第十六話 頼むからもう一度チャンスをくれ
翌日の放課後。俺たちはさっそく行方不明者の手がかりを探すため、迷宮へとやってきていた。
「ここが、佐藤翔子さんが消息不明となった迷宮か」
迷宮へと足を踏み入れた俺は、ぐるりと辺りを見渡した。
フィールドのタイプは、森林型。生い茂る木々の隙間からは適度に夕日が差し込んでおり視界も明るく、気温も春ぐらいの温度で心地よい風が吹く、如何にもエンジョイ勢が好みそうな迷宮であった。
Fランク迷宮で事故が起こるとすれば夜の迷宮で雨などの悪天候である場合が多い。
やはりこの攻略に最適な環境で行方不明者が出るのはおかしい、と俺はこれが事件であることへの確信を深めた。
「佐藤翔子さんが行方不明になったのはちょうど一週間前だったか?」
「はい。クエストによると……一人で迷宮に潜って帰らない佐藤翔子さんを心配した知人が、二日後に捜索依頼を出した形ッス」
「確か、冒険者歴はそこそこあるんだよな?」
「記録によると一年くらいッスね」
一年……。冒険者歴からすれば俺より先輩になる。迷宮に潜る頻度にもよるが、カードへの指示やモンスターの襲撃にも慣れている頃だろう。
ちょっとしたアクシデントくらいで、Fランク迷宮で行方不明になるとは思えない。
やはり、彼女はこの迷宮で誰かに襲われたのだ。おそらくは……猟犬使いによって。
「……とりあえず、カードを召喚しておくか」
帰還のゲートを背にしているとはいえ、どこに犯人が潜んでいるともしれない迷宮だ。
そろそろカードを召喚しておいた方が良いだろう。
俺は懐から、ユウキのカードを取り出した。
そこに描かれているのは、見知った名前の、見知らぬ美少女。
年の頃は、俺と同じくらいだろうか。暗緑色のメッシュが入った茶髪をポニーテールにしており、ぱっちりとした大きめの瞳は月のような淡い金色で、快活そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
……あれからいろいろと調べてみたものの、新しく得たスキルのほとんどが名前すら出てこず、かろうじて分かったのが、縄張りの主と高等忍術のみであった。
このうち高等忍術の方は割と簡単に調べることができ、これは日本のローカルスキルであった。
ローカルスキルとは、特定の地域のモンスターのみに出現する特殊なスキルのことである。
中国の仙術や、ヨーロッパの魔女術、北欧のルーン魔術など……。その特定の地域で出現したモンスターしか身に着けることのできないスキルを、通常のスキルと区別してローカルスキルと呼ぶ。
ローカルスキルの特徴の一つは、通常の魔法スキルと異なり汎用性が落ちる代わりに尖った特徴を持つことだ。
忍術スキルの場合は、変化の術や分身の術など、敵を惑わすような術が多い。
例えば、水遁の術。これは水の中に身を潜め、水中での長時間の活動を可能とする忍術だ。
……今思えば、あの日湖から奇襲してきた猟犬使いのライカンスロープも、忍術スキルを持っていたのだろう。
いくら忍術スキルがマイナーで持つものが少ないとはいえ、無警戒に湖を背にしたのは俺の失敗だった。
次に、縄張りの主だが、これは自身を中心として戦闘力に応じたテリトリーを形成するスキルだった。気配察知と集団行動そして回復系スキルを複合させた上位スキルで、テリトリー内に侵入した敵の気配を察知し、味方全体の能力を向上させ、わずかながらダメージや疲労も回復させることができるらしい。
欠点と言えばテリトリーを発生させている最中はユウキの存在を周辺に知らしめる形となってしまうため、戦闘力が離れすぎている弱い敵を遠ざけ、同格以上の敵を惹きつけてしまうこと。周辺の敵の戦闘力に応じてテリトリーの範囲が狭まってしまうことくらいだ。
それでも索敵と味方全体の能力強化、持続回復というメリットは、デメリットを補って余りあった。
真なる者や限界突破など詳細がわからないものも多いが、縄張りの主と高等忍術だけでもこれまでの戦略をガラリと変える力がある。
それこそ、あの時このスキルがあれば猟犬使い相手にももう少し食い下がれたのではないかと思うほどに……。
