英雄の真相
ヴァーリの声が禍々しく響く。
『なぜノワールを救おうとした英雄が追放され、処刑されたと思う? 凡夫によるただの嫉妬だけかと思ったか。ゲニウスの血が入った存在など、奴らにとって忌まわしいものだっただろう』
隻翼は若干混乱しているが、ジーンに起きたことを理解しようと努める。
「それなら……すべて合点がいく。あの処刑は不自然すぎた。ジーンも北のゲニウスについては父親から聞いたと。ならどうしてそんな存在がEL勢力で許されていた?」
『戦力として、だ。優秀な指揮官程度で収まれば生かされていただろうな。ゲニウスの遺宝を入手したことは失敗だった。奴らはジーンと、その遺宝の組み合わせを厭った』
「ジーンは戦乱をおさめるために力を欲した。いわば自勢力の安定のためだ。なぜそこまで忌み嫌う?」
『そこまではわからん。しかし生体ゲニウスの子とはいえ母親は人間。殺すまでもないと判断されたのだろう』
「ウリエルスフィアのヴァレンティア軍は軍門に降ったゲニウスに対しては比較的寛容だったと聞く。あんな不自然な引き渡し方があるものか。ひょっとしてウリエルスフィアの連中は自分達の手でゲニウスの娘を殺したくなかったのか?」
それなら隻翼にもヴァレンティア軍が、バーガンディ勢力や裏切り者の宇宙艦マルニーにジーンを処刑させたことも納得できた。
『真相は奴らにしかわからん。しかしジーンの情報は共有されていただろう。お前もヌアザ持ちに聞いた通りだ。EL勢力内での紛争に、ゲニウスの兵器を使うことは禁忌だ』
「テュールもジーンが生体ゲニウスの娘と知って? いや、知っていた。でなければ遺宝を貸与するはずがない」
『テュールとて見ればわかる。結果としてジーンの運命を決定付けてしまったが、テュールもジーンに警告はしていたはずだ』
「警告されたとは知っている。ジーン本人も父親が生体ゲニウスだと知っていた?」
『そこまではわからん。テュールたちが事実を指摘することはなかったが、勘づいていた可能性はあるな』
「そうか。そんなことで…… 本当にふざけた奴らだ」
父親が誰かなどどうでもいいことだ。そんな理由でジーンは政争の具にされてしまった。生贄のようなものだった。
隻翼は突如として本質に気付く。
「人工交配やエイトリの技術を研究して生体ELを作り出したのか」
『そうだ。奴らにとってもエイトリは貴重なリソースだ。無機質の演算装置が有機生命体になることができるのだ。エイトリは生体ELの肉体――不朽体の原料として厳重管理されている』
「不朽体を持つ生体ELは、エイトリがあるから不老不死ということか」
『朽ちない肉体を連中は手に入れた。人として超越者として』
「EL勢力がエイトリを略奪して独占したせいで、みんなの生体が維持できなかったということにもなる」
そう思うと隻翼のなかにも、ふつふつとやるせない怒りがこみ上げる。
『端的にいえばそうだ。略奪さえなければ、連中は今でも楽しくお前と食事を楽しんでいただろうさ』
「エイトリは本来エーシルに属するゲニウスのもの。俺が奪回すればいいのか」
ヴァーリの皮肉気な言い回しには不思議と優しさがあった。
『俺はお前に戦う理由をくれてやる。もう一度連中と飯を食いたいならエイトリを奪い返して生体ゲニウスを作り出せ。お前が会いたい連中をな」
隻翼は深く首を縦に振り、決意する。
彼のなかではエイトリが最優先事項になった瞬間だった。
『馬の鼻先に吊り下げたニンジンを用意した。感謝しろ』
「自分でいうなよ」
『復讐だけよりはまだ前向きに戦えるだろうよ。せいぜい自滅しないようにな』
ヴァーリは皮肉屋でしゃれっ気が強い男なのだろう。くぐもった声は笑っているようにも聞こえた。
お前は自滅するな。
おそらくアルフロズルに搭乗した隻翼はどこかで自滅したのかもしれない。ヴァーリは目的意識をもって生きろといっているのだ。
「エイトリはどこに隠されている?」
『不明だ。太陽系にあるかどうかも疑わしい。他星系かもしれないぞ』
「他星系?」
『負の重力質量はワープ航法のための必要不可欠な要素だった。二十一世紀に負の有効質量が発見され、超越知能は負の重力質量に辿り着いた。その粒子を発見、演算したもの第二世代超越知能ゲニウスだった』
「人類を進化、存続させるために?」
『第一世代超越知能ELは太陽系にこだわった。ゲニウスは超越知能による人類を永続化させるために太陽系以外の可能性を模索した結果だ。そして実際、辿り着いた。太陽系から水瓶座の方向に存在する』
「そんな話は聞いたこともない」
隻翼は嘆息した。予想以上に世界は秘密に満ちているようだ。
『火星や金星と同じく、新たに開拓してテラフォーミングを終えたところ、第三世代ELの軍勢がゲニウスを殲滅した。そして第三世代EL勢力はその星系をカナン星系と命名した。かつての名はトラピスト1。赤色矮星カナンを中心とする第三惑星メギドに、EL勢力の本拠地がある。その場所はかつてELとゲニウスが大規模な戦争をした場所だ」
「待て。人類は別星系への移民を可能にしていたのか?」
隠された真実に、隻翼は質問を重ねた。
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ジーンの死、その真相が明らかになりました。
・ゲニウスモチーフ
モチーフは与太話ともいうべきジャンヌダルク・ドルイド養育説です。
ドンレミの少女が何故卓越した戦術眼をもっていたのか、文字も欠けないのに何故裁判所の聖職者を唸らせる供述ができたのか。土のなかにうめられた剣とは。
彼女の生まれた地が神聖ローマ帝国付近で、徹底的なドルイド弾圧があったのでロマンではありますがほぼ否定されています。
・トラピスト1は有名な太陽系から40光年ほど離れた赤色矮星です。地球に似た惑星が七つもあります。
ではなぜトラピストがカナン星系と命名されたか。トラピストは有名な修道院の一派の名でもあるのです。
ベネディクト会とその流れを汲むシトー会や厳律シトー会(トラピスト会)であり、中世ヨーロッパにおいて神学・歴史記録・自然研究・芸術・建築・土木などの文明を保持していました。
ベネディクト会は西暦六世紀頃に成立したカトリック最古の修道院でもあります。
移住の有力候補といわれていたTRAPPIST-1cの公転周期(一年)は13日。それでテラフォーミングできるのか……とは思います! 重力は0.96倍、大きさは地球の1.15倍とサイズ的には理想です。
最新の研究で地球類似性指標は下がっていて、0.89です。
・メギド
イスラエルの北部にあるメギド遺跡が有名です。
最終戦争という意味で使われるハルマゲドンはヘブライ語のハル・メギド→ギリシャ語転写→ラテン語転写→Armageddonになりました。よくみるとmagedって名残もあります。
ジーンの政争に巻き込まれた隻翼は運が悪かったのです。
ヴァーリの語る真相はまだ続きます!
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