第二十六話 その扉の先に待つモノ②
二話連続投稿一話目となります。
——ハッと目覚める。周囲を見渡すと、そこは戦場だった。
洋館のホールで、倒れた俺たちを守るように、それぞれのマスターたちのカードが戦っている。
戦いの相手は、どうやら数体の山羊のようだった。微妙に自信がないのは、それが俺の知る山羊とはかけ離れていたからだ。
体長二メートルほどの身体には一切の体毛がなく黒い地肌が見えており、下半身はまるで植物の根っこのような無数の触手となっている。そんな山羊とはかけ離れた姿だというのに、なぜ俺が山羊のモンスターだと思ったのかと言うと、上半身のいたるところに生えた口から「めぇぇぇ! めぇぇぇ!」と甲高い鳴き声が漏れ出しているからであった。
そんな冒涜的な姿をしているというのに、誘うような甘い蜜の香りを漂わせているのだから不気味としか言い様がなかった。
これは……。
「ようやく目覚めたか。おっせえんだよ」
目覚めた俺に気付いた蓮華が、ニヤリと笑って言った。
「だがまぁ、ちゃんと起きたから許してやる」
「俺は……気を失っていたのか?」
隣に倒れている師匠を起こそうと揺さぶるが、起きる気配はない。
状態異常……か? だがマスターへの状態異常はバリアが防いでくれるはずだが……。
「たぶん、そういうギミックだ。マスターの精神は狼が、そしてカードは子ヤギが襲う……そういう役割分担なんだろ。……そんなことより、そろそろリンクを繋げ。連携が取り辛くてしんどいんだよ」
蓮華が、山羊へと向けて魔法を放ちながら言う。
そこでようやく俺は、カードとのリンクが切れていることに気づいた。それに、カードも蓮華とユウキ、それと眷属のライカンスロープしか場に出ていない。アンナたちのカードも、直前に召喚していた二枚のカードだけだ。
慌ててリンクを繋ぎ直し、残りのカードたちも召喚する。……やはり召喚制限自体は拡張されているようだ。それに、バッジと救難信号も音信不通か。やはりあの晶さんからの連絡も幻覚だったようだ。緊急避難は……アンナたちがこの状態では試すわけにはいかないか。まあ、どうせ無駄だろうが。
そうしていろいろと確認をしつつ、俺は蓮華へと問いかけた。
『マスターへの状態異常はバリアが防ぐんじゃなかったのか?』
『状態異常じゃない。そういう『ルール』だ。カードのバリアも所詮ルールの一つ。同じルールまでは無効化できない』
ルール、か。
Cランクからは階層にフィールド効果……一種のルールのようなものが追加されると聞く。
特定の種族を強化したり、回復魔法が使えなくなったり、召喚数制限が少なくなったり……これもそういうルールの一つだったとすれば、なるほどバリアで防げないのも頷ける。
ハーメルンの笛吹き男がそういう仕掛けを使ってこなかったのは、そう言った能力を持っていなかったからか……あるいはFランク迷宮での顕現だったからか。
そして、このマスターとカードを分断するギミックの狙いはおそらく……。
俺は場を見渡した。
やはり、師匠たちのカードの動きが悪い。リンクが切断されているのだ。
気を失っているのだから当然かと思うかもしれないが、プロ冒険者クラスともなると寝ている間もリンクの接続を保ち続けることができる。アンナたちでは無理でも、師匠ならばできるはずだ。
つまり、これはマスターとカードのリンクを遮断することが目的のギミックなのだ。
俺だけが目覚め、師匠たちがまだ眠っていることから罠は一人一人独立して掛けられているのだろう。
しかし……。
『なぜ師匠は目覚めてないんだ? 師匠なら……それにアンナも、狼と七匹の子ヤギというイレギュラーエンカウントに対しての知識もあるはず』
カードたちへとリンクで支援をしつつ、蓮華へと問いかける。
プロ冒険者になるための筆記試験には、法知識などのほかに、モンスターに対する知識も求められるという。この中には当然イレギュラーエンカウントに対するモノもあった。
ならば、師匠やアンナはこのギミックについても知っているはずなのだ。
『さあな。生半可に知っていたがために引っかかったか、あるいは二分の一を外したか……』
『どういうことだ?』
『童話の情報しか知らないなら、扉を開けるのが正解。そういうギミックだと知っているなら、逆に扉を開けないことが正解。そしてその両方を知っているなら、二分の一を当てなければいけない罠。相手の知識によって変動する罠なのかもな……』
相手の知識によって変動する罠、そんなことが……。
