ディストピア飯
アルフロズル車長席で隻翼が顔を押さえて考え込んでいた。
『二日経過。現在のアルフロズルクルー志願者は二百人を超えています』
「なんで送付者数より希望者の方が多いんだ?」
『妻子の同伴希望者が多数。またメールが送信されなかった女性たちからメール受信者へ非常に強い抗議がきている模様です。中には強引に参加意思を表示する者もいたそうで嘆願書もきています』
「わからん。妻子同伴は理解しよう。しかしだ。メールに書いたぞ。惚れた女二人のために、って。そんな理由なら普通女なんて来ないだろ」
『隻翼の人徳です。修羅場不可避です』
「嬉しくないな。だいたいなんで修羅場がまっているんだ」
『私は警告をしました』
「そういう意味だったのか? 言ってくれ!」
『他にどんな意味があるのです?』
エイルにそういわれて黙る隻翼。
心の中にいるヴァーリが嘲笑している気がした。ほらみたことか、と。
『ただゲニウスの許可が降りていない場合もあり、交渉も難航中とのことです。クレームもきています』
「だろうな。クレームは対応できそうか?」
『無理です。クレームというか、泣きが入っていると申せばよろしいでしょうか』
「泣き? どんな内容のクレームなんだ?」
『食生活の危機』
「なぜだ。どこも食材ぐらい調達できるだろう」
『調理するスキルがありません。アルフロズルは日本文化の屋台商文化をほぼ掌握することになります』
「大げさだぞ!」
『いいえ。私達の食生活を思い出してください』
「ドヴァリンたちが焼いてくれた肉は美味かった」
『たまには塩焼きステーキもいいですよね。でもそれが永続となるとどうでしょうか』
「……そこまで深刻な話になるのか」
『はい。アメリカ文化を継承するスフィアの朝食が味気ないのと一緒です。毎朝ピザは都市伝説ではないんですよ』
エイルが断言した。
『ネプチューンスフィアの代表からは泣きも入っています。我々にまた以前のようなディストピア飯に戻れというのか、という嘆願に近いものです』
「携行錠剤でなければ選べると思うが……」
『スピルリナ錠剤よりはましです』
「比較対象が悪い。そこまでいわれるディストピア飯ってなんだ……」
スピルリナ錠剤という藍藻の一種は人類が宇宙進出時の宇宙食にも採用された完全栄養食だ。毒性も若干含む問題が指摘されているが現在は克服されている。
緑色の錠剤で非常に味気ない。隻翼にしてみればイモ類のほうがましだ。
『これです。以前は私達も食べていました』
画像に写る白、茶、緑の粉末を仕切りによって三等分されたものができる。
『白は小麦や米など。緑は野菜。茶色が肉や野菜の栄養素を粉にしたものです。味はそこそこですが非常に味気ないものだといえるでしょう』
合成音のはずなのに、実感がこもっているエイルの声。
「自分で料理すればいいのでは?」
隻翼はノワール戦役でも簡単な調理をしていた。
食材は手に入るのだから作ればいいのだ。
『調理というスキル自体、多くの文化圏では失伝しているのです。できても簡素なものばかり。それが三十一世紀の食文化。毎日違った食事を作る隻翼たちが異端なのです』
「異端といわれてもな……」
『楽園に住んでいる者は出る瞬間までその場所が楽園であることに気付かないということですね』
「エイル。圧が強いぞ」
『事実を申しあげているだけです』
『実食してもらいましょう。宇宙艦は標準装備ともいえる食事です』
ロズルが割って入った。
隻翼の座る席に、ディストピア飯なるものが運ばれる。
スプーンをすくって食べると、味は存外悪くない。
「悪くはないと思うが…… これだけだと味気ないな」
『それが一日三食。365日。デザートなしの生活です』
合成音のくせに実感をにじませるエイル。
「酒ぐらいはあるだろう」
『軍艦は原則飲酒禁止です。ソフトクリーム製造機ならあります』
「アルフロズルは戦車だ」
『飲酒運転もダメです』
ロズルからもダメだしが入った。
「厳しいな」
『とくにツクヨミススフィアの代表カグヤ様より恨み言が大量にきています』
「ツクヨミスフィアだろ。日本文化を継承しないほうが悪い。調理しろ。飯ぐらい作れ」
『カミのモチーフ的に調理が苦手なスフィアだそうです』
「ああ、それか」
隻翼には心あたりがあるようだ。
『説明を求めます』
「日本書紀に書いてある。大宜都比売という食物の神が口や鼻、尻などあらゆる穴から食物を取り出していて神たちに供していた。しかし取り出す現場に出くわしたツクヨミが汚いと激怒して斬り殺してしまった。つまり食物とは相性が悪いかもしれん」
『斬り殺してしまう理由は理解します』
「ちなみに古事記では同じ理由でスサノオが斬り殺している。そして大宜都比売の死体から五穀をはじめとする作物が生まれたという神話だ。だからといってツクヨミスフィアの住人たちが料理しない理由にはならない」
『そうですね』
隻翼の指摘はもっともだ。
「エイルは、食生活に対する窮状を理解しているということだな」
『生体である限り食欲性欲睡眠欲を切り離すことはできません。とくに食文化が世界的に評価されていない伝統を受け継いでいるスフィアはいわゆる美味しくない料理が多いのです』
「そうだよな。回収までにまだ四週間以上ある。スフィア移行する際に、料理教室を開いておけと伝えておいてくれ」
『承知いたしました』
隻翼は名簿を確認する。
「……義理の妹がいるな。あと隣に住んでいたヤツ。見覚えがある女子たちが他に何人か…… なんで志願者にいるんだ」
『だからにぶいといわれるんですよ』
「みんなと生き別れた時の俺、十二歳だからな? それでも俺が悪いのか」
『はい』
エイルは言い切った。隻翼はばつが悪そうに頭をかいてやりすごす。
「この二人以外にも、やばそうなのが何人かいるな。せめて俺より年下の女性をなんとか除外できないかな。危険な目に遭わせたくないという理由もある」
『女性と子供へのメールこそ除外しましたが、希望者は一人でも迎えにいくと明示してありますので無理です』
「無理か……」
『私達が表に出ると修羅場に火を注ぐことになることは計算済みです』
「修羅場にならない計算をしてくれ」
『私は彼女たちを知りませんが、最善の努力はします』
エイルとロズルが生体だったらさらに一波乱あることは想像できる。
「ノワールを襲撃したほうが楽だな」
隻翼が思わずぼやいてしまったほど、気疲れしていた。
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ディストピア飯といえば学○スで有名ですね。
持病のため毎月管理栄養士に指導を受けている身ですが、バランスの良い食事が大切ですね!
サツマイモやジャガイモ、蕎麦は準完全栄養食ともいえる性質をもちます。救荒作物としても有名ですね。
不足している栄養素はビタミンB12とビタミンD。魚肉や肉類、きのこなどで補う必要があります。
この世界のスピルリナは藻なので培養しやすく栄養素も高いので携行食のベースとして使われています。
色々食べられるっていいこと! ということで他のスフィアでも調理スキルをもつ人間は重宝されます。
自動調理のレトルト食品が極度に発達した世界なのでしょう。そして食洗機も。
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