それだけに、得た力が大きければ大きいほど、本当に俺の知るユウキなのかという不安があった。
だがそれも、今ここで彼女を呼べばはっきりすることだ。
「来い、ユウキ!」
迷いを振り払い、ユウキを召喚する。
光と共に、イラストに描かれていた少女が姿を現す。
身長は……160センチ半ばほどで、蓮華とイライザの中間くらい。細身で引き締まった体つきをしており、アスリートのような体型。身に着けているのはへそ出しタートルネックの白いノースリーブで、割れた腹筋が覗いている。下半身は、対照的にダボッとした黒いズボンで体のラインが見えない。
全体的に活動的な印象を受ける美少女だった。
「ユウキ……なのか?」
どことなくかつてのユウキと同じ雰囲気を纏いながらも、まったくの別人となってしまった彼女に、恐る恐る問いかけると……。
「はいッ! マスター!」
目じりに涙を浮かべて彼女は……ユウキは答えてくれた。
その柔らかな物腰と声音はクーシーだったころと変わらないもので。
その背にブンブンと振られる尻尾を幻視したのは、俺の感傷によるものだろうか。
一先ずホッと胸をなでおろしつつ、俺はリンクに切り替えて彼女に問いかけた。
『……一体何が起こったんだ? いつの間にライカンスロープになったんだ?』
『それは……すいません、ボクも良くわからなくて……』
『そうか……』
『それよりも……すいません、マスター。ボクだけ力になれず……』
そう言って、悔し気に頭を下げるユウキ。
リンクを通じて、仲間たちを置いて逃げるしかなかった自分に対する無念と情けなさが伝わってくる……。
だが、それは……。
『いや、それはお前のせいじゃない。俺の判断ミスのせいだ』
引き際を間違えたのは、俺。蓮華たちを捨て駒に逃げるのを決めたのも、俺。すべての責任は俺にある。
自分の敗北の責任をカードに押し付けるようになったら、冒険者としても人間としてもお終いだ。
それが、無様に逃げるしかなかった俺に残った最後の意地だった。
しかし、それでもユウキは首を振る。
『いえ、それでもあの時ボクがもっと強ければ…………マスター』
ユウキが強い決意を瞳に滲ませ、こちらを見つめてくる。
『どうした?』
『二枚のライカンスロープのカードはまだ持ってありますか?』
『ああ、あるが……』
『もしよければそのカードをボクに譲ってくれませんか?』
『は……?』
思わず、呆気にとられた。
カードがカードを欲しがるという異常な状況に、理解が追い付かない。
『え、ど、どうしてだ?』
『ボクの新たなスキル真眷属召喚は、……他のカードを喰らってそのモンスターを取り込むスキルなんです』
『カードを喰らって取り込む……?』
『マスターは通常の眷属召喚のスキルはご存知ですか?』
『ああ』
眷属召喚のスキルは、同ランク下位、または下のランクの特定のモンスターを一定時間ごとに無数に、あるいは一定数を自在にトークンとして呼び出す能力だ。
前者の場合は、ハイコボルトがコボルトたちを呼ぶように、一体ずつ時間をかけて呼び出さなくてはならないが、その数は無制限に呼び出すことができる。
後者の場合は、かつて戦った水虎のようにあらかじめ呼び出せる数に限りがあるが、一度に多くの数を呼び出すことができ、また前者と比べて一体一体の能力値が高い。
またトークン全体の傾向として、その種族の本来の戦闘力よりも低い戦闘力しか持ちえず、有するスキルも先天技能のみ、また呼び出したトークンは記憶の引継ぎも成長もしない、というものがある。
つまり、眷属召喚とは下位種族の影のようなものを呼び出す能力なのだろう。
完全に、質よりも量を重視したスキルと言える。
それでも、迷宮内における召喚枠を無視して味方を増やせるという能力はすさまじく、眷属召喚のスキルを持つカードは軒並み高値がつけられている。
現在眷属召喚のスキルを持つカードは、そのほとんどが先天スキルとして有するものばかりで、後天スキルとして覚えさせる方法は見つかっていない。
ごくまれに、カードとしてドロップした際に最初から後天スキルとして持っているものが現れるくらいであった。