いや、よくよく考えればスフィンクスの謎かけのように、広く攻略法が広まっているスキルは出題を変えてくる。相手の知恵や勇気を試すことが目的のスキルならば、知識での解答を妨害する仕掛けがあってなんらおかしくない。
『それで、師匠たちを起こすにはどうしたら良い?』
『今は諦めろ。まだ起きないということはおそらく解答をミスったってことだ。この敵を倒さない限りたぶん起きない』
そう言う蓮華からは、リンクを通じてうしろめたさというか、微かな罪悪感のようなものが伝わってきた。
それはおそらく……このイレギュラーエンカウントを倒してもアンナたちが目覚める保証はないからだろう。
かつて現れた浦島太郎により老人とされてしまった少年少女たちは、浦島太郎を倒した後も元に戻ることはなかった。
イレギュラーエンカウントによる被害の中には、後遺症が残るものもあるのだ。
だが、今は倒せばアンナたちが目覚めると信じて戦うしかない。
故に、蓮華もそのことを言わなかったのだろう。
そこでふと思いつく。
『もしかして、これもまだ幻覚の中ってことはねぇよな?』
そんな俺の言葉に、蓮華が呆れたような様子で答えた。
『まだ寝ぼけてんなら、一発ビンタして起こしてやろうか?』
『冗談だよ』
ああ、コイツは本物の蓮華だ。
根拠を挙げろと言われれば困るが、俺には確信があった。
ならばもう迷いはない。
今はとにかく目の前の敵を攻略することに集中するだけだった。
『見たところ、一体一体はそれほど強くないようだな……』
山羊たちは動きも素早く、触手の脚で壁や天井も床と同じように這いまわり、さらには麻痺毒なども爪や牙に持つようで中々厄介であったが、その戦闘力自体はCランク程度しか持たないようだった。
『ああ、だが……』
蓮華の視線の先へと目を向けると、ちょうど師匠のアラディアが一体の山羊を倒すところだった。……顔立ちに見覚えがある。おそらく、大会の時に戦ったウィッチがランクアップしたものだろう。
アラディアの魔法によって頭を岩の槍に貫かれた山羊が、溶けるように消えていく。
しかし、それと入れ替わるように、すぐに館の奥から新しい山羊が現れた。
これは……。
『見ての通り、倒しても倒しても次から次へと湧いてきやがる。幸い、六匹以上は増えないようだが……』
『……六匹?』
蓮華の言葉に、周囲を見渡す。
そうか……コイツらは七匹の子ヤギか!
一匹いないのは、どこかに隠れているからに違いない。
おそらくソイツを見つければ、子ヤギたちは消える……もしくは復活しなくなるはず。
どこだ。どこにいる。童話の中で七匹の子ヤギはどこに隠れた?
その時、俺の目に大きな古時計が目に入った。
そうか……柱時計! これを壊せば……!
俺は反射的に蓮華に柱時計の破壊を命じようとして——そこで踏みとどまった。
いや、待て。本当にそれで良いのか?
柱時計に七匹目が隠れているとわかっているのは、俺が童話という答えを知っているからだ。
だが、先ほどの罠ではその童話の知識が逆に仇となった。
流れに沿うというならば、むしろ……。
『扉だ、ユウキ! 扉を開けろ!』
『!? は、はい!』
俺の突然の指示にユウキは驚きつつも、すぐさま扉へと向かう。
すると明らかに子ヤギたちの動きが変わった。
焦ったように、扉へと向かうユウキへと襲い掛かる。
ユウキはそれを軽やかに躱し、扉を蹴破るようにして開けた。
その瞬間。
————アオオォォォォォン!!!
遠くから、狼の遠吠えが響いた。
それを聞いた子ヤギたちが、蜘蛛の子を散らすように館のあちこちへと逃げ去っていく。
やはり! 子ヤギを殺すのは、狼の役目! 故に、俺たちでは倒すことができなかったのだ。
ならば柱時計の役目は……!
俺が柱時計の蓋を開けると、その先はなぜか草原へと繋がっていた。
「おい! 狼が来る前にここから逃げるぞ! 自分のマスターたちを担げ!」
俺の声に、それぞれのカードたちが自分のマスターたちを背負い柱時計へと走り出す。
そこで、ついに狼がその姿を現した。
「ゲギャギャギャギャギャギャ!!」
扉よりも遥かに大きなその体を窮屈そうに縮めて、館へと入ってくる狼。
その輪郭は赤黒い影に覆われよくわからず、まるで子供の描いたデッサンの崩れた落書きのような印象を受けた。
「ギヒヒヒッヒッ!」
狼が、俺たちを見て嗤った。見る者を凍り付かせるような悪意に満ちた笑み。
柱時計の方を見る。そこではようやく一人目の師匠が通ろうとしているところだった。
く……仕方ない!
