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第十七話 死者を追う②

 


「と、とりあえず、追うぞ……!」

「あ、はい」


 混乱する頭で、なんとかそれだけ言って人影を追う。

 なぜ、佐藤翔子さんが? 生きていたのか? 考えてみれば、死体は見つかっていない。行方不明なだけだ。だが、なぜ未だにここに? 犯人の仲間だったのか? あるいは、脅されて協力している?

 頭の中を埋め尽くす、数々の疑問。

 だが、それ以上に疑問なのが、彼女の様子であった。

 こうして追われているにもかかわらず、カードを使って逃げるわけでもなく、自分の足で逃げている。

 こちらを誘っているのかとも思ったが、その様子はどう見ても必死……。時折振り返っては見せるその顔は、まるで捕まれば死ぬと言いたげですらあった。

 俺は少し迷いつつも、思い切って彼女に声をかけてみることにした。


「……待ってくれ! 話を聞かせてくれ!」


 ……駄目だ。反応がない。もしや、こちらを猟犬使いの仲間とでも思っているのか?


「佐藤翔子さんですよね!? 俺たちは行方不明者捜索クエストに来た冒険者です! 貴女を探しに来ました!」


 俺はそう声を張り上げるも、彼女はやはり反応しない。

 時折、こちらを恐怖の表情で振り返っては、徐々に速度の落ちてきた脚で必死に逃げている。

 その様は、どう見ても猟犬使いの一味とは思えない。

 そこで、彼女が木の根に躓いて転んだ。

 一瞬罠の可能性が頭に過るも、ここはリスクを冒してでも彼女を確保しておくべきだと判断した。


「アンナたちはここで待っていてくれ」


 そう言って、一人で彼女へと近づく。

 だが、俺が彼女に触れようとしたその瞬間。


「……ッ!? き、消えた?」


 まるで霞かなにかのように、消え失せる佐藤翔子さん。

 しまった! やはり何らかのスキルによる罠だったか!

 すぐに後ろへと飛びのくが……。


「……………………………………?」


 ……しかし、何も起こらない。

 おかしいな……。内心で首をひねる。すぐにでも敵の奇襲が来ると思ったんだが……。

 それから一分ほど警戒しても何も起こらなかったため、アンナたちへと振り返った。


「なあ? どういうことだと思う?」


 だが、彼女たちはこちらをヒいたような眼差しで見るだけで何も答えない。

 やがて、アンナが困惑しきったような青ざめた表情で俺に問いかけてきた。


「……あの、何の……話ッスか?」

「何の……って」


 今度はこちらが困惑する。

 佐藤翔子さんが生きていたんだぞ? どう考えても異常事態だ。彼女が犯人の仲間だったとしても、犯人に脅迫されて協力させられていたのだったとしても、有力な手掛かりには変わりない。

 それに、今目の前で忽然と消えてしまったことについてもだ。罠だったとしたら、敵の襲撃を警戒せねばならない。

 そういった諸々を含めた質問だったのだが……彼女たちの反応はどうにも鈍かった。

 躊躇いがちに、アンナが言う。


「……先輩はさっきから何を追って、何に……話しかけていたんですか?」

「……は?」


 ゾクリ、と俺の背に冷たいモノが走る。

 …………アンナたちには、佐藤翔子さんの姿が見えていなかったのか?

 あんなにもハッキリと存在していたのに。


「あの、マスター……あちらから、血の臭いが……」

「なに……?」


 ユウキの先導で、臭いの元を辿る。

 道から外れ、草木をかき分け進んでいくと……。


「う……ッ」

「ヒッ……!」

「これは……!」


 ————そこには、若い女性と思われる死体があった。


 迷宮のモンスターに食い荒らされたのだろう、原形をとどめていない無惨な死体。

 時空が歪んでいるという迷宮の特性のためか、死体の腐敗は進んでいない。しかし、それが逆に『新鮮』な死を見る者に伝えてきた。

 まるで、あと数分早ければ、助かったのに……そう彼女に言われているかのような……。

 グロテスク、という意味であればヨモツシコメの悪臭と外見の方がキツイだろう。

 だが、カードのそれとは違う同じ人間の“死”は、俺たちに全く異なるインパクトを与えてきた。

 俺は死体を前に一歩も動けず、アンナはか細い悲鳴を上げ青ざめ、織部はなぜか目を見開いて俺の方を見ている。

 そして……死体が身に着けていた衣服は、先ほどまで俺が追っていた佐藤翔子さんのモノで、比較的損傷の少ない頭部に残る面影も、これが佐藤翔子さんその人であるということを証明していた。


