聖餐の定義
隻翼はカインと会談を終え、一度アルフロズルに戻ることにした。
この惑星での屋台巡業を依頼され、まずはカインのお膝元で屋台市を開く。その後各地を回ることになった。
惑星カイン独自の通貨ではあるが、国際通貨との両替はカインがやってくれるらしい。
「カインをもてなす料理だが、種なしパンなら楽勝だな」
隻翼は気楽なものだ。種なしパン。別名無酵母パン。
酵母を使わないパンなので、多くの日本庶民食がカテゴリに入る。
「隻翼よ」
「なんだ。ベルゼブブ」
ベルゼブブが愉しげに笑った。
とても嫌な予感がする隻翼。
「先に言っておく。――お好み焼きやたこ焼きは種なしパンには入らないぞ」
「何故だ!」
大前提が大きく崩れて、思わず問い返す。
先に言って欲しかった。
「酵母は使っていないぞ」
「製法ではそうだ。しかし食事、その言葉に秘められた精神性を読み取る必要がある。少なくとも三大宗教圏では入らないな。聖餐のパンともいうべき定義から大きく外れるものだ」
「詳しく教えてくれ」
カンサイのお好みもヒロシマのお好みもダメになった。
屋台としては出してもいいが、カインには出せない。
「一言でいうと贅沢品だ。手が込みすぎている」
「質素であることが重要なのか?」
「そうとも。俺は勘弁だがね」
ベルゼブブは笑い飛ばす。
「日本の料理に該当するのはなんだろうな……」
「あるぞ。とびっきり該当するものが」
「なんだ。教えろ」
そこから突破口になるかもしれない。
「蕎麦がきだ」
「蕎麦がきだと…… まず……美味しくないとは思うが……」
ベルゼブブから戦国時代。真田も売ったという蕎麦がきの名を挙げられた。隻翼の好みとしては美味しいとおもう範疇に入らない。
悪魔のくせに詳しいなとも思う隻翼である。
「Unleavened breadとは主食であること、質素であることだな」
「蕎麦で勝負するか」
「落ち着け隻翼。切り蕎麦だとパンから離れていくぞ」
「蕎麦がきも普通、出汁につけるものだが…… 救荒作物としての側面か」
麺の蕎麦は戦国時代後期に生まれたものだ。
種なしパンも古代からの食べ物。実りが少ない時に重宝されたとみるべきだろう。
「他にはせんべいもカテゴリに入るな」
「主食ではないな?」
「製法的にも本質的にもお好み焼きよりよほど近いぞ。弥生時代には主食だったと聞く」
「さすがは超越知能だな。聖書の時代までに遡ると確かにせんべいも主食になるやもしれん」
隻翼もベルゼブブには降参だった。美食野郎と名乗るだけはある。
「酵母を使わない。単なる製法ではいけないということか」
「膨らむ、ということは贅沢。傲慢さの象徴ということだ! だから俺は大好きだぞ。アンレブンド・ブレッドと呼ばれる食べ物の精神性はその罪からの解放もある」
「カミ系のスフィア住人は理解しがたい概念だ」
「ニホンの食事だって宗教的意味合いを持つものが山ほどあるだろう。ないとはいわさん。おせち。おはぎなどだ」
「あるさ」
隻翼は認めた。年越し蕎麦も長寿を願うものだ。
「モーゼがエジプトから脱出するとき、海を割ってイスラエルに脱出した逸話を知っているか」
「無論だ」
「この時の出来事だ。種なしパンは民がパンを膨らませる時間がなかった、苦難の七日間。転じて急いで罪から脱出したもの、という意味がある。それが有名な貧者のパン。種なしパンであるマッツァーだな」
「それは…… まいったな」
「六日間、このマッツァーを食しなさい、だな。神聖四文字な唯一神の言葉だ。お好み焼きが入るわけがない」
「入らないな!」
「なお救世主の宗教だとマッツァーはホスチアと呼ばれ、聖餐のパンだ。最後の晩餐の際に救世主が、私のからだであると述べたあの逸話だな。救世主の罪なき肉体を示している」
「悪魔なのに唯一神に詳しすぎるだろ」
「悪魔をなんだと思っている。悪魔だから詳しいんだよ!」
ベルゼブブが笑い飛ばす。唯一神の反相なのだから、詳しいのは当然だ。
「お手上げだ。なんでも作るからアドバイスを頼む」
お好み焼きが駄目な理由を痛感する隻翼。
種なしパンにお好み焼きが入ると聞いた時は理由を聞いて感心したものだが、駄目な理由ももっとももだ。食事には精神性や宗教性が伴うのは当然だ。
「たとえば酵母を使わないファルトゥーラ。チュロスみたいなものだな」
「チュロスは作れるが…… なんでだよ!」
「製作工程的にはOKだ。だがもうカイン本人に聞いた方がいいと思うぞ。質素な種なしパンとジャパニーズストリートフードのお好み焼き、どちらがいいかと」
