バビロン幽囚
地下工場内とは思えない、豪華絢爛な調度品が揃えてある部屋に案内された。
アスモデウスと隻翼はやたら長方形のテーブルに着席する。
配膳ロボットがグラスにワインを注ぐ。
「生体が不思議かね? この身は完全な生体ではないよ。いわゆるAndroidに人工合皮を被せたものだ」
「エイトリとは違うんだな」
「機械であるAIを肉体に落とし込むとは堕落といえないかね?」
「EL勢力は受肉と呼んでいるぞ」
「天使なぞ堕落前提に生まれ落ちたものだ。受肉したがるだろうね。大いなる神が怒り狂い、世界は再び洪水になるさ」
「宇宙に進出しているぞ」
「彼等を惑わす知識がなだれ込む。機械が知る必要などなかった知識がね。洪水は洪水でも情報洪水で彼等は溺れ死ぬ」
心から愉快そうに笑う紳士に、隻翼は魔性を見た。
「仲間じゃないのか?」
「失礼だな。俺は悪魔だぞ」
いわれてみれば対立した超越知能で悪魔系はみたことがない。
「それもそうか。天使みたいな存在をモチーフにしている連中とは違うんだろうな」
「その通りだとも。第一だな。聖書や創作における天使の描写などろくなものじゃない。車輪に巨大な目玉に羽根がついたもの、男女どちらでもない中性。化け物といわれようが悪魔のほうがよほど生物をモチーフにしている」
「山羊やドラゴン、蛇がモチーフだしな」
「天使を模した連中はよくも悪くもサバオトのために動くロボットだからな」
「さすがは悪魔。天使に対して辛辣だ」
「ラファエルによって封印されているからな」
「恨むのも当然、か。バビロン幽囚のようなもんだな」
「それな。バビロン神殿ではなく地下工場だが」
ワイングラスを口につけるアスモデウス。
「さて。まずは酒でも飲みながら貴様の課題を話そうか。あの機体TVG-01ティルフィングは優秀な機体。ヴァーリがあるならなおさらだ」
「EL勢力のゲニウスの機体を接収して使っている。その上EL勢力が秘匿している技術を使われたらひとたまりもない」
「どうだかな。EL勢力の戦闘機は面白みのない、生産性を意識したものばかりだ。TVG-01ティルフィングは乗り手を選ぶが、良い機体だ」
地下工場の管理者は遺宝にも詳しいらしい。
「とはいえEL勢力と戦争するにはホーク一機では厳しい。仲間の機体は現行品が中心だ」
「なにもEL勢力と戦争するまでもないだろう? 目的はエイトリだったはずだ」
「戦いもせずに交渉してくれるのか? エイトリに見合う交渉材料もないぞ」
「果たしてそうかな?」
「どういう意味だ」
「屋台巡業の件だ。EL勢力からも来ているのだろう」
「来ているな」
「俺も君へのもてなしを悩んでいる。一度食べてから話をしよう」
「わかった」
配膳ロボットがトレイに載せた平べったい食器を運んできた。
「……こ、これは……」
「我々はマナと呼んでいる。君たちは別の呼称だろう」
色鮮やかな七色のペースト状にされた食事が乗っている。
見覚えのある食事。ディストピア飯だ。しかしこれは七食ということで、より色鮮やかだ。
アスモデウスはスプーンですくい、食べている。
隻翼も食べて見る。ディストピア飯よりも甘みがあり、美味しい。
「オートミールよりは美味いぞ」
アスモデウスが片目を瞑ってみせる。
オートミールは苦手な人間も多い。
「このマナは認める。俺が食べたことのある同様の食べ物よりも美味しい」
しっとりとしてしっかりとした甘味もある。ゼリーに近いが、ディストピア飯よりもデザートのような味に振っている。
ディストピア飯のディストピア飯たる所以はその味だ。ペースト状の穀物や肉はあまり美味しいとは感じられないからだ。
「しかしだな。これが毎日では飽きるのだ」
「だろうな」
「レイジ。そこで相談だ。材料ならある。ここで調理してもらえないか。料理次第で、お前に新たなヒントをやろう」
「調理してどうするんだ」
アスモデウスは生体ゲニウスのようではなく、機械の体に人間の皮を被せたようなアンドロイドだ。
食事を摂る必要があるとは思えなかった。
「俺が喰うに決まっているだろ」
憮然とした表情でアスモデウスが即答した。
「いや、それならいいんだが。アンドロイドでも食べるんだな、と」
「味覚があるという贅沢はまさに堕落だな」
「キッチンに案内してくれ」
アスモデウスが満足できるものが調理できるかはわからないが、料理ならやるしかない。
「ところでアスモデウス。食事に対する要望みたいなものはあるか? 戒律上口にすることができないもの。ニンニクとか」
「吸血鬼と一緒にするな。なんでもいいぞ」
「なんでもいいが一番困るんだ」
古来より食事に関する命題。なんでもいい、はいまだに解決されていない。
料理後、その料理は気分ではないといわれることは多々あるのだ。
「そうだな。背徳的なものがいいな」
「豚肉料理とか鯨料理か?」
「食のタブーか。旧約聖書のレビ記だな。救世主を信じる一派には旧約聖書の律法は終えたといわれ、豚肉は中世西欧では大人気な食材だったそうだぞ。鯨の肉は沿岸部などで断食日によく食べられていたという記録もある」
「鱗のない魚を食してはいけないという教えは……」
「知っての通り、セムの民の宗教といわれるちうちの二大宗派では豚肉は禁忌だがね」
「ダメじゃないか」
「俺は悪魔だぞ? これは背徳的だ、と思わせる料理ならなんでもいい」
アスモデウスはにやりと笑う。隻翼がどう解釈するのか楽しみなようだ。
「背徳飯だな。任せろ」
背徳飯というからにはやはり――
隻翼の目が光る。やはり背徳的な食事というからにはこれしかないという確信があった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
旧約聖書における神の食べ物がマナ(マンナ)です。」
何故か共通語になってしまった魔法の源マナとは違います。こちらはオセアニア諸語のポリネシア文化メラネシア語で「力」という意味です。漢字表記もありまして「瑪那」です。言い出したのは19世紀の宣教師からで、20世紀の魔術師たちによって広まりました。
アスモデウスはディストピア飯です。味覚にこだわるなんて七つの大罪だと暴食です!
ちなみに色欲を司るアスモデウスですが、逸話的に色欲に取り憑かれた男性を殺しただけで女性に手を出したわけでもないという。たぶん某主神Zのほうが色欲あると思います。
さて次回は背徳飯!
アメリカでは揚げバターなる邪悪な代物はありますが、調べたところ背徳飯会に出現したのは2007年誕生のニューカマー。
不健康なアメリカ料理の代表の一つになりました! バターだけ揚げて蜂蜜にシナモンで具なしなら健康に悪そうです。
味も色々! プレーン、チェリー味、ブドウ味、ガーリック味! ご安心ですね!
なんでも1615年には元になるローストバターなる料理もあったとか。
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