「……ッ」


 それに気づいた時、自分でも予想外なほどの衝撃を受けていた。

 それは、あと少し運が悪ければ俺もこうなっていた、ということに対する恐怖にではない。

 確かに、その恐怖もあった。この光景を見て、自分もそうなっていた可能性が高いと知って恐怖しない奴はいないだろう。

 だが、それ以上に俺が衝撃を受けたのは、『実際に被害者が出ている』という事実そのものにであった。

 おかしな話だが、自分自身も猟犬使いに襲われて尚、多くの人たちが死んでいる……殺されているということへの実感が無かったのだ。

 たくさんの人が死んでいることは理解していたつもりだった。だが、それは文字としての情報だったのだ。

 だが、こうして死体を目にして、ようやく、猟犬使いの所業がどういうものなのかということがわかった。

 これは……惨い。惨過ぎる。

 気づけば、俺は彼女に向けて手を合わせていた。

 アンナたちもそれに倣い、彼女の冥福を祈り始める。

 今は、ただ……そうするしかなかった。


「それで……」


 やがて数分の黙とうが終わると、ふいにアンナが呟いた。


「この方は佐藤翔子さん、ということで良いんでしょうか?」

「おそらく。ほかにこの迷宮で未帰還者が出ているという情報もないし……」


 俺がそう言うと、アンナは恐る恐るという風にこちらを見た。


「この方が佐藤翔子だったというなら……」

「あ、ああ……」

「それじゃあ……さっき、先輩が見たモノは一体……」

「………………………………」


 ぞくり……と静かな悪寒が背中を走る。

 このご遺体が、身に着けた衣服などから佐藤翔子であることは、まず間違いないだろう。

 それはつまり、俺が追いかけていたモノは生きた彼女本人ではなかったということで……。

 また犯人が俺にだけピンポイントで彼女の幻影を見せる理由もなく……。

 ということは、アレは……。

 アンナがジリジリと俺から距離を取りながら言う。


「ぶっちゃけ、先輩ってそういうの『見える人』なんスか……?」

「い、いや、そんなことはない、はず……」


 生まれてこの方、霊魂だのなんだのというモノとは無縁に生きてきた。

 そもそも霊視能力とか……そんな主人公っぽい技能が俺の中に眠っているとは思えない。

 だが、その一方で幽霊……魂の存在自体は否定できなかった。

 なぜならば、俺はかつてハーメルンの笛吹き男に囚われた子供たちの魂を目撃しているからだ。

 あれはただのスキルによるエフェクトだったと考えることもできるが、子供たちの死体を見て蓮華が言った「まだここに囚われている」という言葉を鑑みるに、あれは子供たちの魂を利用したスキルだったのだろう。

 だが、それ以降俺がその手のモノを見たことはない。

 もしもハーメルン戦で魂の存在を認識し、霊視能力的な才能が目覚めたとするならば、迷宮の外でも見えておかしくないはずだ。

 それが、なぜこのタイミングで見えるようになったのか……。

 それに、先ほどのアレは幽霊というには少しおかしかった。無念を語り掛けてくるというわけでもなく、まるで、過去の映像を何度も再生しているだけのような……。


「おそらく、先輩が見たものは残留思念だな」


 織部が、突然そう言った。

 一体なにを、と目を向けると……。


「霊体が先輩に語り掛けるわけでもなく、死の直前の行動を繰り返していたとすれば、それは残留思念に違いない。先輩の目は、現場に焼き付いていた被害者の強い思念を読み取ってしまったのだろう」


 そう早口で語り出す織部の眼は、普段のジト目とは異なりカッと見開かれており、爛々と光っていた。


「魂は存在するのか。これは、死霊系モンスターが現れた今となっても科学的に証明はされていない。しかし、神仏系のカードの一部は魂の存在を公言しているし、一部の魔道具は死者との交信を可能とするものもある。つまり、霊魂は存在し、ならば幽霊がいてもなんらおかしくないということだ!」