……とまぁ、眷属召喚のスキルについて俺が知っていることはこんなところだ。
『ボクの真眷属召喚のスキルは、通常の眷属召喚のスキルとは少々異なります。まず眷属召喚のスキルでは何の触媒もなくモンスターを呼び出せるのに対し、真眷属召喚のスキルは同種族のカードが必要となるのです。また呼び出せるトークンの数は、取り込んだカードの枚数分となります』
『ふむ……』
同種族のカードが必要となる、というデメリットから始まった話に俺は少しばかり思うところがあったが、最後まで聞いてから判断しようと先を促した。
『次に、通常のトークンは最低限の性能しか持たず成長もしませんが、ボクの呼び出すトークンは取り込んだカードの性能をそのままキープし、さらには経験を積ませることで通常のカード同様成長させることができるのです。しかも、通常のトークン同様死んでも失われることなく、時間が経てばまた呼び出すことができます』
『マジかよ!?』
ユウキの言葉に、俺は今度こそ驚きを隠せなかった。
成長するトークンを出せるなど……事実上不滅のカードを呼び出せると言っているに等しい。
それはもはや、カードの域を超えてマスターのそれに近いものだ。
いや、触媒にカードを必要とすることから考えても、これはカードのマスター化と呼ぶべきスキルなのだろう。
強すぎる……。Aランククラスのスキル……は言い過ぎとしても、Bランク上位スキル並みの力があった。
『もっと詳しいことを教えてくれ』
それから真眷属召喚の詳細を聞き出していった結果、以下のことが分かった。
・トークンを登録するには同種族のカードが必要。取り込んだカードは戻すことができない。
・トークンは通常のトークンと異なりカードのように成長することができる。ただし通常のカードに比べ成長は遅く、スキルも発現しにくい。
・トークンが死んでもクールタイムが必要なだけでロストはしない。
・トークンには、本体の持つスキルを一つ、ワンランク下げた状態で付与することができる。
・登録できるカードの枚数は現状三枚まで。それ以上は、どれか消してからでないと不可能。この数は、今後成長する可能性がある。
・あまりにトークンの扱いが悪い場合、通常のカード同様反逆系のスキルを得てしまうことがある。
・ユウキがランクアップした際は、種族が変わってしまうため取り込んだカードは失われる。
……デメリットはある。取り込んだカードは戻せず、ランクアップした際は失われるというのは痛いし、扱いが悪ければかつての蓮華のような『閉じられた心』などの反逆スキルを得てしまうのもキツイ。
だが、それ以上に成長できるトークン……いや、ロストしないカードを呼び出せるようになるというのは強大なメリットだった。
とりわけ、迷宮の召喚制限を超えて呼び出せるというのが魅力的だ。
通常の迷宮攻略はもちろん、モンコロの試合においても役立ってくれることだろう。
『他のスキルについては?』
『真なる者については……すいません、よくわかりません』
シュンと頭を下げるユウキ。スキルの中には、取得した瞬間に使い方がすべてわかるものと、使い手ですらよくわからないもの、あるいはその混合型の三パターンがあった。
一番目は魔法スキルや技能スキルに多く、二番目は勇者スキルなどの特殊なタイプが多い。真なる者も、勇者スキル同様特殊なスキルのようであった。
なお、ほとんどのスキルは三番目のパターンとされている。
『そうか……限界突破は?』
『あっ、そちらは少しわかりました。限界突破は、初期戦闘力と成長限界が二倍になって、一部スキルの力を通常以上に引き出せる能力のようです』
『二倍! 事実上Bランクってことじゃねぇか!』
いや、Bランクは先天スキルもCランクより強力なため劣化Bランクと呼ぶべきだが、それでもCランクの枠には収まらないだろう。
それどころか、もしユウキがランクアップしてもこれらのスキルを引き継げたとしたらその力はAランクにも匹敵することになる。
ヤバイ……ヤバすぎる。真眷属召喚も限界突破も……。
ゾワゾワと背筋が粟立つような興奮がせり上がってくる。
この力があれば、今度こそ猟犬使いの奴を……!
