第二十一話 ねえ、呪いのカードって怖い話、知ってる?
結局、四之宮さんが俺に事情を話してくれることはなかった。
あれから何度か探りを入れてはみたもののそれとなくはぐらかされてしまい、放課後になると逃げるように帰ってしまった。
ここまで拒絶されては、別に恋人と言うわけでもない俺がこれ以上踏み込むのは難しい。
また明日探りを入れて見て、それで駄目なら彼女の方から相談してくれるのを待とう……と気分を入れ替え、アンナたちの元に向かうことにした。
「これは……凄いッスね。よくもまぁ、ネットからの情報だけでこんなに……」
「その小野とかいう男、探偵の才があるやもしれんな」
すっかり常連となってしまったファミレスにて。
二人に小野が集めてくれた捜査情報を見せると、彼女たちは感嘆の声を上げた。
「しかし……被害者が百人を超えていたとは」
「これ、日本では戦後最大の大量殺人事件なんじゃないッスか……」
「日本どころか、世界でも最大級だろう。もはや殺人事件というよりはテロの領域だぞ」
そういう二人の顔色はかなり悪い。俺が感じたものと同じ気持ち悪さを、この事件から感じ取ったのだろう。
猟犬使いの目的が何なのかはわからないが、そのために百人以上もの人間を殺すことができるというのは、人間の精神を逸脱している。
というか、本当に人間なのかも今となっては疑わしかった。
そんな俺の内心を読んだように織部が言う。
「……人間、であることは間違いないはずだ。手段と被害こそ人間離れしているが、ターゲット選びなどには人間の思惑が感じられる。本物の化け物は、獲物を選ばないか、逆にとことん選ぶかの二択だろう」
「なるほど……」
シリアルキラーの中には、同じ髪型の女性しか狙わない者や、特定の年齢の子供しか狙わない者など、獲物選びにこだわりを持つ者も多い。逆に、迷宮のモンスターなどは相手が子供や老人、神職者であろうと関係なしに襲い掛かるものだ。
猟犬使いは、新人冒険者や冒険者サークルに所属している者をターゲットに襲っているが、これは無差別殺人というには獲物を選んでおり、偏執的な殺人鬼にしてはこだわりが無さ過ぎる。
猟犬使いの獲物選びには『狙いやすい者』という基準が根幹にあるように思えた。
「唯一こだわりが垣間見えるのが、冒険者サークルに所属している冒険者を襲っていることについてだが……」
チラリとこちらを見る織部に対し、俺は頷き答えた。
「小野には、この冒険者サークルが星母の会と繋がりがあったかどうか調査を頼んでいる」
「さすがだ」
俺の返答に満足げに笑う織部。
「……それにしても、やっぱり先輩以外にも三ツ星冒険者で襲われている人たちがいたんスね」
「ああ……だがまあ、これはある意味では良いことでもある。先輩が唯一無二の特別ではないならば、リスクを冒して先輩を襲う理由もないということだからな。これならば先輩が一人で迷宮に潜ってもある程度は安全だろう」
だが、それは捜査が完全に行き詰まった際、『俺自身を囮にして犯人グループをおびき寄せる』という最終手段が使えなくなったということでもあった。
これで、地上で犯人を特定する以外の選択肢はなくなった。
「アンナ、グレムリンの購入ルートについてはどうなってる?」
俺がそう水を向けると、彼女は困ったように頬を掻いた。
「あ〜……一応グレムリンの取引量と購入者リストは手に入りました。ここ数か月でグレムリンの供給が減り、需要が増えているのは間違いないようです。……ただ、特定の個人が大量購入しているとか、購入者たちが特定の団体に所属しているとかではないようで。今は、彼らがそのグレムリンをさらにどこへ売ったのか、その最終的な行先を調査しているところです」
「そうか……」
……まあ、ここまで用意周到な犯人グループなら、自分たちで直接買うなんて迂闊な真似はしないか。
間にワンクッションやツークッションを挟んで集めるだろう。
グレムリンについては、いまだアンナの調査を待つしかないか。
そこで、アンナがポンと手を叩いた。
「あ、そういえば先輩、例の復活用のカードの件、目途がついたッスよ」
「え、マジか!」
「はい、今週末にウチ……ダンジョンマートが主催になって、スポンサーをやっている冒険者や付き合いのある『札商』を呼んでカード交換会を行うことになったんで、先輩もそこに参加してください」
「おお〜!」
カード交換会! プロ冒険者や札商が集まってカードや魔道具のやり取りをする場があるという話は聞いていたが、俺が参加できるとは!
ちなみに札商というのは、画商のカード版のようなものである。高額なカードや希少なスキルを持つカードを専門に取り扱い、顧客の求めるカードを仕入れてくることを生業としている者たちだ。
交換会自体は、小規模なものでも良ければアマチュアクラスでも行われていることもあるのだが、今回のように企業や富豪が主催となる交換会がそれらと異なるのはその規模と信用性である。
小規模の交換会では基本的にDランクカードがメインで数点のCランクカードがある程度なのに対し、企業が主催となる交換会ではメインがCランクカードとなり、その数も数百点と桁が違ってくる。
また、小規模の交換会では詐欺なども横行する中、企業主催の交換会ではカードの保証を企業が行ってくれるため、詐欺に遭う心配もない。
詐欺に遭う心配もなくカードのやり取りができる場というだけで冒険者からすれば垂涎モノであり、当然参加も紹介制となるため、企業主催の交換会に行くことができるというだけで一種のステータスとなっていた。
その分、高額な会員権が必要であったり、手数料もかかったりするらしいが……。
「あ、もちろん会員料とか手数料については心配しないでください。ウチが主催なんでどうとでもなるんで」
「ありがとうございますッ!」
やっぱ持つべきものはカネとコネを持った後輩だな! ……という冗談は置いておいて、これはマジで助かる話だ。交換会であれば俺の持つDランクカードの束もギルドよりよほど高く売れるだろうし、安い復活用のカードも見つかりやすいだろう。
ようやく蓮華たちを復活させることができる……!