「さ、小夜、落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるか!」


 おずおずとなだめようとするアンナに、噛みつくようにそう言う織部。

 普段のクールな素振りからは想像もつかないような興奮ぶりだった。

 ……ぶっちゃけ、ちょっと怖い。


「魔道具で死者と交信した者はいても、生身で霊体を見た者はいない! 自称霊能力者は腐るほどいるが、先輩は正真正銘の本物だ! なんせ霊視能力で遺体を発見したのだからな! まさかこんな身近に霊能力者が実在するとは……! すごい、凄すぎる!」


 まるで憧れの芸能人に出会ったかのように、頬を紅潮させてこちらを見る織部。

 どうやら霊視能力があるということが、オカルト好きで厨二病患者の彼女のストライクゾーンに突き刺さってしまったようだ。

 が、正直全く嬉しくなかった。むしろ一生見えないほうがありがたかったくらいだ。


「先輩はどうやってその能力に目覚めたんだ? やはり、生まれつき? それとも生死の境を彷徨い、潜在能力を開花させたのか!? 霊力的なものは感じられるのか? そ、それを我にも分け与えることは!?」

「い、いや、そんなこと言われても……」


 俺にもどういうことかさっぱりわからないし、あげられるものならあげたいくらいだ。

 織部の勢いに俺がたじたじになっていると、見かねたアンナが間に入ってくれた。


「ま、まぁまぁ、その話はあとにしよう? ね? こんなところでする話じゃないし……」

「そ、そうそう、先に遺体と遺品を回収しねーと。いつまでもこのままじゃ忍びないしな」

「む……そうだな、確かに不謹慎か。彼女の魂もここにいるわけだしな……」


 俺たちがそう言うと、織部は大人しく引き下がった。

 それにホッと胸をなでおろし、そこでピタリと止まる。

 ……これ、誰が回収するんだ?

 チラリと遺体を見る。獣系のモンスターに食い荒らされたのだろう肉体の破損状態は極めて酷く、直視に耐え難い惨状であった。視界に入れるのですら躊躇われるような状態なのだから、それを直に触れるのはより抵抗があった。

 ……やっぱ、俺がやらなきゃいけないんだよな? 唯一の男だし。

 だが……ぶっちゃけ、やりたくない……。

 先ほど彼女の冥福を祈った身で、と呆れられるかもしれないが……それとこれとは話が別だった。

 いくら冒険者とはいえ、人間の死体に慣れているわけではない。

 俺も人の死体を見るのは、ハーメルンの時の子供たちの死体を除けばこれが初めてだった。

 つまり、こういうことに関して俺たちはただの高校生であり、ただの高校生が死体……それも惨殺死体を率先して回収するなんてできるわけがないのである。

 しかも、俺は先ほど彼女の幽霊らしきものを見てしまっている。

 もし遺体に触れることで呪われたら……と考えると、被害者への同情よりも恐怖がわずかに上回った。

 ああ、こういう時にイライザさんがいてくれたら……と思っていたその時、スッ……と織部が前に出た。


「お、織部……?」


 え……嘘、まさか……?

 と思いつつ期待の眼差しを向けると、彼女は懐から取り出した白い手袋をつけつつ……。


「ここは我に任せておけ。調べたいこともあるしな」


 何でもないことのようにそう言った。……いや、おっしゃった。

 おおおお、すまん! ありがとう! 情けない先輩で申し訳ない!

 俺が内心で心からの感謝を捧げる中、織部が遺体の見分を始める。


「遺体の状態が酷いな……これでは犯人が殺したのか、この階層のモンスターが殺したのかはわからないか。もっとも、殺すならここのモンスターと同じカードを使うだろうがな……。

 だが……婦女暴行を受けた痕跡はないか。とりあえずそういう方向で下劣な犯人ではないようだな。あるいは、女……か?

 持ち物は、ライセンスや財布、それに定期とスマホか。催涙スプレーすら持っていないとは、この軽装といい、ずいぶんと油断していたようだな。やはり初心者や警戒の薄れてきた者をターゲットにしているのか?

