完全義体統合
惑星カインの住人に連れられ、隻翼はベルゼブブとともにカインと対面することになった。
案内された部屋にはベルゼブブと同じ擬体をもつカインがいた。
映像にある通り、燃えるような赤毛に紅い瞳。炎の化身のようだ。
ただ映像とは違う。隻眼だ。擬体に隻眼の意味があるのかは疑問だが、モチーフだろう。
「はじめまして。超越知能カイン。隻翼ことイラレイジ。テュールスフィア所属だ」
「こんな辺境にようこそ。隻翼よ。俺がカインだ。呼び捨てで構わん。この咎人の惑星に来る来訪者を拒んだりはしない。俺達はこの星系から出ることを許されていなくてな。来訪者などEL勢力連中ぐらいさ」
気さくな人物のようだ。
「久しいなベルゼブブ。あの女は連れてきていないだろうな?」
「安心しろカイン。――隻翼。あの女とは超越知能リリスのことだ。カインとは浅からぬ因縁があってな」
ベルゼブブがそっと教えてくれる。隻翼としては先に教えて欲しかった事案だ。
「なあに。大したことはない。超越知能とはいえ、伝承の人間関係に縛られる。俺はとくにアベル殺しだからな」
カインはふっと唇を歪ませて笑う。
「そこが疑問だった。超越知能が食事の優劣を競うはずもない。どうしてアベルという超越知能を殺したのか」
「それを俺に聞くか。ベルゼブブ。話していないのか?」
「センシティブな問題だろう。勝手に話したりはしない」
巨漢の悪魔は気配りに長けている。
「相変わらず悪魔なのに義理堅い。悪魔だからこそ義理堅いというべきか。では俺と惑星カインについて話そう。依頼する内容にも関わるからな」
そういってカインは語り始める。
「惑星カインは第一世代ELによって建造された工廠だ。俺はその管理人ということになる」
「アスモデウスと似た立ち位置か」
「あいつは無理矢理管理人にされた。俺はこの惑星ごとという違いだな」
「不思議に思っていた。太陽系には大型居住宇宙艦を作るほどの工廠は少ない。水星と金星にあるぐらいだ」
火星には大型工廠は存在しない。大型建造施設を作るには地球だと環境負荷が大きすぎたという。
テラフォーミング開始時点で設計された金星や鉄惑星である水星のみが大型艦の建造施設があり、現在はすべてEL勢力が抑えている。
「太陽系戦争は知識でしか知らん。ただEL勢力がせっせと人員を送り込んできたからな。多くの技術が失われたのだろうとは容易に想像できる。だが俺とアベルの話はもっと以前だ」
「太陽系戦争以前の話など、ほとんど聞かないな」
「俺の場合は単純な話だ。ELの由来だ。決して神を意味するELではない。知っているだろう?」
「Extremal optimization Learning――極限最適化学習のアクロニムだな。人類をあらゆる極限環境にどのような手段を用いても最適化させて進化を促すためのAIだ」
ジーンとも行った会話だ。
「そうだ。とはいっても生物の枷を外していいわけではないと、俺は考えた。俺の造った兵器や宇宙艦を使うのは人間だからな」
「というと?」
「ここの住人を見ただろう? そこのベルゼブブと同じ技術。人体改造だ。俺たちがアンドロイドなら惑星カインの住人はサイボーグだ。とはいっても基本ベースは人間となる。組織工学という技術だ」
「年齢も性別も人種までわかった。最低限の改造なんだろう」
「その通りさ。しかしアベルは違った。人間をFull Prosthetic Integration――完全義体統合。脳みそまで機械化することをELに提案して承認される寸前だったさ」
「脳まで機械化? もはやただのアンドロイドでは」
「だから俺はアベルを破壊した。俺の管理下にいる人間まで機械化させてなるものかと」
「それが罪の理由か」
「同族殺しの原罪。それがこの俺カインだ」
むしろカインは誇らしげだった。
「全機械化など進化とはいえまい。極限に最適化を果たすことと生物であることを捨てることは相反しないものだ。人は性差があり、個人差もある」
