第二十二話 おや? 四之宮さんの様子が……?②
そして待ちに待った週末。
俺はアンナの案内で、カード交換会の会場へとやって来ていた。
場所は都内某所に存在する高級ホテル。そのパーティー会場を貸し切り、カード交換会は行われていた。
「な、なあ、言われた通り制服で来たけど、本当にこの服装で大丈夫か?」
周囲の人々の高級そうなスーツを見て、不安になった俺はアンナへとそう問いかけた。
そんな庶民感丸出しな俺に、アンナは呆れたような顔をしつつ答えた。
「大丈夫ッスよ。ほら、ウチだって制服でしょう? むしろ、変にスーツを着てくるよりも値段やブランドで足元見られないで済みますし、逆に学生の身でここに来られるということで一目置かれるッスよ。……それでもなお馬鹿にしてくるような相手は、自分が馬鹿にしている相手が主催者の娘とその友人ということも知らない奴ってことッスから、気にしなくて良いッス」
「な、なるほど」
他ならぬ上流階級の彼女がそう言うのだ、ここは納得しておくとしよう。
「しかし……本当にこれってカード交換会なのか? なんかイメージと違うというか」
俺は周囲を見渡しつつそう言った。
会場を見渡してもカードの一枚も見当たらず、参加者たちは飲み物や軽食をつまみつつ談笑している。
高額なカードの交換会ということでお堅い商談を想像していたというのに、これではどう見ても立食パーティーだった。
「ああ……ここはただの交流を深める場なんで。実際の商談は下の階の個室でやるんです」
「な、なるほど……でも、誰がどのカードを持っているとかわからなくないか?」
「参加者には事前に出品されるカードのカタログが送られていますから、それを見て目星をつける感じッスね。まあ本当の目玉はカタログに載せない人もいるんで、ここでそれを探るついでに交流を深めるっていうのがこのクラスの交換会のやり方ッス」
「はえー……って、そのカタログとやら俺は見てないんですけど」
「そりゃあ先輩には不要ッスからね。カタログだけで百万円ですし……」
カタログだけで百万円!? そりゃぼったくり過ぎだろ! いや、参加料とか、誰が何を持っているとかの情報料込みと考えると妥当なのか?
本物の金持ちたちの相場がわからず悩む俺をよそに、アンナはポニーテールをフリフリ会場を見渡していた。
「ああ、いたいた。ついてきてください」
「あ、ああ……」
大人しく彼女についていくと、恰幅のよい中年の男性と初老の紳士が談笑していた。
やがてその話が一段落したところで、アンナが自然に挨拶に入っていった。
一言二言やり取りをした後、恰幅のよい男性がにこやかに離れていく。
そこでアンナが残った初老の男性を俺へと紹介した。
「先輩、紹介します。こちらが本日先輩と取引をしてくださる札商の遠野さんです」
「あ、は、はじめまして。冒険者をやっている北川と申します」
「遠野です。よろしくお願いします。いやぁ、こうして実際にお目にかかれるとは、光栄です」
「うぇっ!?」
明らかに上流階級っぽい人にそんなことを言われ、俺は思わず裏返った声を漏らしてしまった。
「先輩は霊格再帰を発見した冒険者ッスからね。札商の中では割と有名人なんです」
アンナがこっそりと耳打ちしてくる。
な、なるほど……。霊格再帰の発見によりカード相場も当時かなり揺れ動いたと聞く。その影響をもろに受けたのは、冒険者よりもむしろ彼ら札商だろう。
これまで不良在庫として扱われていた零落スキル持ちの価値が急高騰したことで札商たちは大儲けしたはずだ。
だがその一方で、中には大損をした人もいただろう。
その度合いによっては人知れず恨みを買っていてもおかしくない、と俺が内心で警戒を強めていると……。
「はは、ご安心ください。私は大儲けをさせてもらった側ですから」
そんな俺の内心を見透かされたようにそう言われてしまった。
「あ、そ、そうですか……」
「先輩……そんな人をウチが紹介するわけないでしょう」
俺が顔を赤くして俯いていると、呆れ顔でアンナにそう囁かれてしまった。
普通に考えればその通りである。ぐうの音もでなかった。
「こちらの遠野さんは、プロ冒険者相手に復活用のカードやランクアップ用のカードを用意するのも専門にしていらっしゃる方なんです」
……なるほど、と俺は納得した。そういうニーズを満たす商売をしていたなら、零落スキル持ちを大量に抱えていただろうし、さぞや大儲けしたに違いない。
そして、アンナがわざわざ俺に紹介した理由も見えてきた。
「なんでも北川さんは復活用の座敷童とレディヴァンパイアをお求めとか。お力になれると思いますよ」
「……よろしくお願いします」
にっこりと人好きする笑顔でそういう遠野さんに、俺は頭を下げたのだった。
「……ふむ、なるほど」
場所を個室へと移した俺たちは、遠野さんへとDランクカードの束と魔道具を見せていた。