俺は逸る心を抑えきれなかった。
と、その時のことだった。
ピピピピピピピピピピッ!
突然、アラーム音にも似た音が俺たちの間で一斉に響き渡った。
「うわっ!?」
「これは……!」
「ギルドの!?」
初めて聞く音にただただ驚く俺とは異なり、アンナと織部は表情を険しくするとすぐに冒険者ライセンスを取り出した。
そこでようやく俺は、この音の発生源とその意味に思い至った。
これは、冒険者ギルドからの救助要請か……!
冒険者ライセンスから送ることが出来る救助要請は、一度ギルドに送られた後、その迷宮を中心に近くにいる冒険者に一斉に送られる形となる。
救助要請を受け取った冒険者は、その場で救助に赴くかどうかを決める。誰も受けなかったり救助者が少なかった場合、より範囲を拡大して救助要請が送られることとなる。
それが三度繰り返されても応答がなかった場合、最終手段である自衛隊員が動くことになっているが……まぁ、大抵はそれまでの間に冒険者が動くこととなる。
なぜなら、救助要請で受け取れる報酬は、救助費用の八割となるからだ。
Fランク迷宮ならば八十万円、Eランク迷宮ならば八百万円もの救助報酬を貰えるのだ。こんなに美味しい話はない。
もっとも今の俺たちならば、報酬がゼロでも動いただろうが……。
俺たちは素早くアイコンタクトを送ると、救助要請に了承を押し、タクシーを捕まえると現場に直行した。
その間、アプリへと課金して、その迷宮の地図をダウンロードしておくことは忘れない。
「織部、猟犬使いの被害者だと思うか?」
「……いや、可能性は低いと思う。先輩に聞いた話を考えれば、被害者が敵の襲撃よりも前に救助要請を送ることは困難なはず……」
「そうか……」
まぁ、猟犬使いと関係がないことは、今回の場合はむしろ幸運だろう。救助要請者の生存確率が上がるからだ。
そうしているうちに地図のダウンロードが終わった。……うん?
そのマップを見た俺はデジャヴに襲われた。
なんだろう……、見覚えのあるような……。この迷宮に潜ったことはないはずだが……。
ああ、そうか……佐藤翔子さんの潜っていた迷宮に似ているのか。
二つの迷宮のマップを見比べてみる。
フィールドのタイプこそ森林型と坑道型と違っているが、一つ一つの階層の形は完全に一致している。
それこそ階層の順番を入れ替えてしまえば、見分けがつかないくらいに。
これは、なにか関係あるのだろうか……。
いや、ないか。そもそも、今回の救助要請は猟犬使いと関係なさそうだしな。
そうしているうちに、タクシーが迷宮へと到着した。駐車場には、すでに冒険者の物らしき数台のバイクが止まっていた。
どうやらすでに救助に来ている冒険者がいるらしい。
俺たちのほかに、四名以上か……。これだけの冒険者が救助に動いているとなれば、まあ間違いなく救助要請者は助かるだろう。
とりあえず自分の行いが誰かの命に直結する……という事態にはならなそうなので、俺は内心ホッと胸をなで下ろした。
最悪、自分がどうにかしなくても、誰かが解決してくれるだろう……という一種の傍観者心理である。
迷宮へと入ると、俺たちは同時にカードを呼び出した。
俺はドラゴネット、アンナはペガサス、織部は土蜘蛛だ。
被害者はどうやら三階層にいるようなので、カードに騎乗し一直線に向かう。
到着すると、俺たちはすぐさま三手に分かれて救助要請者の捜索をすることにした。
「では、万が一猟犬使いと遭遇した場合、すぐにバッジで連絡を!」
「了解!」
二人と別れ、すぐに俺はユウキを呼び出した。
「ユウキ、このフロアの俺たち以外の人間の気配や匂いを辿ってくれ」
「はい、……あの縄張りの主を使用してもよいですか?」
「あ、そう言えばそれがあったな。ぶっちゃけテリトリーの範囲ってどれくらいなんだ?」
「はい、Fランク迷宮程度ならその階層全体をテリトリーとすることができると思います」
「そんなにか……!?」
これまで使ったのはモンコロの試合ぐらいで、その範囲については特に意識していなかったが縄張りの主は予想よりも広範囲のスキルらしい。
「よし、じゃあ早速使ってくれ」
「はい! アオオオオォォォォーーーーン!!!」
ユウキが、ビリビリと肌が震えるほどの雄たけびを上げる。なんて声量。カードのバリアがなければ、鼓膜が破れていたかもしれないと思うほどだ。
「……! マスター、救助要請者らしき人の気配を感知しました。それと……その傍に他の人間とカードの気配も」
「あ〜、もう他の冒険者に発見されてたか」
ユウキの報告を聞いた俺は、若干拍子抜けしつつ頬を掻いた。
どうするかな……こういう時他の冒険者とバッティングするとどっちが報酬をもらうとか、分け前云々とかトラブルになることも多いと聞く。
アンナたちにも連絡を取って判断を仰ぐか。少なくとも救助要請者の安全は確認できたわけだし……。
そんなのんきなことを俺が考えてながらバッジに手を伸ばしたその時。
「いえ、マスター……どうやらちょっと違うみたいです」
「うん……?」
違う、とは?
首を傾げる俺に、ユウキは目つきを鋭くし、言った。
「——救助要請者らしき気配は、その冒険者から逃げているようです」






