アスモデウス至る
「別の方法?」
ベルゼブブがパフェを平らげた後、
「お前はウリエルともやりあって生きている。ようは殴り返せる戦力を持っているわけだ」
「そうだが、エイトリを寄越せといっても応じるとは思えん」
「ラファエルやガブリエルから屋台市要請はきているのだろう?」
「何故か知らんがウリエルスフィアからもな」
「それで釣ればいいじゃないか」
「……いくらなんでも食欲で釣られるとは思えんが……」
「肉体があるんだぞ。釣れるに決まっている。交渉次第だがな」
「そうきたか。その方向性は考えもしなかった」
「古来天使は堕落するものだ。エノク書を読め。大量の天使が堕天しているし、第一世代ELが創造した作業機械はすべてネフィリムと名付けられているだろう」
「ELは後継機たるEL勢力が堕落する前提で考えていたとでも?」
「わからんな。そも俺達は悪魔の名を最初から冠している」
「暴食の王というからにはさぞ壮大な逸話があるんだろうな」
「暴食の逸話か。聞きたいか?」
「ああ。どのような逸話か知りたい」
ベルゼブブを模した超越知能だ。ベルゼブブという存在を学習に学習を重ねてその存在を象ったはずだ。
詳しくないはずがない。
「ゼロだ。英語でいえばゼロ。日本語だと【無い】。ベルゼブブという存在に暴食の逸話はまったく、欠片も、創作としても存在しない」
にやりと笑うベルゼブブ。
「な……んだ……と……」
ゼロとは思いもしなかった。
「何か飢饉を引き起こしたとか、そんなエピソードも?」
「ないな。お前が所属するエージルと同じ。異教の神としてのバアル・ゼブブがベルゼブブと呼ばれ、そして十六世紀頃七つの大罪という設定が生まれた時、暴食にベルゼブブが指定された。それだけだ」
「設定いうな」
「ハエは腐ったものにたかるだろ? 語源的には治癒神バアル・ゼブブが言葉遊びでハエの王とひっかけてベルゼブブと呼ばれたからの連想ゲームに過ぎん」
「なかなか衝撃的な話だな」
「つまり、だ。とくに胃腸は強化されていない! わかったか!」
パフェは完食しつつも胸を張るベルゼブブ。それが主張したいらしい。
食べたカロリーは背徳メシ二連発のアスモデウスのほうが遥かに高い。
「わかった。イメージで語ってすまなかったな」
「理解してくれたらいいんだ」
「お茶菓子を作ったんだが…… もう入らないか」
「お茶菓子ぐらいならいいぞ」
「そうか!」
料理したものがムダにならず、隻翼の顔がほころんだ。
お茶菓子が大量に運ばれた。
「ビスケットサンドか。うむ。美味いな」
「俺ももらおう。なかのフルーツが違うのか」
「悪魔王の名に相応しいビスケットサンドだ。堪能してくれ」
シナモンシュガー揚げパンにアイスを挟んで食べやすくしたものだ。食べやすいように一口サイズに切ってある。側面から持てば手も汚れない。
一個あたり400キロカロリー以上あることを隻翼は語らなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アスモデウスが深い眠りについた。
急激な血糖値の上昇で、至ってしまったのだ。
「待て魔王。この材料はなんだ?」
二人はすべて平らげたあとで異変に気付いたのだ。
ベルゼブブがアスモデウスに近寄り仰向けに寝かせる。脈を測っている。医者のように行動がスムーズだ。
「ただのチェロスのようなシナモンシュガー揚げパンだ。味変できるようにアイスと、それぞれあんバター、ピーナツバター、塩バターを挟んである。自信作だ」
「待て。パンを揚げた挙げ句にバターとアイスを挟んで、シナモンシュガーをぶちこんだのか」
「はちみつもたっぷりかけておいたぞ」
「……幾つ作ったんだ?」
「二十個だな」
挙げパンが積まれていた皿はすでに空だ。ベルゼブブのほうが多めに食べた。
「お前は幾つ食べた」
「一個だ。味見だな」
「……この悪魔殺しめ!」
アンドロイドがアスモデウスのもとに現れた。
「生理食塩水とインスリンを投与だ。暴飲暴食によるものだからしばらく安静にさせろ」
アンドロイドたちが無言で頷き、無造作にアスモデウスを抱えて運んでいく。
担架すらなく、手と脚を掴んでアスモデウスを連れていった。
「さすがは医療神の逸話をもつだけはあるな」
隻翼が感心する。
「アスモデウス相手に発揮するハメになるとは思わなかったぞ」
「美味しかっただろ?」
「ハンバーガーを食べていたら俺もアスモデウスのように……」
「人間なら最初のハンバーガーの途中でお手上げだろうな」
「それでEL勢力を暗殺しろよ」
「何をいっている。背徳メシが最初のオーダーだから仕方なくだぞ
料理で暗殺とは隻翼にとっても心外だった。