「まず、魔道具に関してですが、こちらは現金なら五百万ほど。カードとの交換と言う形でしたら六百万円で買い取りさせていただきます」
「……そうですか」
遠野さんが提示した額は、ギルドの買い取り額に若干色がついた程度の額だった。
それでも、少しでも高く売れたのは助かる。
だが、本命は次のカードの方だった。
ギルドのDランクカードの買い取り価格は、市場価格の一割。俺が持つDランクカードはどれもDランクカードの中でも低位で、一枚当たり十万から二十万というところ。ギルドの二倍、三倍で買い取ってもらえないと蓮華とイライザの同時復活はできない。
「次に、こちらのカードの方ですが……」
ごくり、と唾を飲み込む。
「これはすべて買い取り希望ということで良いでしょうか?」
「え? あ、はい……特に使う予定もありませんし」
微妙に肩透かしを食らった感じになりつつ答える。
「そうですか……失礼ですが、北川さんの御予算の方をお伺いしても?」
「えっと……一応現金で三千五百万円ほど用意してきています。それにさっきの魔道具代を足してって感じですね」
「ほう……そういうことでしたら、このカードすべてと魔道具全部と三千五百万円でこの三枚と交換ということでどうでしょう?」
「え? 三枚……?」
「はい、座敷童とレディヴァンパイア、それと中からお好きなカードをということで」
「これは……」
遠野さんが見せてきたタブレットの画面には、Cランクカードのリストが載っていた。
ご丁寧にスキルの内容まで補足されている。
リストへと視線を走らせていた俺は、その中の一枚に目を奪われた。
このカードは……。
「こちらとしては願ってもないお話ですが、……よろしいのですか?」
座敷童とレディヴァンパイアの復活用カードに加えて、さらにもう一枚Cランクカードを、となれば明らかに赤字のはずだが……。
と俺が首を傾げていると、遠野さんがその理由を教えてくれた。
まずDランクカードが思いのほか高値がついた理由についてだが、これは同種のカードが多いこと、スキル構成に大きな差がないことが高額買取の決め手らしい。
今、アメリカを中心として海外では冒険者学校の設立がブームとなっており、教材としてDランクカードの需要が増えているらしい。
教材である以上、その性能に大きな差があってはならず、同種でスキル構成に大きな差がない方がむしろ好まれるのだとか。
「こちらとしてもこれだけのまとまったカードを、復活用のカードと交換でという形はありがたいのですよ。なんせカードの交換については税金がかからないのでね」
「なるほど」
ニコリと微笑む遠野さんにこちらも苦笑する。
「現金の三千五百万の方は、座敷童の復活用カードの購入と言う形で処理させていただきますね」
「よろしくお願いします」
遠野さんが切ってくれた領収証を受け取る。札商はギルドから公認された専門店と同じ資格を持つため、札商から買ったカードはちゃんと経費として処理される。
……札商の中には資格を持たない自称も混じっているため注意が必要らしいが、今回はダンジョンマート主催のため安心して取引できた。
「それではカードの方は、一週間後にダンジョンマート経由でお届けさせていただきます」
「今回はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。これからも何かご入用の際はぜひご連絡を」
連絡先を交換し、握手を交わして遠野さんと別れる。
「……これで、先輩の戦力も完全復活ッスね」
「ああ、アンナのおかげだよ。ありがとう」
俺は深々と頭を下げた。
「気にしないでください。ウチはただ人を紹介しただけなんで」
それが大きいんだけどな。アンナが信用できる札商を紹介してくれなければ、こんなにも高値でDランクカードが売れることはなく、蓮華たちをまとめて復活できる目途も立たなかっただろう。
だが、これ以上言葉で感謝するのも野暮か。
この感謝の気持ちは、冒険者部としての活動で返していくとしよう。
……そういえば、とふと思い出す。
獅子堂は大丈夫なのだろうか?
もう何日も休み続けている。
一日二日ならばただの体調不良と考えるところだが、それが三日も続くとなるとさすがに気になってくる。
先生の話では高熱で休んでいるという話だったが……。
しかし、マジで迷宮で行方不明になっていたとしたら、さすがの獅子堂グループの奴らも俺に相談とかしてくるはず。
神経質になり過ぎてるのか?
——獅子堂の捜索クエストが届いたのは、その晩のことだった。
【Tips】札商
カードを専門に扱う商人。迷宮が現れた当初、まだカードの使い方が判明していなかった時代、カードは美術品の一種として扱われていたため、札商のビジネスシステムは画商のそれを踏襲している。
国から正式に認められた職業であるため、札商から買ったカードは年末調整でちゃんと経費として認められる。