同時に、頭の中の片隅の冷静な心が恐怖を訴えていた。
この力は強すぎる。一般のスキルの枠を超えている。特に、限界突破のスキルは、カードのランクというシステムを逸脱するものだ。
もしこのスキルがバレたら、トラブルを招くのではないか……。
……いっそ、ギルドにこの新スキルのことを報告するべきか。
ギルドには、新しいスキルを報告した際、報奨金が支払われるシステムがある。
それはカードの研究を進めるためのものであったが、報告者をギルドが保護するためのシステムでもあった。
ギルドに報告すれば、多少の実験に協力はさせられるだろうが、その代わりにいろいろなトラブルから守ってくれることだろう。
……ギルドそのものが敵に回らなければ、の話だが。
ギルドも所詮は国の機関の一つだ。綺麗なだけの国など存在しない。いざとなれば『俺ごと』押収される可能性もあるだろう。
ひた隠しにするべきか、自分から報告するべきか……。
「あの〜、どうしたんスか? 何かトラブルでも?」
ずっとリンクで会話している俺たちを不審に思ったのだろう、アンナがそう問いかけてきた。
……いろいろと考えるのはここまでにしておくとしよう。
「ああ、いや、なんでもない。……それがお前らのパーティーか」
ユウキに『その話はまたあとで』と伝えつつ、俺はアンナたちへと振り返ると、そこには彼女たちが召喚したカードの姿があった。
アンナのカードは美しい翼を生やした白馬……ペガサスだった。おそらく、以前の試合でも戦ったことのあるユニコーンをランクアップさせたのだろう。
ペガサスには轡と綱、鐙がつけられており、アンナに乗馬の嗜みがあるのが見受けられた。
こういうところを見ると、普段はそう見えないことも多いが、彼女がれっきとしたお嬢様なのだということを実感させられる。
エルフの従者に、白馬のペガサス。社長令嬢でハーフ系美少女のアンナのイメージにぴったりな、実に見栄えの良いパーティーであった。
一方、織部のそれは……。
「うぅぅ……いつ見てもキモいぃぃ」
「キモイって言うな! ツッチーは強くて優しくて賢くて、忠誠も高いんだぞ!」
俺の視線に釣られて、織部の呼び出したソレを見てしまったアンナが、全身に鳥肌を立てて身を震わせた。
そんな彼女に対し、青筋を立てて抗議する織部。若干、マジ切れ気味だ。
……だが、織部には申し訳ないが、俺も彼女のカードはちょっと……キモイ、と言わざるを得なかった。
丸みを帯び肥大化した胴体に対し、異様に細く長い八本の脚。全身に夥しく生えた、虎柄の繊毛。その背には、巨大で不気味な老婆の顔が張り付いている。
土蜘蛛。それが、織部の呼び出したカードの名前だった。
『マスター、お気になさらず。私は気にしておりませぬ故……』
「ツッチー……」
アンナの言葉を受けて、ニコリと微笑む土蜘蛛。そんな彼女を心配そうに見つめる織部。
カードとマスターの心温まるやり取り……とはさすがに言えなかった。
下手なホラーなんかよりもよほど怖いその光景を見たアンナの顔に、ガチの涙が浮かぶ。
「ウッ……吐き気が……」
「おい! さすがに失礼だろッ!」
口元を抑ええずくアンナに、今度こそキレる織部。
「ま、まあまあ、落ち着けって。アンナ……人のカードを馬鹿にしたり気持ち悪がったりするのはマナー違反だぞ」
「う……ごめんなさいッス。つい……」
心情的にはアンナよりであった俺であったが、俺はそう彼女たちを宥めた。
実際、迷宮内で他の冒険者のカードを馬鹿にしたりする行為は重大なマナー違反と言われていた。
時にはカードを使っての決闘沙汰にも発展するため、度重なる挑発行為はギルドから厳重注意を受けるレベルだった。
……とはいえ、女性冒険者の中には、土蜘蛛のような不気味なビジュアルのモンスターを生理的に受け付けない者も少なからず存在した。
他人のカードを馬鹿にしないのもマナーならば、他人が不快に思うカードを使わないのもマナーだ、という声もあった。