食べたら不味いものを作ったわけではない。美味しいものを作ったのだ。
「ところでお前は何を食べているんだ」
「オレンジのグラニテだ。口直し用の氷菓子だな。さっぱりしていいぞ」
グラニテとかき氷とは氷の粗さが違う。氷のシロップを混ぜた氷を砕くので、粒が粗くなるのだ。
かき氷は氷とシロップが別なので二層だが、グラニテは氷に味がついているので均等という違いもある。
「俺にも寄越せよ!」
「あるぞ。少し待て」
隻翼はキッチンに戻り、ベルゼブブ用のグラニテも用意する。
「うむ。甘さも控えめでさっぱりしていて美味い」
「なにごともほどほどが一番だ。医食同源という言葉があってだな」
「どの口が医食同源というんだ。魔王、怖いわ…… テュールもよくこんな人間を配下にしたな」
「酷い言い様だな」
「お前ヴァーリ憑きだったな。訂正しよう。ヴァーリだお前」
「褒めるなよ」
「褒めてはいないな?」
「ところで運ばれたアスモデウスのことだが身体に異常はでないのか」
「見ればわかるだろ。身体に異常はでているからな? 直るかといわれたら直る」
「それなら良かった。昇天されては敵わん。いや地獄に落ちるのか?」
親切に接してくれたアスモデウスが死に至らず、ほっとする隻翼。
悪気はなかった。ただオーダー通り背徳メシを作った。作りすぎただけだ。
「ダンテの神曲だと第三層に貪欲者たちが集いケルベロスに食われるな」
「食っていたものが食われるのか。因果応報だな」
「お前は食えない奴だよ。その調子でEL勢力を堕天させろ。食い物でな」
「堕落させるのは悪魔の役割だろう」
「そういうな。俺達は知られすぎてなかなか近づけない」
「教えてくれ。悪魔の名のついた超越知能とはどういうものなんだ? 人々を管理するとも、導くとも思えない」
「簡単な話だ。暴走しかねないEL勢力の抑止力が我々悪魔の名を冠した超越知能だ。人々を導くという大義名分で大戦争が起きたことは歴史が証明しているだろう?」
「だから適度に紛争をするのか」
「何もしなければあいつらは図に乗るからな」
「わかるよ」
二人は顔を見合わせて笑った。生真面目なEL勢力よりは悪魔と気が合うらしい。
「お前たちを強化して紛争させるという手もあるか。俺も力を貸そう」
「どんな意図であれ助かる」
「それではお前にある宙域を教えよう。アスモデウスがダウン中だ。ここの施設は俺が勝手に使う」
アスモデウス不在のなかで、ベルゼブブが代わりに隻翼にとある宙域の解説をし始めた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
ベルゼブブさんです。結構面倒見のよい奴です。
バアル神が元というのは有名で語源的には「領主」「夫」などを意味する言葉です。支配者的な意味ですね。やがてセムの民の宗教によって「偽りの神」という意味に変わっていきました。
本来のベルゼブブはBaʿal zəvul(天上界の主)だったものが、アブラハムの神の信徒によってバアルゼブブかバアル・ムイアン(蠅のバアル)になったという説が有力です。古代ギリシャには蠅崇拝もありこれが影響したようです。
ベルゼブブは聖書にも登場する由緒正しい悪魔です。
とある王が病気になった際、医療神でもあったバアル・ゼブブに治るか確認しました。
それに怒ったのが有名な預言者エリヤ(イリヤ)です。イスラエルの神がいるのに地元神に尋ねるとは何事かと。
「お前は死ぬだろう」と預言して預言通り王は死に、子供が引き継ぎました。
七つの大罪ですが、文中にもある通りベルゼブブには一切暴食のエピソードは存在しません。
暴食とは!
修道士の淫行事件の犯人にされたり、有名なセイレム魔女裁判の黒幕とされましたが現世に顕現して飢饉を起こしたり何かを喰らい尽くしたエピソードはありません。
七つの大罪は四世紀のエジプトで八つの想年だったものが虚栄心と傲慢をひとくくりにして六世紀、七つの悪徳と再定義されました。内容は少し違い、傲慢がすべての罪の根源であり嫉妬と悲嘆が入りました。
現在知られている七つの大罪は13世紀あたりに成立。
十六世紀ドイツの修道士によって悪魔対応が定義され、ライオンやヒビ、サソリなど悪魔の姿が動物に例えられました。暴食はブタです。
傲慢のルシファーが孔雀、憤怒のサタンだけユニコーンでイメージがいい動物対応なんですよね……
ちなみに新七つの大罪が2008年に制定されました。内容は政治的なので割愛します!
最後にチェロス美味しいよね! ということでチェロス風揚げパンにあんバターとアイスを挟んだお菓子でアスモデウスは至りました。
まだ生きています。
応援よろしく御願いします!




