけ。

 ……ああ、そうか。花火をしなかった理由がわかった。こうして小学生の一番楽しかった頃を思い出しちまうからだ。

 無意識に、楽しかった過去を色褪せさせてしまうことに恐怖を感じ、それで花火を避けていたのだろう。

 だが、それも————。


「————どうッスか? 綺麗でしょう? わざわざ昼を夜に変えてまでやった価値があったと思いませんか?」


 隣に立っていたアンナが、下から覗き込むように笑顔を向けてくる。小学生のように自慢げで、子供っぽい笑顔。


「ああ、綺麗だな……」


 ————だが、それも今日で最後だ。もう人生で一番楽しかった夏の記憶として小学生の頃を思い出すことはない。

 人生で一番楽しかった夏の記憶は、今日上塗りされた。

 来年の花火で思い出すのは、きっと今日の花火だ。

 こうして、この夏一回目の合宿は終わったのだった。




【Tips】フィールド改変魔道具

 本来不変であるはずの迷宮の環境を変えることができる魔道具。迷宮内のモンスターは、その環境で万全の能力を発揮できるモノが生み出されるため、雨を晴れに、夜を昼にするだけでかなり有利に戦うことが可能となる。

 中には陸を海へ、砂漠を森に変える物すら存在し、それだけでフィールド内のモンスターを全滅させることすら可能。

 フィールド改変は、高ランク迷宮になるほど需要が増していくため、どれも非常に高値で取引されている。

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