「クロ! シロ! 足止めを頼む!」
『——グルルル!』
俺の命令に、二匹の人狼がうなり声と共に狼へと立ち向かう。
これで、なんとか俺たちが逃げ切れるだけの時間は稼げるはず。捨て駒にすることへの罪悪感はあるが、実質不死身の彼らにしかこの役は任せられない。
師匠が通り、次にアンナが、最後に織部が通ろうとした……その時。
「ギャンッ!」「ガァゥッ!」
俺たちが逃げだすのを見た狼が、人狼たちを振り払いこちらへと迫りくる。
その眼を見た瞬間、俺は敵の狙いを理解した。
マズイ……! コイツ、柱時計を破壊する気だ……!
やむを得ない! 織部だけでもここを通す!
俺がそう覚悟を決めた時、狼へと立ち向かっていく影があった。
「ほっほほほほほほほっ!」
それは、織部の土蜘蛛のカードだった。
「ここは私が時間を稼ぎますゆえ、お逃げくだされ!! なあに、どうせ私では狭くて通れませぬ! お気になさらず!」
「く、すまん! 助かる!」
「我が主様を頼みますぞ!」
土蜘蛛の声を背に、俺も柱時計の脱出路を通る。
最後にイライザも通り抜け、狼の爪が触れる直前になんとか柱時計の蓋を閉じると、脱出路は影も形もなく消え去った。
「はぁぁぁ〜……」
なんとか……逃げ切った。ホッと安堵の息を吐く。
織部の土蜘蛛……不気味な外見に反し、見上げた奴だった。
しかし……、と周囲を見渡す。
俺たちは、どうやら小さな丘の上にいるようだった。夕日が、背の低い草原を照らしている。遠くに、大きな屋敷が見えた。
あそこから転移してきたのか。
そこで、師匠やアンナたちからうめき声が上がる。……目覚めたのか!
「師匠、アンナ、織部!」
「う……ここは?」
ゆっくりと体を起こしながら、師匠が問いかけてくる。
「ここは館の外だ。師匠たちはイレギュラーエンカウントの罠で気を失ってたんだよ」
「ああ……そうか。僕は、間違えたのか……」
俺の答えを聞いた師匠はそれですべてを理解したのか、悔しそうに顔を伏せた。
その時、周囲を見渡していた織部が問いかけてくる。
「ツッチー? 先輩、ツッチーはどこに?」
「……すまん、土蜘蛛は俺たちを逃がすために足止めを」
「そうか……」
織部は一瞬だけ落ち込んだように項垂れたが、すぐに顔を挙げるとバッジや救助要請、緊急避難のマジックカードを試し始めた。
この切り替えの早さはさすがだった。
俺も、館の外に出たことで何か状況が変わってはいないかと外部との連絡や緊急避難のカードなどを試していると、師匠が追加のカードを召喚しながら問いかけてきた。
「マロ。ここが館の外で逃げてきたということは、狼を使って子ヤギたちを処理したってことかな?」
「ああ」
俺が頷くと、師匠は顎に手を当て呟いた。
「……となると、そろそろ来るな」
「来る? 狼か?」
「いや……」
師匠は首を振った。
「狼の罠に嵌まった僕たちがこうして目覚めたということは、狼が死んだということ。そして童話の中で狼を殺すのは……」
————メェェェエエエェェェエ!!
