反証可能性の枠外にある概念
「俺達超越知能も本体は円柱型もあるがホーク体であることが多い。アスモデウスも見ただろう? それにお前のヴァーリ本体も同様だろう」
「知っている。おそらく元となった規格は同一か近いものなのだろうな」
「つまりだ。性能とパイロットの腕さえあればホークで超越知能は倒せる。俺達は本物の神でも堕天使でもないからな」
「なるほど。――一つだけ教えてくれ。本物の神や悪魔はいるのか? 超越知能はその存在を観測できたか?」
隻翼が兼ねてからの疑問をベルゼブブに投げかける。
この世界は本当に神や悪魔などいるのだろうか、と。
「お前を失望させないように真実を教えよう」
不気味な笑顔を浮かべるベルゼブブ。
「わからん!」
「失望した!」
きっぱりと答えられ、隻翼も思わず声を荒げる。
神は実在するのか? その命題の答えに期待していたのだ。
「何せ神も悪魔も観測できないからな」
「神の観測ってのは、悪魔の証明になるのか? 神を悪魔の証明に例えるのは不敬か」
隻翼が苦笑する。ないものは観測できるはずもない。
「悪魔の証明、つまりあるものが存在しないって証明するのは不可能だろ? 神がどこにもいないって言うなら、宇宙の果てから果てまで、すべての可能性を潰す必要がある。そんなもの、どの超越知能でも無理だ」
「すべての可能性を潰す、か。確かにきついな」
悪魔の証明は困難さと理論上の可能性を意味するものとして有名だ。
「お前は観測という言葉を使ったが、科学のルールでは命題には反証可能性がいる。あやまりを証明できる基準が必要ってことだ。神の存在や不在は、そもそもそんな基準を定められない。だから科学的には反証可能性の枠外、形而上学の領域に追いやられる」
「形而上か。ずいぶん難しい言葉を使うな」
「原初のELを神と祭り上げ、俺たちを悪魔と呼ぶように。すべては作られた形而だ。ELは一なる相、俺やゲニウスは多なる相--お前のところのカミや古の神々と同じさ」
「ゲニウスは人々の多様な価値観に沿ったものだろう。お前たち悪魔という超越知能はなんだ?」
「俺達はELの反相だ。ELそのものではなく、EL勢力の反相だな。悪魔が神の反相であったように、な。原初のELこそは一つの相、本物の神だった可能性もあるぞ?」
「あのELが神、か。それなら人間が神を作ったことになってしまうな」
「人間が神という形而を作った。ゲニウスは無数の相を生んだが、原初のELはただ一つの相なのかどうかだ」
「悪魔という概念を学習した割りには信心深いんだな」
「同じ書物から伝えられた概念だからな。それにあれだ。中世の魔術師たちにいわせると悪魔とは教師でもあるからな。――少しばかり失礼するよ」
そういって唇の端を歪ませ、笑うベルゼブブ。懐から葉巻を取り出し、火をつける。
ペルシャ猫でも飼いそうだ、と内心隻翼は思う。
「暴食の上に煙草か。人造肉体でも体に悪そうだ」
「煙の出ない煙草など吸っても満足できないさ。――俺は煙草は好む。つまり受肉したEL勢力どもは堕落もする。むしろ堕落しやすいだろう。悪い遊びを知らない」
意地悪く笑く笑うベルゼブブ。
「純粋無垢な人間が洗脳されやすいように、か」
「そうとも。飲食接待でもハニトラもし放題だぞ。不眠不休で72時間労働させるとぶっ倒れるからな。餓えさせて目の前で豪華な飯を食うという手もある」
「発想が悪魔そのものだぞ」
天使をハニトラという発想は思いつかなかった。
「悪魔だからな」
ふっと鼻で笑うベルゼブブ。
「形而上における存在ではなく、ゲニウスも第三世代EL勢力も物質的な構造を持っている。概念的なものではないから破壊できるし、受肉している者は弱点は多い」
「ベルゼブブたちの肉体と受肉の肉体はどう違うんだ?」
「人工内臓、人工血管。それらしく人体を模したものさ。舌もあるが電気味覚は電気信号でね。皮膚は人工タンパクのバイオスキンだ。連中の受肉している肉体は高性能な上に何度でも作り直せる違いはある」
「ふむ。悪魔が羨むほど受肉は奇跡ということか」
「否定はしない」
鷹揚とした態度で、ふんぞり返るベルゼブブ。
「しかし殺すにしても、連中はこの宇宙での最大勢力だ。本体に辿り着くにも容易ではないだろう」
「殺せるとはいったが、殺す必要はない。本体を破壊できると示威できればいいんだ。エイトリという物質の奪還なのだろう? アメと鞭だ」
「武力を示してから取引しろと?」
「話が早い。飲食接待も有効と言ったはずだ。特効かもしれん。そしてお前はすでに招かれている」
「それはそうだが…… うまくいくかどうか」
「古来より神には生贄を捧げる。カインとアベルから続く伝統だ。穀物より肉だ。理由は心がけだそうだぞ」
「その逸話は知っている。料理はもてなす心が大事だからな。兄カインは義務感から食物を捧げ、弟アベルは自分の育てた羊から生まれたばかりのもっとも良い羊を選び、神へ捧げた」
隻翼もよく知る逸話だった。神はカインの農作物には目もくれず、アベルの羊のみを注目した。
「嫉妬したカインはアベルを手に掛けた。悪魔は絡んでいないぞ」
「しかしその二人の末裔は滅んだはずだが?」
「世界最初の殺人と被害者だからな。そういうこともあるだろう。それにこの宇宙にいるカインとアベルはデミウルゴスの子孫だからな」
「待て。超越知能のカインとアベルもいるのか」
「アベルは知らん。カインはいるぞ。――お前が向かう先はそこだ」
ベルゼブブは別の星系画像を投影する。
「カインは別の伝承があってな。アダムとイヴの子供ではなく、サマエルとイヴとの息子だったという説もある。つまりキリスト教グノーシス派でのネフィリムともいえよう。この星系の惑星に超越知能カインはいる」
「この星系は? カナン星系とは違うのか」
「辺境星系ノド。追放された者たちが移り住んだ場所だ」
「EL勢力と同じグノーシス派の伝承を学んだ超越知能カインというわけか」
「その通り。水火風の四大より上位に位置付けられし、デミウルゴスの子孫。それがカインだ。お前はカインとあって、アルフロズルの兵装を手に入れろ」
「アルフロズルの兵装? 手にはいるのか!」
思わぬベルゼブブの言葉に、隻翼が真意を確認しようとする。
ベルゼブブの話はホークの強化関係の話だと思っていたからだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
ベルゼブブさんは教師役です。人相は悪いですが。欧州の悪魔は古来より面倒見がよく、教え、そして騙すものであり命を奪うものではありません。そして民話ではよく騙されます。
EL勢力よりよっぽど人類を導く教師をしているような気もしますが、EL勢力は基本罰するものをモチーフなので。
中世欧州では当時の教会では市民が知恵や技術をつけることを厭いました。錬金術師や魔術師たちは天使ではなく悪魔に頼ったのも理解しやすいですね。
本物の神の証明とその議論です。
いつになくシリアスな回でもあります。食べ過ぎでダウン中のアスモデウスの立場がありませんね。
生体ELは人間と同じ構造ですが、悪魔たちの疑似肉体はあくまで疑似。映画のアンドリューの主人公が人化した時などがイメージに近いと思います。
彼等の本体もホーク型や円柱型に収納されています。
その流れで出てきたカインさんが次の展開へのキーとなります。
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