「ふ……さすが先輩はよくわかっている。グーラーを好んで使っていただけはあるな」
アンナが素直に頭を下げたことで、溜飲を下げたらしい織部が、なぜか俺へと好意の目を向けてくる。
……どうやらグーラーを使っていたことで、俺は彼女に一目置かれているようだ。
世間的にはグーラーも十分忌避されるカードだからだろうか。
「個人的にはあのグーラーにはキョンシーからのヘル、黄泉津大神といったアンデッド女王の系譜を歩んで欲しかったが、まあ大会の賞品がヴァンパイアだったから仕方ないか。ヴァンパイアもカッコいいしな」
「あ〜、織部はそういった……ホラー系が好きなのか?」
「ん……まぁ、な」
俺がそう問いかけると、織部は自分が急に熱く語り始めていたことに気付いたのか、頬を染めて黙りこくってしまった。
「小夜はホラー映画とか大好きッスよ。カードもアンデッドとかそういうのばっかッス」
「コ、コラッ! 勝手にバラすな!」
「いいじゃないッスか。ホラー映画が苦手なウチの代わりに、次から先輩を誘って見に行ってよ。いや、マジで。本当に」
「クッ、友達甲斐のない奴め!」
よほどこれまでさんざん苦手なホラー映画に付き合わされてきたのか、割と本気のトーンで言うアンナに対し、悪態をつく織部。
そんな彼女に苦笑しつつ、俺は言った。
「俺も結構ホラー映画好きだから今度見に行くか」
「え……あ……。せ、先輩がどうしてもって言うなら……」
「ツンデレか」
恥ずかし気にそういう織部に、アンナが呆れたようにツッコむ。
さて、そろそろ……。
「ま、とりあえずその話はあとにするとして……そろそろ行くか」
俺がそう言うと、二人は顔を引き締めて頷いた。
さすがに二ツ星、三ツ星の冒険者だ。切り替えが早い。
彼女たちが自分のカードに騎乗するのを見て俺もいつものようにユウキに乗ろうとし、止まった。
……今のユウキは美少女の姿だ。人狼形態になってもらうとしても、人間と同じ二足歩行なのは変わりない。
いささか騎乗には適さなかった。
仕方ない、ドラゴネットを出すか。
「来い! ドラゴネット」
俺の呼びかけに、小型のドラゴンが姿を現す。
現れたドラゴネットは、相変わらずのハキハキとした声であいさつしてきた。
「ご無事なようで何よりであります、マスター!」
「ああ、ドラゴネットも悪かったな、さっそくあんなことになって」
この小竜からしてみれば、仲間になってすぐに瀕死に追い込まれているのだから思うところがあるだろうとそう詫びたのだが……。
「いえ! こちらこそ力及ばず申し訳ございません!」
逆にそう頭を下げられてしまった。
これも滅私奉公の効果なのだろうか。私心を抑え奉仕に徹する、というのはマスター側からすれば助かるのだが、その分爆発が少し怖かった。
特に小型とは言ってもプライドが高いと言われる竜族である。他のモンスターに比べてストレスも溜まりやすいだろう。
ある意味わかりやすい蓮華やメアなんかよりも注意を払うべきかもしれなかった。
「……じゃあ、さっそくで悪いんだが、乗せてもらっていいか?」
「ハッ、了解であります!」
前回の反省を踏まえ、ドラゴネット用に用意していた簡易用の鞍を取り付け、上に跨る。そんな俺の後ろにユウキも乗り込むと、クーシーだったころにはなかった甘い匂いが漂ってきた。それと、柔らかな感触も……。
「? どうかしました、マスター?」
「い、いや、なんでもない」
頭を振り、アンナたちへと振り返る。
「とりあえず、上から順番に探索するか? 被害者がどこで行方不明になったとかは、クエストには載ってなかったよな?」
「……いや、通常の行方不明者探索ならばそうしても良いが、今回は猟犬使いが絡んでいる事件だ。ならば……」
「最下層から上に逃がされた可能性が高い……ってことッスね。最下層から順に探索していくことにしましょう」
俺は頷くと、最下層へと向かってドラゴネットを走らせたのだった。