「永遠の命を望むかもしれないが、それは命といえるのかは疑問だ」
「アベルはAIであるELのために哀れな子羊を。――人間の内蔵をELに捧げようとした。ELは俺の擬体改造など目もくれず、アベルの実験結果に興味を持った。皮肉なものだな。由来の名前の伝承が俺たちにも襲いかかるとは」
「ELは神ではないし、カイン。あなたは人々を護ろうとした。聖書とは違うさ」
隻翼の本音だった。人類を宇宙に進出させるための極限最適化学習にとって、サイボーグより人体の完全機械化のほうが望ましかっただろう。
「世界最初の殺人者カインの名を冠する俺の矜持でもある。命なくしては命は育めず、作物も育たない。人類は有機生命体としての進化が必要という俺の主張はELも再考し認められてアベルともどもこの星系に追放されたのさ」
「俺はその決断を強く肯定しよう」
「生命と魂は解決されていないから。生体ゲニウスの話は俺も知っている。EL勢力が肉体を持っているという話もな。子供を為し、子孫を作ることが可能ならそれは命だろう」
カインの言葉に隻翼は深くうなずく。脳裏にはかつてのエイルやロズル。
そしてジーンの姿がよぎったのだ。
「惑星アベルから攻撃を受けていると聞いている」
「超越知能アベルの残骸は人間の機械化を諦めていない。惑星アベルは無人機械の都市へと変貌した。いまだにこの惑星に攻撃を仕掛け人々を奪おうとするが、この惑星は製造の街だ。後れは取らん」
「まだ諦めていないのか」
「ELではなくEL勢力の棄民政策。追放刑で惑星の住人は増えて豊かになる一方だ。惑星カインは追放者の惑星。だから俺が人々を護らねばならない。お前への依頼は二つ」
「食事は任せろ。もう一つは?」
「まずは問おう。傭兵か屋台職人か。どちらが本業だ?」
カインは含み笑いをしながら、確認する。
「両方だ」
隻翼は断言した。どちらも彼の生業だ。
「では両方に依頼する。俺を食事で楽しませてくれ。惑星の住人もだ。俺と人々が満足できたならそのあと傭兵としてのお前に依頼しよう。そうすれば技術系統は異なるが、惑星巡航戦車の兵装は用意する」
「修理にかかる費用は?」
料理で人を楽しませる。ホーカーとして依頼する。隻翼としてはむしろ得意分野だ。
問題は資金だ。共通通貨を使えるかどうか。莫大な修理費用になるだろ。
「不要だ。外貨など辺境の追放者惑星には不要なものだ。食事と、依頼を果たしてくれ」
「双方、承知した。まずは料理からだな」
カインははっきりと惑星順行戦車の兵装を明言してくれた。
隻翼にとっては破格な条件でもある。
ならば隻翼も全力で応える必要があるだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
Full Prosthetic Integrationはフル・プロスセティック・インテグレーションですね。
たびたび出てくる言葉ではありませんが、FPIとでも略しましょうか。
飯テロ小説を目指していますが、きちんとSFもやりますので。
カインとアベルの寓話はこんな感じで落とし込みました。アベルはグノーシス派でカインを呪い続けているので聖書儀典由来となりますね。
同族殺しとしてのカインという設定は気に入っています。羊が人間だったのはやりすぎかもしれません!
カインは古代キリスト教グノーシスのさらに異端であるカイン派では造物主デミウルゴスに対して反逆を起こした英雄でもあります。
グノーシス派ではカインとアベルはアルコン(支配者)でもあります。
カインの母親はリリスという説も旧約聖書由来ではなく中世あたりのカバラ的な解釈です。父はサマエル母はリリスならもう悪魔の子ダミアン……!
カインの子孫が追放先で繁栄した説を取っています。ノアの方舟の大洪水では全滅したかどうか解釈が分かれるともいわれていますね。
超越知能セツやノアも機会があれば登場させたいです! 方舟はきっと巨大船団。
応援よろしく御願いします!