大気を揺るがすような咆哮が轟く。
「来るぞ、子供を食われ怒り狂った母山羊が……」
館の一角が吹き飛び、そこから巨大な山羊の上半身が現れた。
子ヤギたちをそのまま数十倍に大きくしたような母山羊は、七匹の子ヤギを引き連れこちらへとやってくる。
「糞、結局子ヤギも無事かよ……!」
童話の中でも子ヤギは復活するとはいえ、土蜘蛛や人狼たちまで犠牲にして狼を招き入れたというのに……結局、無駄だったのか。
歯噛みする俺に対し、しかし師匠が言う。
「いや、マロの選択は間違っていない。柱時計を壊して七匹の子ヤギを倒した場合はボスが狼になり、狼を招き入れて七匹の子ヤギを食わせた場合はボスが母山羊と七匹の子ヤギとなる。ボスとして対処しやすいのは、実は取り巻きのいない狼の方なんだけど……」
「その場合、狼を倒すまでウチらは眠ったままってことになるッスね。まあ、ウチらがカードをフル召喚して眠っていたらその選択肢もアリっちゃアリだったかもしれないッスけど……」
「各自二枚しか召喚していなかったからな……。それに無防備なマスターを庇う必要があるし、連携のことなども考えれば総合的に我らを起こした方が総戦力は高かったはずだ」
なるほど、土蜘蛛たちの犠牲もまんざら無駄ではなかったということか。
こちらの戦力を整理してみよう。
まず俺が蓮華、イライザ、ユウキ、鈴鹿でCランク四枚。メア、ドラゴネットでDランク二枚だ。このうち蓮華とユウキは実質Bランククラスの力を持つ。
次に師匠が、七枚のCランクカードと一枚のBランクカード……アラディアを持つ。どれも成長限界まで育て切った、こちらの主力だ。
その次のアンナは、Cランクが三枚とDランクが五枚。Cランクはエルフとペガサスとデュラハンで、大会の時のメンバーをランクアップさせたものだ。社長令嬢の割にはCランクカードが少ない気もするが、これは、カードは自分で稼いだ金で手に入れるというアンナの拘りのためである。魔道具などに関しては親の力を借りることに抵抗のない彼女だが、カードに関しては何らかの拘りがあるようだった。
そして最後の織部だが、こちらはDランクが三枚と正直戦力としては期待できない。Cランクの土蜘蛛が、彼女のメインだったのだ。ただ、彼女にはDランク最強のヨモツシコメがいる。ヨモツシコメは、Dランクの黄泉軍を無限に召喚することができるため、壁役として期待はできた。
「チームを二つに分けよう」
それぞれのカードをざっと見渡し、師匠が言った。
「Aチームは親山羊の撃破、Bチームは七匹の子ヤギを抑える役目だ。
Aチームはマロと十七夜月さん、Bチームは僕と織部さんでやる。僕は余裕があればAチームの援護もするつもりだ。……どうかな?」
「師匠が母山羊を担当した方が良いんじゃないか?」
俺の言葉に、師匠が首を振る。
「いや、マロかアンナさんではヨモツシコメの軍勢が七匹の子ヤギを抑えきれるようになるまで織部さんやヨモツシコメを守り切れない可能性がある。
狼と七匹の子ヤギは、長期戦になる可能性が高い。織部さんのヨモツシコメが七匹の子ヤギを完封できるようになるまで子ヤギと同数のCランクカードを持つ僕が彼女につくべきだ。
ヨモツシコメだけで七匹の子ヤギを完封できるようになり次第、僕も母山羊の方に加勢する」
なるほど……と俺たちが頷いた——その時。
「————メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」
地鳴りのような咆哮と共に、母山羊が襲来した。
【Tips】狼と七匹の子ヤギ その1
狼と七匹の子ヤギの攻略は三段階に分かれる。
第一フェーズでは、冒険者たちは精神世界に隔離され、扉を開けるか開けないかの選択を迫られる。
これは狼によるリドルスキルであり、冒険者の知識によって正解が変動する。冒険者は、知識からではなく自らの知恵と直感によって正解を導き出さなければならない。精神世界は冒険者ごとに個別のモノであり、仲間やカードたちはすべて自分の記憶から再現された偽物である。回答のチャンスは三回与えられ、これに失敗した場合、誰かが狼を殺すまでは精神世界に閉じ込められたままとなる。
第二フェーズでは、不死身の七匹の子ヤギの攻略を迫られる。
マスターが精神世界でリドルスキルに挑んでいる間にも、肉体は七匹の子ヤギたちによって攻め立てられている。カードたちは冒険者が目覚めるまでリンクが途切れた状態で、不死身の子ヤギたちからマスターを守り切らなければならない。
目覚めた冒険者は、、今度は柱時計を壊すか、扉を開けるかの二択を迫られる。
この選択によって第三フェーズでの敵が母山羊と狼のどちらか決まる。
なお、カードたちにはこの選択の回答権は与えられておらず、マスターが目覚めるまで柱時計は決して破壊できず、扉も開かない。
救済措置として冒険者全員がリドルスキルに失敗した時のみ、母山羊と狼の両方が襲来してきて第三フェーズに進むことができる。地獄。