 財布は……万札が入っているか。それに電子マネー機能付きのキャッシュカードも。やはり単純な金銭目的の犯人ではないようだな……」


 ぶつぶつと呟きながら、テキパキと遺品を回収していく織部。

 そして最後に、ヨモツシコメに指示を出し、用意していた専用の袋へと遺体を納めさせると、こちらへと振り返った。


「ふぅ……終わったぞ」

「お、おお! お疲れ。いや、マジで助かったよ。……それで、何か見つかったか?」

「ああ、ライセンスとスマホが見つかった。やはり、機械破壊を受けているようだ。スマホだけならまだしも、ライセンスが壊れているのは間違いなくグレムリンの仕業だ」

「ということは、猟犬使いと同様の手口ってことで確定ッスね」


 これで犯人がグレムリンを犯行に使用しているのは確定したか。つまり、俺があのタイミングでグレムリンの襲撃を受けたのも偶然ではなかったということだ。

 あの時、帰っていれば……。いや、猟犬使いは明らかに俺を狙い撃ちにしていた。遅かれ早かれ、いずれは襲われていただろう。

 むしろあそこで帰っていた場合、猟犬使いは俺への警戒を深め、より万全の体制をとって俺を襲ったことだろう。

 そうなれば、『転移』のマジックカードを使う余裕もなく、俺は命を落としていたに違いない。

 そう考えれば、あの時襲われたことも『不幸中の幸い』だったのだろう……。


「それで、例のアレとやらはあったんスか?」

「いや……残念ながらなかった。まあ最初からすべての被害者が持っているとは思っていなかったからな。むしろ、持っていたら不自然だ。故に、持っているとしても数人に一人程度だと思っていた」

「なる……ほど?」


 首を傾げるアンナ。

 犯人が被害者を階段から逃がす理由であり、被害者が懐に持てるだろう物で、すべての犠牲者が持つわけではないモノ……?

 一体アレって何なんだ……? 気になるが……本人が今は言う気がない以上、無理に聞き出すわけにもいかないか。

 ……汚れ仕事もやってもらったわけだし。


「とりあえずご遺体も回収したことだし、地上へと帰るか」


 猟犬使いが襲ってくる可能性もゼロではない。

 いろいろ考えるのは地上で落ち着いてからでも良いだろう。

 ……それにしても、この霊視能力はなんなのだろうか。

 最下層の帰還用のゲートへと向かいながら、一人思案する。

 これまで見えなかったものが、このタイミングで見えるようになったのは、なぜだ?

 俺の中で眠っていた才能が開花した……なんてことはないはずだ。俺にその手の特別な才能がないことはよく理解している。

 俺にそう言った主人公的補正があるとすれば……それは外付けで与えられたものだろう。

 外付け……もしこれが誰かの意図によって与えられた能力だとすれば……。

 死者の霊を俺に見せることで、何を伝えたいんだ?

 佐藤翔子さんの姿をよく思い返す。

 彼女は、逃げていた。つまり、カードを渡した後猟犬使いにその場で殺されることはなく、実際に階段から逃がされることは確実となった。しかし、もしそれで被害者が偶然他の冒険者と出会い保護されたらどうするつもりだったのか。

 ライセンスやカメラを破壊しているということは、自分の痕跡を消したいことは事実のはず。

 にもかかわらず、被害者の証言という証拠が残るような真似をする理由はなぜなのか……。

 その疑問が俺の頭の中でぐるぐると回り続けるのだった。


【Tips】眷属召喚

 召喚主よりも下位のモンスターを呼び出すスキル。多くの場合、ワンランク下のモンスターが呼び出されるが、中には同ランク下位のモンスターを呼び出すことができるカードもいる。

 眷属召喚は、一定時間ごとに少数を無限に呼び出すタイプと、数に制限はあるが一気に多くのモンスターを呼び出すタイプの二つがあり、同ランクを呼び出すタイプは後者が多い。

 呼び出される眷属は、本来の種族の戦闘力よりも低く、また先天スキル以外のスキルを持たず、戦闘力の成長などもしない。

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