「……そうだな。変なサプライズは悲劇を生む。何が食べたいか素直に聞くとしよう」
思い当たることがあるのか、隻翼の顔は沈んだ。何より本人が食べたいものを提供するべきだ。
隻翼はベルゼブブの言葉を聞いてカインのもとに引き返した。
「カイン。種なしパンと聞いて製法的な種なしパンである生地を使った料理を考えていたが、どうにも違うようだ。お好み焼きとシンプルな種なしパン、どちらがいい?」
隻翼も直球だ。超越知能に駆け引きをしても仕方がない。
「お好み焼き」
カインは即答だった。
「いいのか。無酵母の生地ではあるが、パンではないぞ」
「パンがいいといったが、お好み焼きが食えるなら選択肢などあるわけがない。たこ焼きも所望する」
「ほれみろ」
ベルゼブブが笑った。美食家にはすでに正解が見えていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
隻翼はアルフロズルのクルーを集めておもてなし会議を開始した。
ベルゼブブから伝え聴いた種なしパンの定義を皆に言って聞かせる。
「さすがはベルゼブブの旦那だな」
「美食野郎…… すげえな」
隻翼の説明を聞いて感嘆する男たち。
「お好み焼きを作る。俺がカンサイのお好み。たこ焼きはヘイジ。明石焼きはセンノスケ担当だ」
「任せてくだせえ」
「はい!」
ヘイジの腕は確かだ。
「ヒロシマのお好み焼きも出したいな。しかしあまりお好み焼き職人を引っ張ってくるというのも屋台市の人手が減る」
「ヒロシマ式に手慣れた野郎は隻翼一家には少ないですからね」
カンサイ気質を引き継いだ隻翼一家にヒロシマのお好み焼きを作る職人が少ないのは仕方がないことだった。
「そうだなあ。最後に食べた美味しいヒロシマのお好みはナミ姉が作ってくれたあの味……」
つい口に出してしまい、ナミが凝視する。
「……いつでも……作りますよ……?」
「ナミの姉さん、お好み焼きいけるんで?」
「味は俺が保証する。しかしホーカーとしてアルフロズルに登場してもらっているしな」
レイジとチヒロは子供の頃、ナミによくお好み焼きを作ってもらっていた。
ナミのいた宇宙居住艦はヒロシマと食文化が近かったことを思い出す。
「……屋台職人もホーカーです」
「そうだな」
『戦場に出すよりいいではないですか』
エイルもすかさず助け船を出す。言われて見ればそうだった。
戦場に出すよりよほどいい。
「ブランクは大丈夫か?」
「……練習したらすぐに作れるから……」
ナミはやる気に満ちている。
「ナミちゃんのお好み焼き久しぶりに食べたいな。リハビリなら付き合うよ」
チヒロは試食したいだけである。
「ボクも食べたい! ナミさんのお好み焼きは本当に美味しいから!」
ユノが加勢する。
「決まりか。いいか? センノスケ。ヘイジ」
「文句などあろうはずがありません」
「まったくです!」
隻翼はナミの方を向いた。
「ナミ姉」
「はい」
「試食する際、俺とベルゼブブも作ってくれるか」
「……はい!」
ナミの顔がぱっと和らぎ、輝くような笑みを浮かべる。
いつもそうしていればいいのに、と思うチヒロとユノだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
種なしパン。無酵母パンです。予見されていた読者もいたように、お好み焼きも入ります。
と思ったらひょんなことからお好み焼きやたこ焼きは適用外。まじで。
念のためP諸派の人に聞いたら「Unleavened breadにカウントされるわけねーだろ」。ですよねー。
たこ焼きは某野球星人のおかげでたこ焼きで通じるそうです。スタジアムにありますからね。
お好み焼き。関西風といっても広島風といっても論争が起きるので。
拙作ではカンサイのお好み焼き、ヒロシマのお好み焼きもしくは式と定義しました。めんどいわ! 仲良くしなさい!
とはいっても作者の住む中部地方は広島のほうが優勢ですね。ボリュームあるますしね!
以前は難波まで車で飛ばしてお好み焼きを食べて日本橋をみてから日帰りとかやっていましたが、そんな元気はもうありません。
あの頃は若かったなあ(遠い目)
難波や心斎橋ではオムライスやお好み焼きを食べ歩いていました。三角公園のアイスドックはまだあるのかな?
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